紫陽花写真
外を歩いていると、綺麗な紫陽花を目にする機会が増えてきました。
そんなときに思い付いたお話です。
じとじと、じとじと。
しとしと、しとしと。
ーああ、億劫だ。喉が乾いたが、冷蔵庫に行ってミネラルウォーターをコップに注ぐ、それだけの行為が、もう、億劫だ。
不快にじっとりと身体にまとわりつく汗。額の汗を拭い、やっとのことでベッドから身体を起こす。ベッドのスプリングが軋んだ。
コップに注いだミネラルウォーターを一気に飲み干す。
からん、ころん。
からん。
脳裏に響く音が、まるでそこらじゅうに反響するように。
ぼんやりと、僕はコルクボードに無造作に貼られた1枚の写真に目をやる。
そこには真っ青な紫陽花が映されていた。
からん、ころん。
「どう見て優希、浴衣、似合うかな?」
やや頬を紅潮させ、和夏が訊いてきた。
「うん、似合う」
僕は顔を綻ばせ、和夏の頭をくしゃくしゃと撫でた。
「うわ、優希!髪の毛崩れちゃうよー!」
ぷう、とふくれてみせる和夏が可愛くて。いとおしくて。
「あ!大変大変!早く行かないと!花火見られる場所、なくなっちゃう!」
そう言って和夏はフィルムカメラを手に取った。
「和夏さぁ、写真好きな癖に一眼レフとか買わないの?なんでいつもソレ?」
「優希はわかってないなぁー。このフィルムカメラがいいんだよ。なんていうか…退廃的な感じ」
ふふふっ、と笑って不意打ちで僕を撮った。
紫陽花祭りというものが、このあたりでは毎年開かれていた。
鎌倉などには劣るが、そこらじゅうに咲き誇る紫陽花が美しい神社があった。
「今年も紫陽花綺麗」
ぱしゃ、と和夏が下駄を履いた足を止め、1枚のシャッターを切る。
和夏はその日、祭りの最中僕とはぐれ、暴漢に遭った。
命は取り留めたものの、和夏の心の傷は深く、あの最低な出来事は僕から和夏を奪った。
和夏は僕を拒み、僕のもとから去っていった。
1枚の写真を残して。
青く、澄んだつややかな紫陽花の写真。
紫陽花が咲く季節になると毎年、僕の中にあの日の和夏の下駄の音が響く。
からん、ころん。と。
それはきっと君を幸せに出来なかった僕の贖罪なのだろう。
拙い文章を読んでくださってありがとうございました。
何か、読んでくださった方の心に余韻が残せれば幸いです。