表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

大人向け恋愛ゲームに転生して焦りましたが、どうやら早々に夫を攻略済みだったようです

作者: 無人島

初投稿です<(_ _)>よろしくお願いします。

 自分が前世の日本でプレイしていた大人向け恋愛ゲーム『オトコは星の数☆〜侯爵夫人の夜の顔〜』の不倫大好きビッチ、アリーヤ侯爵夫人に転生したと知ったのは、夫であるライオル・エスカーゴと初夜をむかえようとしていた、まさにその時だった。


 小さい頃の記憶はある。

 貴族令嬢としての生活や、1年前から婚約者であるライオルと月1で面会し、学園を卒業してから結婚式まであげた記憶もある。


 今この場になんの疑いも嫌悪もない。

 結婚して夫婦になった。

 そして貴族としての努めである後継者を繋ぐ為の行為を当たり前に受け入れている自分もいる。


 しかしだからといってここで前世の記憶が戻るか?


 思わず「なにもこんな時に……」と呟いてしまったことにより目の前の夫から笑みが消え、怪しげに目を細めた。


 咄嗟に口をおさえるも、今のを聞かれてしまった。


「……アリーヤ?」


 少し眉を寄せた顔が目前に寄せられる。

 黒髪黒瞳の高貴な姿、低音で甘い声。

 寝間着がはだけて鎖骨が見え隠れする首元。


 転生?異世界?恋愛ゲーム?前世持ち?

 頭の中を様々な混乱が駆け巡っていく。

 この状況で唯一はっきりしているのは、今の自分はとんでもない美形に乗り掛かられているという事だけ。


 重みでギシリとベットが鳴り、思わずぎゅっと目を閉じてしまった。


「……どうした?」


 頬を撫でられている。

 顔が熱くなるのがわかる。

 薄目をあけると、端正な顔に見つめ返され、頭が真っ白になる。


「もしかして、怖いのか?」


 そう言って少し距離をあけた夫に、私はハッと我に返った。


 ここは私が知る大人向け恋愛ゲームの世界──そうであるならばこの初夜をクリアしなければアリーヤは庭師を間男とするルートへ進んでいく。確かそれは破滅ルート。裏切りを知った夫のライオルは間男である庭師にスコップで妻を葬らせ、埋める為の穴も掘らせる。最後は拳銃で庭師の頭を撃ち抜き、二人とも同じ穴に埋められる。


「何故黙っている?気分じゃないのか?」


 色んな意味で絶句してしまった。

 血の気が引いたのと同時に夫は完全に身を離し、厳しい眼差しで私を見下ろしてきた。


 先程とはまた違った低い声に冷や汗が出てくる。舌打ちしそうな表情だ。


「……あ、あの、わたくし……緊張で喉がカラカラで……そこのテーブルにあるグラスを頂けないかしら……?」


 咄嗟に出た言葉だった。


「……そうか、わかった」


 クスリと笑みを含んだ返事にホッと息をつく。

 すっと身を避けられ、テーブルへの逃げ道が出来た。


 身を起こす。ベットから足を降ろして立ち上がると反動ではらりとガウンが後ろに落ちた。体中が熱いのでむしろ涼しい空気が肌に心地よい。


 テーブルには飲みかけの赤ワイン。

 グラスに半分ほど残っている。

 それを手に一気に喉に流しこむ。

 思ったよりも度数のあるワインだ。

 喉が焼けるように熱い。

 グラスを置いて顔だけ振り向くと夫がベットで私のガウンを手に妖しい微笑みを浮かべていた。

 ぞわり、肌が栗立つ。

 思わず視線を反らす、刹那、衝撃がきた。


「きゃ!?」


 背後から背中に重みがかかる。

 テーブルに両手をつくと、その上から手を重ねられた。途端、うなじに吸い付く柔らかい湿り気を帯びたもの。


「……ぁ……っ、は」


「怖がらなくていい」


 ククっと耳に響いた声に身震いした。


「夫の寝室で、半裸で飲酒……合意はあるということだ」


「あ、あっ、あ、っ」


 そのまま耳に唇をつけたまま低音ボイスで喋られ脳天が痺れた。うまく言葉が出てこない。口がぱくぱくなる。


「私としては言葉にしてもらった方が嬉しいが……まぁそれもおいおい、な?」


 ぱくりと耳朶を食され、のけ反った首に指が這ってくる。探るような手つきだ。


「きちんと飾りを外している所も好ましい。そうだな、君は最初から受け入れていたのだな。私の配慮が足りなかった」


「あ、いえ、そんなっ」


 もう心臓がもたない。

 ぐいっと顎を掴まれ、背後の夫と視線が絡み合う。目は反らさなかった。先程は会話と視線を避けて機嫌をそこないかけたのだ。この初夜だけはなんとしてでも乗り越えなければいけない。


 そうだ、ここは貴族社会、私は侯爵夫人、終わったらすぐ自室に戻れる、考える時間はいくらでもあるのだ。目の前のコトに集中しなければ。


「ライオル様……あの」


「うん?」


「……その」


 顎を掴まれたままなのでこれ以上は動かせない。片手を夫の頬に寄せ目を瞑ると、すぐに唇がおりてきた。触れるだけの口付けを何度かすると、唇に熱い舌先が触れた。閉じた私の唇の線をなぞるように舐められ、自然と唇が割れ、開かれたその内に舌が入り込んできた。


「……!」


 思わず目を見開くと熱のこもった鋭い眼差しで射ぬかれた。ここで思考は停止。おまけに全身の力が抜けてしまった。いつの間にか向き合う姿勢になり、されるがまま腰を掴まれ、数秒後にはベットに押し倒されていた。その間も耳に水音が響き、呼吸は荒くなっていく。


 ようやく唇が離れた時には仰向けでも解るほど自分の胸が上下していた。いや、それにしても胸が大きい気がする。この姿勢で山が二つ。そして開いた自分の脚の間には口を半開きにして自身のシャツのボタンを外していく夫の姿。目が据わっている気がするが、嫌なものは感じられない。というか色気が半端無い。


 均整のとれた上半身。逆三角というのかな?分厚い胸板と肩が逞しい。先程から体の力が入らなくて、思考も覚束無くて、ただぼうっと眺めていたら夫が脱がせて欲しいか?と顔を近付けてきたのでそのままハイと返事した。満足げな笑みが返ってくる──そこで物凄い音がした。




「──ッ兄貴!兄貴いるんだろう兄貴!!」


「おやめ下さいピーター様!!旦那様はいま、」


「うるさいサム!お前には関係ない!兄貴開けてくれ兄貴!!」



 誰かが凄い剣幕でドアを叩いている。

 ここは侯爵家だ。おまけに夫は当主だ。こんなことあり得るのだろうか?と一瞬呆気にとられた。


 チッと舌打ちが聞こえ、ばさりとシーツが私を覆い隠したのと同時にドアが開け放たれた。



「兄貴!やっぱりいるんじゃないか!何故すぐ応えてくれなかったんだ!」


「ピーター殿下。とりあえず居間へ」


 すっと夫が離れていくのが感触でわかった。

 とりあえず私はこのまま動かず隠れて待機だ。

 今は訳も解らずそれしか思い浮かばない。


「居間?お茶なんていいよ別に!すぐに話したいことがあるんだーー!!ついでに泊めてよ!」


「ちょ、殿下!」


 なんて感情のバカ高い人だろう。冷静だった夫の慌てたような声にハッとしたのも束の間、何かが身体に遠慮なくのし掛かってきた。重い。




「ぐにゃ?……あれ?なにこれ?」


「殿下!!」




 思いきりシーツを剥ぎ取られ、はだけた胸元が外気に晒された。おまけに薄い寝間着は肌色が透けている。至近距離で夫ではない男を目の当たりにして、その顔を見た途端、脳裏にゲームの破滅ルートが浮かんだ。


 彼はピーター・ガレット殿下。17歳。この国の第2王子だ。幼少期から登城していた4つ歳上のライオルを兄と呼ぶほど慕っており、信頼も厚く、剣の先生としても憧れていた。


 ライオル自身も王族だからと壁は立てず、弟として面倒をみる方が多かった。その夫が弟として幼少期から何かと世話をやいていたピーターを、私ことアリーヤは誘惑して無理矢理手込めにする。あくまでゲームの中で。何も知らないピーターを騙し媚薬を飲ませベットに連行し、襲い掛かった所で帰宅した夫がガチャリとドアをあける。


 そして襲われている弟分を見て怒り狂った夫はその場で妻を切り捨てるのだ。



 一瞬でそこまで脳裏によぎり、思わず私は悲鳴を上げて、そして顔を真っ赤にして固まっている殿下の顔面を殴りとばした。殿下は衝撃でひっくり返ってベットから落ちて──おかしいな?マウントを取られているような体勢からよくあんな綺麗にパンチがきまったものだ。もしかしたら私、前世でなにか格闘技をしていたのかもしれない。


 今はそんなことを考えている場合じゃないのに、もう既にこの時点で現実逃避していた。前世へ逃避したい。



「アリーヤ!大丈夫か!」


「ら、ら、ライオル様……どうしましょうわたくし……殿下を殴ってしまいましたわ」


 駆け寄ってくれた夫に咄嗟にすがり付いた。

 これは不可抗力なの。乗り掛かられたのも、殴ったのも。決して不敬じゃないし浮気でもない。涙目でそう訴えるように見上げると夫は困ったような顔をした。なにその顔?怒ってはいないよね?真意が解らずオロオロする。


「はぁ……ピーターはかなり酔っている。これまでもそうだったが、起きた後も覚えていないだろう。君が気にすることはない。それよりも、すまなかったね。怖かっただろう」


 殿下を殴った右手が両手で包まれ、赤くなっていた指の間接に何度も口付けがおとされた。

 そこに厭らしさはなく、愛おしむような抱擁と気遣いの言葉。その間、髪と額に何度も口付けがおとされた。


「こんなに可愛い妻を怖い目に合わせるなんて……私は夫失格だ」


「いいえ……いいえ、ライオル様。決してそのようなことはありません」


「ああ……私の妻は可愛いだけじゃなく慈悲深くもあるのか」


 抱き締められたままベットに横になると、どこからともなく現れた侍女がそっとシーツをかけてくれた。


 その侍女の後ろには気配を殺した執事のサムがいて、足音もたてずに気絶したピーターを担いで行った。


 再び二人きりになった寝室で、ちらりと夫の顔を見上げると、甘い微笑みが返ってきて、抱きしめる腕に力が籠った。


「おやすみ……アリーヤ」


「え」


「今夜は疲れただろう。私の腕の中で安心して眠るといい」


「…………はい」




 これは、どっち?

 初夜クリア?それとも明日から庭師ルート?

 確か初夜を正規ルートでクリアした場合、ライオルがアリーヤを誉め、また来週も頼むよ、と無事部屋に帰される文面のみの描写があった。

 寝室で添い寝なら初夜クリアと思いたいが正規ルートではないので判断が難しい。

 明日はどうなってるんだろ私……不安で震えが止まらない。








 翌朝。

 数人の侍女に起こされ隣を見ると既に夫はいなかった。

 自室に戻ろうとするもお清めセットみたいな桶と手拭いが用意されていてベットの上で寝たまま体を洗われた。ときおり侍女達の優しい気遣いの言葉が胸に刺さる。どうやら昨夜はお務めを果たしたと勘違いされているようだ。


「ああ。さっぱりしましたわ」


「それはよう御座いました」


 あれよあれよという間に下着と肌着とワンピースに身を包み、可愛いらしい髪型にされた。


 鏡で確認するとあら不思議。

 黒髪黒瞳で幼くも気怠い垂れ目が色っぽい、ダイナマイトバディ(笑)な貴婦人が写っていた。


 確かアリーヤは卒業してすぐ結婚したので現在18歳。


 胸だけ見ると前世に居たなんとか姉妹の妹みたいだな。


「さあさあ、食堂へ」

「旦那様もお待ちです」

「あ、お足元にはお気をつけて」

「ご無理なさらずに」


 お務めもなにもしていないので身体はなんともないのだけれど、侍女達に両脇をホールドされ、乗り物で移動するようにスムーズな動きで食堂へ連れていかれた。



 既に夫は食卓につき、葉巻をくわえていた。

 朝には似つかわしくない、バニラのような甘い香りだ。

 そして何故か侍女達が小声できゃあきゃあ弾んでいる。


「昨夜は自室に戻してもらえなかったようで……流石のご評価でございます奥様」


「え?」


「あの葉巻の意味は、それはもう甘い時間だったと、旦那様からの御言葉代わりでございます」


 んなわけあるか、そう思いつつもそっと耳打ちされた言葉に頬が熱くなる。


 壊れ物を扱うような仕草で慎重に着席させられた。しかも腰を下ろす絶妙なタイミングでふかふかの座布団まで添えられた。違う、頼むからもうやめてくれ。気遣い泥棒している気分だ。


「おはようアリーヤ」


 煙を纏わせ朝でも妖艶な夫が微笑んできた。近くで見ると葉巻の色も煙も紫色だ。仕草がいちいち色っぽい。


「……おはようございます旦那様」


「……何故ライオルと呼ばない?」


「あ、いえ!おはようございますライオル様」


 言い直すと満足げに頷いた。

 そのままじっと見つめられ思わず胸元に手をそえた。軽装ではないが鎖骨が見えるワンピースなのだ。ガウンを引っ張るもあまりにも滑らかな生地で撫で肩故にすぐにズレてしまう。


「侯爵閣下、朝から奥様をそんな目で見るものじゃございません。アリーヤ様、お疲れでしょうに。寝不足と疲労に効く薬湯を御用意致しましたので、食後にお飲み下さいね」


 いかにもな中年の侍女がニッコリと朝食を運んできた。柔らかそうな葉物サラダに茹で玉子。ベーコンや魚のソテーまである。焼きたてであろう香ばしいパンとふんだんに貝が入ったスープまで出てきた。


「こ、こんなに食べられません」


 側のワゴンにはデザートまで用意してある。


「そうか?私はいつもこの量だ。たまに足りない時もある」


 フッと笑う、その夫の体はラインがわかりにくいガウンに包まれているのに昨夜の肉厚な胸板と分厚い腕がはっきりと脳裏によぎった。

 あれはやばかった。思い出してきゅっとお尻が引き締まる。朝の席でなに想像してるんだろう自分、と項垂れつつも淹れたての紅茶の湯気とカップで火照る頬を隠す。


「奥様、それでしたら多種類を一口ずつお食べになって下さい。少量でも良質な肉や魚、野菜も摂り入れると美と健康を保てますよ」


「はい。そうさせて頂きますわ」


 このいかにもな侍女が肩の力を抜いてくれる。少量ずつ皿に取り分けて更に食べやすいよう切り分けてくれる。少し会話したところ、この女性はやはりメイドのまとめ役でカンナという名らしい。


「食後の薬湯はお部屋にお持ち致しますね。閣下から沢山の贈り物が届いておりますから、食休み後ゆっくり御覧になって下さいませ」


 贈り物?はて?

 夫を見るも朝食を摂りつつ、書類を手に執事のサムに指示を出している。みるからに忙しそうだ。表向きは初夜後ということで翌朝の朝食を共にするのはおかしくない。でもそれで時間を取らせてしまったのは悪い気がした。


 昨夜は一応コトを成そうとしたし、結果それはかなわなかったが邪険にもされなかった。更に朝は気遣いも見せてくれた。


 色々考えなければいけない事もあるが、それは部屋に戻ってからだ。落ち着こう。このまま夫以外の男性に靡かなければ安全圏で過ごせる筈だ。


 なにしろいま自分が居るのは、如何にして夫にバレずにイケメンとイチャイチャエロエロするのを楽しむ大人向け恋愛ゲームの世界だ。


 攻略対象者は成人男性の全てという恐ろしい設定だ。ちなみに不貞がバレたら即クビが落とされる。疑惑の段階でもドメスティックバイオレンスが発動する、そんな世界だ。


 とにもかくにも、私はこのまま夫が何を言おうとも受け入れて、攻略完了である共通の台詞『もうイヤだと抗うくらい、愛してやる』を夫から引き出し安泰を手に入れるのだ。


 それが無理でも子供を生めばエスカーゴ家に代々伝わる女主人である証の指輪が貰える。確か緑色の宝石……恐らくエメラルドだろう。攻略はできなくとも、それさえあれば夫絡みの全ての破滅ルートが消えてなくなる。


 先に指輪を手にいれてから浮気しまくる攻略もネットで読んだことあるけど、ゲームならともかくそれを現実でやる奴はないわ。


「このレモンジャム、とても爽やかでバターとも合いますわ」


「まあ、シェフが喜びますわっ。こちらのスコーンとケーキも是非っ」


「どれも美味しそう」


 屋敷の使用人も優しいし、ご飯も美味しい。

 侯爵家だからお金もある。

 現実的に考えればこのさき不満など生まれないだろう。この貴族生活にもそのうち慣れるだろうし。


 そう思いながら優しい甘さのパウンドケーキにほっこりしているとカンナが少し離れたワゴンで紅茶のおかわりを用意しだした。そこで油断した。


「しかし旦那様、」


「いや、この様子だと早急な仕事もない。今日はゆっくりしよう」


 そうね。貴族には公休日なんて無いだろうし、ゆっくり出来るならそうした方がいい。なんとなしに二人の会話を曖昧に聞きながら頷いていると満足げな目とかち合った。


「では行こうか」


 すっと立ち上がった夫が私から目を離さない。


「サム、このあと2階には誰も上がらせるな」


「……畏まりました」


 夫から差し出された手に反射的に手を重ねていた。

 背後からカンナの「まさか……!」とかサムの「……程々に」とか聞こえてきたが訳がわからない。


 わからなくてよかった。


 そのままエスコートされ2階へと続く階段を登り、角を曲がった所で背後から抱き締められた。


 いや、抱き締めるというより既にコトが始まっていたようだった。密着度が半端無い。夫の大きな掌に呆気なく双丘が包まれた。小柄な身には大層な山が二つもあると思ったものだが、大人の男性にはそれほどでもないのかもしれない。


「早く君に触れたかった」


 もう……膝が笑って腰が砕けて。業となのか、廊下の飾り棚にある鏡が相乗効果で、物凄い美形に言葉通り圧倒されているナイスバディの貴婦人が、映画のワンシーンのように写ってる。


 絵になるなぁ、と場違いなことを思っていたら鏡の中の夫と目が合った。やばい。


 うつ向いたら顎をくいっと戻された。

 このまま鏡の中で、起きることを見ろと言っているようだった。気絶しそうだ。


 絡まる思考の中、なんとか冷静さを保って鏡の中の夫に話し掛けた。初夜からプレイできるとは、ゲームにはなかったけど、初夜だからこそ言えることもある。


「……ライオル様」

「なんだ?」


 ゲームでは初夜の次の日からゲームが開始される。初夜で夫を受け入れるか拒絶するかはコマンドで選ぶだけなので、この初夜だけは今後の為にも完璧にやり遂げなければいけない。その為にも場所は大事なのだ。


「もう……立っていられませんわ」


 ちらっと寝室に目を向ける。

 気付いて、お願い。廊下は固くて嫌。


「ならそのまま乱れればいい。私が支えている」


 ため息が出た。それも予想外に、自分でもなんて色気があるんだ、その声は一体どこから出たんだと疑いたくなるような艶声だった。それは起爆剤のように夫を加速させ、本当に立っていられなくなった。


「べ、ベットに……!」

「ああ」

「ほんとうに、あの、わたくし……まだ生娘ですから……!」

「わかってる」


 わかってない!いや、私の声がわかってない!無駄に煽るのやめてくれ。寝室に向かい虫の息でひょこひょこ歩く。夫は面白がっているのか、歩幅を合わせつつも手を緩めない。


「っっ〜〜〜!!」


 よし、もういい、もう諦めた。

 勢いよく振り返って夫の首筋に腕をまわした。

 当たり前だが顔が近い。いい意味で心臓に悪い美形だ。


「……キスを。そのあと、ベットまで連れていって下さいませ」

「ああ……」


 甘い笑みと口付けがおりてくる。今回は自分から口を割って昨夜のキスをやり返してみた。一瞬驚いたように夫が声をもらしたが「真似るとは……」と、すぐに上機嫌な目が向けられた。夫のやり方なら「そんなことどこで覚えたんだ?」とよからぬことを疑われることはない。

 昨夜からキスだけでお腹いっぱいという状態だった。初夜を正規ルートでやり直せるなら覚悟を決めるしかない。もう既に口内は好き勝手に蹂躙されている。ようやく唇が離された。早くベットにいって終わらせたいのに、壁際に追いこまれたまま耳から首筋に舌が這い、鎖骨からまたその下に、スカートの中に手が滑り込んできて息が止まりそうだった。


 話と違う、あらゆる制止の言葉をかけるも「煽るな」と返され通じない。


「内股が凄いことになっているな」


 さっきから私、睨み付けているんですけどね。夫が心の底から楽しそうで逆効果だと解り、こんがらがる思考にこれ以上の抵抗は無理そうだと悟る。ずるずると壁を伝い力の抜けた身体が落ちていく。


「……もう好き、にして下さい」

「その言葉が聞きたかった」


 昨夜はそれもおいおいとか言ってたくせに、言わせたいなら早くそう言ってくれ。


 ようやく抱え上げてくれた。

 ガウン越しの夫の肌が熱く、香り立つ体臭がする。身を預けながらなんていい匂いがするんだと、頭がクラクラした。


 歩きながら夫がキスしてくれと舌を出してきた。首筋に腕をまわしてそれに応じる。夫の腕は安定感抜群でふらつきもせず寝室に向かっていく。立ち止まった。私が開けないと、唇を離して手をドアノブに向けたところで勢いよくドアが開いた。



「兄貴!ごめん!」



 引いたドアから視界にモザイクをかけるように両手を目線の高さでぶんぶんと振る殿下が出てきた。

 状態が状態なだけに抱っこされたままの私は完全に固まった。


「…………1階のゲストルームで二日酔いが治まるまで寝てろと言った筈だ何故ここにいる?」


「ちちち違っ、起きたらサムから怒られて!事情を聞いて謝ろうと!だって兄貴!朝食が済んだら部屋に戻ると思ってここで待ってたら廊下からヤバイ声がして!いきなりおっぱじめるから話し掛けるタイミングが!二人が部屋に入ってきたら終わりだと思って!」


「とりあえず寝室から出ろ!!」


 こちらを見ないように大振りな動きであたふたする殿下の狼狽えぶりが凄い。スキャンダル現場を撮られた芸能人みたいだ。早口でまくし立てた殿下は「どーぞ!どーぞ!もう帰るから!はいさよなら!」と走り出した。しかし固く目を閉じていたせいかおでこを壁に激突させ、その反動でひっくり返りそうになるのを身を捻って体勢を立て直そうとしたがダメだった。激突から一瞬の出来事だった。ポヨンと私の胸に殿下のおでこがのし掛かる。


「お前、」

「ひィ」


 夫の言葉は私に向けられてじゃない。間違いなく殿下だろう。しかしゲームでは御茶会や夜会で夫以外の異性の前で露出のあるドレスを着て厭らしい目線を集めたり、その気がなくとも異性に誘われたりするだけで帰りの馬車で夫に気絶するまで首を締められるという破滅イベントがアリーヤにはあるのだ。

 火のない所に煙はたたない、は通じない。わざとでなくともそれはもう破滅への第一歩なのだ。


 夫からの視線が私に対するものじゃないにしても、冷たい海の中へ放り込まれるような悪寒を感じた。


 そんなの……


「ッいやああああ!!」


 殿下が顔を上げようとする、そして私を認識する前にバチンッ!と強烈なビンタをかましていた。


 夫の唖然とした声が響く。


「ア、リーヤ……」


 元より重心を失ってふらついていた殿下は再び壁に激突し、完全に伸びた。それを見て私は自分の手首のスナップやべぇとテンパってしまった。


「いやああああ!!やだああッ!離してぇ!下ろしてよう!!!!」


 未だ抱え上げられている夫の腕の中で大暴れし、片足が地に着いたのを機に全力で夫を押し退け自室へと疾走した。








 もう嫌だ。

 部屋で掃除をしてくれていた侍女を追い出し鍵をかけた。灯りを消してベットに潜り込んだ。


 なんでこんな事になったんだろう。


 家に居るのに家に帰りたい。



 少ししてから複数の足音が聞こえ、シーツにくるまって身構えた。


「奥様?!開けて下さいませ奥様!」

「ひィ」


 カンナの慌てた声に続き、サムの責めるような怒涛が響く。


「旦那様!あなた一体奥様になにをしたんです!」

「お静かに!奥様が怖がります!」


 もう嫌だ。皆どこかへいってくれ。

 今は関わらないで。私を一人にして。

 頭からシーツを被って丸まっているとこそこそと話す声が聞こえた。



「──で、スペアキーは」

「確か1階の執務室に」

「……あれ?旦那様は?」



 !?

 スペアキー!?

 そう聞こえて、私はガバッと起き上がり、急いで鏡台やら椅子をドアの前に押していった。貴族の屋敷は玄関は外開きだがそれ以外のドアは内開きだ。鍵があけられてもそこに重い障害物があればドアを押して入ることはできない。他にも重そうな花瓶や飾りの焼き物があったので鏡台に乗せて加重しておく。夫の趣味なのか、等身大の鉄製の女騎士像もあり、かなり重たかった。


 最後に運んだサイドチェストに手をついて息を整えているとガチャと鍵があく音が響いた。


 思わず後ずさる。


 ドアは障害物で1ミリも開かず、向こうから侍女達の慌てふためく声と足音がする。


 ホッと息をつき、胸を撫で下ろした。


 いつの間にか汗がびっしょりで、素肌にはりついた布が息苦しい。


「喉がカラカラですわ……」


 確かベットの横に水差しがあった。

 少し喉を潤して落ち着こう。

 そして今後の事、ゲームの戦略や避けたい破滅フラグ、色々と考えながら振り向くと肌に心地好い涼しい風がふいて目を見開いた。



 視線を向けると開いた窓から夫が片足を差し入れ、無表情でこちらを見ていた。


「ライオル様……!」


 ここ2階の筈ですが……。



 夫は両足を室内に入れると、部屋に降り立った。

 そして素早い動きでベットの横にある水差しからグラスに水を注いでいく。そのグラスを手に私の前まできて「飲め」と促した。



「ら、ライオル様も、汗だくですわ」


「……こんなに汗をかいたのは久々だ」



 水をゴクリと一口飲む。

 残りを夫に差し出すと喉を鳴らして飲みだした。場違いだが目の前で艶かしく動く喉仏に見とれてポカンと口を開けていると視線を感じた夫が意味深に目を細めた。


「疲れたか?」


「え?」


「……嫌われてはいないようだが…………何故こんなにも事がうまく運ばないのか、私にも解らない」


 夫はやれやれといった様子でグラスをテーブルに置いた。


 そして私の手を取り、ベットに誘導していく。一瞬コトが始まるのかと構えたが、そういう雰囲気でもないようで、座って会話をしようとのことだった。



 いつの間にか部屋の隅には装飾の凝った箱がいくつも積み重ねられていた。


 そういやカンナの言葉を忘れていた。これが夫からの贈り物の数々。侍女が掃除の間に端に寄せていたのか。部屋に入った直後は正常な状態ではなかったし、すぐ灯りを消してしまったので全く気付かなかった。


 夫はそこから一際輝く金の小箱を手に、またベットに戻ってきた。


「昨夜大急ぎで専属の宝石商につくらせた」


 するっとほどかれていくリボン。

 蓋を開けて中身の確認を促す夫におそるおそる手を伸ばす。


「こちらは……」


 指輪だ。記憶にあるエスカーゴ家の家宝である指輪とはデザインが違うが、大きなエメラルドがはめられている。


 こちらの世界にも前世のようにダイヤモンド等で使用される切子状のカット技術があるのかは解らないが、半球状にカットされただけのそのエメラルドは強い輝きを発していた。


「アリーヤ……その名の意味は幸福だ。我がエスカーゴ家の宝石品はグリーンダイヤが使われる。この石の意味も、君の名と同等の幸運を意味する」


「で、ではこれはエメラルドではなく、グリーンダイヤ……ですの?」


 そういやよく見ると透明度が凄い。

 エメラルドもだがダイヤもかなりの高級品だ。

 ということはこれは家宝の指輪ではないのか……いやいやあれは子供を生んだら与えられる免罪符だ。まだ貰えるわけがない。


「エメラルド……確かかなり南にある火山列島でとれる石だったか?欲しいなら手配しておこう」


「い、いえ!違うんですの!同じ緑色だったので、わたくし勘違いしたんですわ!」


「なにを慌てている?」


 夫はクスクス笑いながら私の指にそのたいそうな指輪をはめてくれた。重い。触れた瞬間、微かに残存魔力が感じられた。恐らく職人によるものだろう。本当につくりたてだった。


 それより、家宝のエメラルドの指輪ではないにしても、目の前で夫に指輪をはめてもらうのは感慨深いものがある。


 結婚式でも互いに指輪をはめたが、あれは記憶というかスクショだ。思い出とは言い難い。


「これで女主人だな」


「へっ?」


 ごめんなさい。聞き取れませんでした。

 だって胸の奥が熱い。じんじんしてきた。

 そのうち鼻の先がツンと痛んで、視界が歪んできた。


「…………結婚するまでは不安だった」


「え?」


「……君は月に1回しか面会の場を設けてくれなかったし、いつも聞き手側で、私と会っていて楽しいかどうかも解らなかった」


「……それは、その、そう見えたならすみません」


 その記憶はある。

 しかし……前世を思い出してからはそれ以前の感情が迷子で、白黒に近い写真みたいな記憶としてしか残っていない。その場面を記憶として思い出すことは出来るものの、もっと具体的な、あの時どんな気持ちだったとか、そういったものが抜けているのだ。


 幼少部から中等部のなんの感情もない学園生活の記憶。高等科へ進み、社交界に進出し、婚約して──それは記憶というより、まるでゲームのようにスクショで撮ったデータみたいに無機質なものだ。


「この結婚は君の意志とは反するものだったか?」


「へっ」


「君の意見が聞きたい」


 こちらを見ずに端正な横顔が問いかけてきた。本当に男前だ。こんなイケメン世界中のどこを探してもいないんじゃないか。


「昔の事は……あまり意味の無いものなので、今の気持ちを正直に伝えてもよろしいでしょうか?」


「ああ」


 夫は私と視線を合わせずそのままの姿勢で返事をした。そのせいだろうか、緊張することもなく横顔を見つめながらまるで彫刻に対する感想文を述べるようにすらすらと言葉が出てきた。


「ライオル様と結婚して昨夜は寝所を共にしましたが正直、とても色っぽくて、見つめられると腰が砕けます。あと胸元から頭がクラクラする程いい香りがします。手も大きくて、その長い指で触られるとゾクゾクします。ライオル様が喋っている時、食べている時、形の良い唇がセクシーで見惚れてしまいます。1度でいいからそのたくましい胸板と、素肌と素肌を合わせてハグしてみたいですね〜、あと」


 もういい、と遮る声に私はハッとした。

 数秒間、喋りながら夫の高い鼻を見たり、長い睫毛を見たり、形のよい耳を見たり、赤く染まる頬にアレ?となって最初に戻って全体図を見た時に遮る声と鋭く尖る眼とかち合ってぎょっとしてしまった。


 即座に顔を反らせば肩を掴まれ、長い指でくいっと顎を上げられる。


「するか?」


 なにを?と問いかける余裕もなく目の前、ぎりぎりまで寄る顔にぎゅっと目を閉じた。


「嫌か?」


「わたくしが、拒んだことなど、ありま、せん……」


「そうだな……結婚前はどうあれ、君の態度は最初から私を受け入れていた」


 クスクスと、鼻先に吐息が吹きかかる。

 おかしい……昨夜と朝食後では、早々に手を出してきた筈。何故こんなにも観察されなければいけないのか。心臓がもたない。


「っ、限界です」


「……こんなにもコロコロと変わる表情が見れるなら、もっと早くに奪っておけばよかった。しかし今は、」


「えっ?」


「もうイヤだと抗うくらい、愛してやる」














 翌朝。

 目が覚めるとベットに夫はいなかった。

 しかしガウンに身を包み、立ったまま優雅に紅茶を飲みながら私を見下ろしていた。


 あれ?紅茶、どこから持ってきたんだろう。

 ドアに目を向けると、昨夜の出来事が走馬灯のように押し寄せて──ズキリと、節々に鈍痛が走った。


「おはよう、アリーヤ」


「お、はようござい、ます」


 誰が着せてくれたんだろう。

 見覚えのない可愛い寝間着を身に纏っていた。


「動けるか?」


「…………なんとか」


 片手で慎重に抱き起こされ、筋肉痛のような痛みと気だるさが体中にのし掛かる。







 昨夜────。


『……そろそろ私も限界だ』


 長い時間をかけてもう体の至る箇所、どこにも触れられてない場所はないという程──用意周到にアレされた。アレだ。


 耳元で焦らすように確認を取られ、私も早く早くと急かして訳わかんなくなっていた、その時────あれだけ厳重に加重した筈のドアが吹っ飛ばされた。




『兄貴の嫁さん!本当にすまない!すぐにでも王家から謝罪を、』


『いらん』




 一瞬にして夫の低音ボイスが地の底を這うような怒声になり、夫から殿下にヤバめの魔法が行使された。


(後日談によると──ビンタ後の殿下は帰る前に二人に謝罪の言葉をかけて、正式な謝罪は一旦王宮に戻ってから、そう思っていたところに執事から『奥様が籠城され、旦那様が行方不明』の報告に兄貴も夫人もかなり怒っている、やばい、すぐに土下座しなければ、と焦った行動が魔法によるドアのぶち破りだったらしい、そして夫は瞬時にそれをそのまま殿下に跳ね返した。何倍もの魔力にかえて──。)


 その後のことは、知らない。

 だって素肌と素肌を重ねたまま、夫からとんでもない魔力が飛び出したんだもの。

 高い魔力を発した者からの身体的接触は、ときとして媚薬のように感度を高める。

 最後まですることなく、昇天。

 いや、繋がっていたら、危うく逝く所だったかもしれない……下ネタでも冗談でもない。こんなところにも破滅フラグがあったとは……。







「まだ少し寝ているといい」


「でもライオル様……わたくし、」


 感覚でわかる。私はまだ生娘だ。


「どうした?」


 そっと手を握られ、その気遣うような声と眼差しに涙ぐんできた。まだお務めも果たしてないのに、今朝は目覚めた時も側にいて、なんでこんなに優しいんだろう。


 一応ゲームでは、初夜をクリアしなかったら即座に庭師ルートだが、肝心の庭師が言い寄ってこないからそれはないようだし。

 他にも初夜をクリアしなかったら後日罵倒され乱暴に暴かれるルートもあるが、目の前の夫にそんな兆候は一切ない。


「疲れがあるのは無理をしたからだ。しかし、魔力も使わず鏡台から鉄像まで動かすとは……火事場というか、いざというときの胆力があるんだろうな」


「…………へ」


 待って……鏡台って最初に動かした家具じゃない。


「まさか……全部見ていたんですか?」


「ああ。でも知らないことばかりだ。昨夜のあの顔は、なかなか可愛かったがな────私の知らない君を、あとどれくらい隠してる?」


「ぁ、ぃぇ、そんなっ、隠してなど、」


 てかあの顔、どの顔?そう考えていると、途端、夫から一瞬ではあるが強烈な魔力が手に流し込まれた。


「っあん!」


「……その顔だ」


 朝からなんてことをしてくれるんだろう!!


 そのまま睨みつけてふいっと顔を反らした夫の耳が真っ赤だったなんて、貰ったグリーンダイヤこそが家宝の指輪で女主人の証だと後日お茶会で高位貴族の令嬢方に教えられ「まあ、新婚でもうおめでた?」と誤解を招きあたふたすることになるなど、その時の私には知るよしもなかった。



書ききれなかったのでそのうち夫視点も書いてみようと思います(汗)。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ