世界の終わりの原因は
真夏の星空に、UFOの大群が並ぶ。
飛び交うサーチライトと人々の悲鳴が交錯し、ニューヨークの街は、今や阿鼻叫喚の地獄と化していた。
「逃げろーッ」
「また攻撃が来るぞ! 早く!」
交差点ではそこら中で玉突き事故が起こり、半壊した高層ビルは、灼熱の炎に染められていた。そんな地上での光景をあざ笑うかのように、UFOの開閉パッチから、黒マントを羽織ったトカゲのような男が姿を現した。トカゲ男は右手に持っていた橙色の宝石を掲げると、何やらブツブツと唱え始めた。
「マズイ!」
それを見ていた赤いマントの少年が、上空を指差して叫んだ。隣にいた青いマントの少女が、今にも泣き出しそうな顔で叫んだ。
「Dr.ティラノの奴、パワーストーンの力を全解放する気だわ!」
「そうするとどうなる!?」
「……世界の、終わりよ」
青マントの少女……ニンジャ・ブルー……の言葉に、ニンジャ・グリーンは目を丸くした。
「ンだって!? そんな、じゃあ早く止めねえと……!」
「レッド! みんな見てください、これ!」
その隣でノートパソコンを睨んでいたニンジャ・オレンジが、丸眼鏡を光らせながら鋭く叫んだ。オレンジが掲げた画面には、極彩色に彩られた世界地図が浮かんでいた。
「……NYの放射線量が、奴らの出現によって格段にアップしています。それだけじゃない。呼応するように、世界中の主要都市で同じような現象が……」
「どう言うことだよ!?」
「それってつまり……」
「これはいよいよ、この世の終わりって感じですね」
ニンジャ・オレンジの言葉に、その場にいたチームの誰もが言葉を詰まらせた。ニンジャ・パープルが両手で顔を覆い、唸り声を上げた。
「なんてこった! 見ろ! マンホールから水が溢れて、道路が水浸しになってやがる! 靴がビショビショだぁ!!」
「靴がビショビショ!?」
「それってつまり……」
「破滅だ! 世界の終わりだよ!」
泣き出すパープルの横で、レッドがとうとう膝をついた。
「おいレッド!?」
「そんな……! こんなことになるなら、もっと鍛えておけば良かった……」
「レッド……」
「正直に告白すると、僕は今朝も起きた時歯を磨かなかったんだよ。一秒でも多く寝ていたかったんだ。こんなことになるなら……」
「朝起きた時、歯を磨かなかったですって?」
「そうすると、どうなるんだ?」
「もうダメだぁ! 世界の終わりだよ!」
崩れ落ちるレッドの首根っこを捕まえて、グリーンが叫んだ。
「……諦めんなよリーダー! 俺なんてな、昨日ワックスつけたまま、風呂にも入らずに寝ちまったんだぞ。おかげでこの真っ只中に、髪がめっちゃゴワゴワするわ!」
「え!? ワックスつけたまま頭洗わなかったの!?」
ブルーが驚いたように口元を手で覆った。
「そんな……それってもう、世界の終わりレベルじゃないですか!?」
「うるせえ!」
グリーンが怒鳴った。
「お前にもあるだろ……」
「え?」
「お前にも、何かあるだろうよ。『こりゃ世界の終わりだ』って思えるようなことが……何かねえのか? 俺たちゃ、チームだろうがよ!」
グリーンの言葉に、ブルーとオレンジが顔を見合わせた。
「私は……」
「そういえばボクは、数年前に買ったミネラルウォーターが、段ボールに入ったまま裏小屋で賞味期限切れてましたね」
「嘘だろ!?」
「そんなのもったいなさすぎだろ! 世界が終わっちまうよ!」
「待って!」
全てを投げ出そうとするメンバーに、ブルーが叫んだ。ブルーの合図で、崩れ行く街並みを背景に、五人のニンジャたちがスクラムを組んだ。
「みんな聞いて。そりゃ私も……あるわ。えぇ、『世界の終わりだ』って思えるようなことが。そんなのしょっちゅうよ。こないだなんか、社会の授業と間違えて、数学の教科書持って来ちゃったし……」
「えぇ……!?」
「マジかよ……」
「昨日だって、楽しみにしてたcomicの続き、ケイシーから挨拶がわりにネタバレされちゃったし……」
「げえっ」
「ブルー……貴女って人は……!」
「だけど……だけどまだ、世界は終わってない!」
ニンジャ・ブルーが全員を見渡し、力強く言い放った。
「私だって、毎日死にたくなることばっかりだけど……世界はまだ終わっちゃいないわ!」
「あぁ……」
「言われてみれば……」
「じゃ、じゃあ……発売日にゲームが買えなくても……!?」
戸惑うパープルに、ブルーがほほ笑んだ。
「えぇ、世界は終わらないわ」
「”推し”に彼女ができても?」
「終わらないわ」
「生きがいだったドラマが、最終回を迎えても?」
「終わらないのよ」
「毎日のように、殺人だとか、詐欺だとかクソみてえなニュースが飛び交って……それでも俺ら、まだ生き続ける価値があるってかい?」
「そうよ、それで世界は『終わり』じゃないもの」
「じゃ、地球温暖化が進んでも?」
「次いつ地震が来るか分からなくても?」
「贔屓のラグビーチームが、歴史的惨敗を喫しても……」
「もう一生、治らない病気にかかっても……」
「たとえば好きだったミュージシャンが、ドラッグに溺れていたと分かっても?」
「たとえUFOが、NYの空を埋め尽くしても……!?」
五人は顔を上げ、機体に隠れ星の見えなくなった空を見上げた。
「まだ『終わり』じゃない……か」
レッドはそう呟くと、やがてその両目に光を取り戻し、できるだけ歯を見せないようにして皆に笑いかけた。
「……行こう! 俺たちの世界を、終わらせないために!」
「「「「……おぉ!!」」」」
レッドの掛け声で、五人の手が力強く天へと突き上げられた。半壊していたビルが、大きな音を立てて崩れ落ちる。遥か上空では、トカゲ男が不敵な笑みを浮かべ、橙色のパワーストーンを掲げた。それでも五人のニンジャたちは怯むことなく、NYの空へと駆け出して行くのだった……。