第9話 ▶決闘にはリスクが伴う
あらすじ:Dランク、Aランクに喧嘩を売る
俺が宣戦布告を決めてやると、一連の流れを見ていた要 先生がニンマリと顔を綻ばせた。
パンッと手を叩き、
「ちょうどいい。本当ならこれは桃神郷に着いてから説明する予定だったんだが、この機会にデモンストレーションしてやろう」
ああ、何の話だ? 向かいに立つ備然 も不可解そうに首を傾げている。
「ねえ、花歌 ちゃん。アレって今あったりする?」
要先生は壁側で控える着物女子ズに問いかける。答えたのは、諸々が一番デカい黄緑色の着物をした女性。顎に指を当て、あざとく微笑んだ。
「そうやねぇ。いざという時のために、とか言うて船に持ち込んでた気がするなぁ。……風音 が」
びくっ、と肩が跳ねる。藍色の着物を着た、長髪の女の子だ。放心状態だったので記憶が曖昧だが、確か『心』の実践演習で説明をしていたはず。
彼女は胸の前で手を絡め、オドオドしている。人前に立つことに慣れていないのだろう。
「わ、わ、わたしっ」
「風音。あんた、アレってどこ置いとったっけ?」
「え、えっと……確か休憩室に……。わ、わたし、取ってきますっ」
はひぃっ、と声を裏返しながら、風音と呼ばれた女の子は風のごとく去っていった。足速いなあの子。
程なくして彼女は戻ってきたが、その手には桃色の巾着袋が二つ握られていた。
「ど、どうぞ。ご確認ください」
俺と備然はそれぞれ巾着袋を受け取る。さっそく中を拝見すると、白いコインが10枚ほど入っていた。
手に取って観察してみる。
「なんだこれ……。ゲーセンのコイン、じゃねえよな」
「そいつはキビダンゴだ」
要先生がまた変なことを言い出した。キビダンゴじゃねえし、円くて白いだけじゃねえか。なんてことを考えながら、耳を傾ける。
「うちの学園では、このキビダンゴの枚数がそのまま成績に直結する。成績……つまり、ランクだな」
胸が高鳴る。ここでランクが絡んでくるとは。てっきり、底辺は一生底辺のままなのかと思っていた。
成績の話ということで、さっきまで野次を飛ばしていた連中も真剣な表情をしている。
要先生は風音から余っていたコイン……キビダンゴを一つ取りあげると、おもむろにコイントスをしてみせた。
「月末に、全生徒のキビダンゴ所持数を開示する場があるんだが、そこで示された枚数によって、翌月からのランクが変わるんだよ。例えば、今Aランクで浮かれてるヤツらも、一歩間違えればDランクまで真っ逆さま、ってなことだってあり得るわけだ」
なるほど。Aランクを維持できれば、と最初に要先生が言っていたのはこういうことか。
常に変動するランクシステム。決して油断はできないが、裏を返せば一発逆転のチャンスもある。……いや、だから俺はあっちに着いてもすぐに帰るんだっての。
備然は巾着袋からキビダンゴを取り出し、一枚ずつ数える。
「初期枚数は10枚。多いのか少ないのかさえわからんが、この枚数は一律なのか?」
「そうだな。初期は全員10枚固定で、ランクごとの格差は存在しない。スタートラインは平等だよ」
スタートラインは、ね。
「で、キビダンゴの枚数をどう増やすかだが……勘のいいお前らならわかるだろ? そうさ。こいつを賭けて『決闘』するんだよ。闘うジャンルは双方合意制。まあ、今回は言うまでもないだろうけど」
キッ、と俺は前方の黒コート野郎を見つめる。当然だ。ここまで来て『智』や『心』に逃げられるかよ。まるで勝算はねぇけどな。
「俺が選ぶのは『力』。文句あるか?」
「異存ない。そもそも、どのジャンルで来ようと同じことだ」
眉ひとつ動かさず、淡々とこちらを煽ってくる備然。言ってくれるじゃねえか。
「よし、じゃあ『決闘』成立ってことで場所を移そうか。こんな具合に、桃神郷のあちこちには『決闘』用のフィールドがわんさかある。それぞれの場に特色があるから、そこを見極めるのも大切だぞ」
重要そうなことをサラッと言ってのけた要先生は、俺たちを連れて再び甲板に出た。相変わらず日差しが鬱陶しい。
テニスコートくらいのフィールドで、俺と備然が対峙する。今はセンターラインで要先生から話を受けているところだ。
「『決闘』の際は、参加費として互いに1枚提示してもらう。で、賭けるキビダンゴの枚数だが……。下手をすれば相手に勝負ごと降りられちまう。だから、相手をどう自分の土俵に引きずり込むかが鍵になるな」
御託はいい。
俺は、手元の巾着袋を揺すりながら質問する。
「賭ける枚数に上限はあるんすか?」
「いんや。両者の所持数さえ超えてなきゃ青天井だ。お互い100枚払える状況下なら、一回の『決闘』にキビダンゴ100枚を賭けてもいいわけだ」
「なるほど、よくわかったっす」
それさえわかりゃ、十分だ。
「そんで今回のディーラーだが……せっかくだ。月尊 ちゃん、やってみるか」
「えっ! いいんですかっ?」
月尊と呼ばれた元気いっぱいの女の子は、下手くそなスキップをかましながらやってきた。
「初めましてっ、団月尊 って言います。ふつつか者ですが、よろしくお願いしますねっ」
しかもご丁寧に挨拶までしてくれた。そういえば、この檜皮 色の着物……真津璃が狙ってた女の子か。くそっ、可愛いじゃねえか。
野郎共の一触即発のムードをいい意味でぶち壊してくれた月尊ちゃんは、要先生に代わり小さな口を開く。
「それでは、まずアンティですね。参加費として1枚ずついただきます」
俺と備然は共に巾着袋から白いコイン……もといキビダンゴを1枚献上する。
「はい、ありがとうございます。では続いて賭け枚数ですね。どうされますか?」
「全部だ」
「へぁっ?」
月尊ちゃんは身体を硬直させる。驚いた顔もなかなか可愛い。だが、備然の仏頂面は可愛くない。
「……何のつもりだ? もしかして、キミはギャンブルをしたことがないのかい」
「あるさ。あいにくと、俺は不良少年だからな。親父のパチにはよく付き合わされたもんだよ」
まあ、嘘なんだけどね。パチのくだりは事実だけど、俺は不良少年じゃないから。真っ当に生きる小市民だから。
ふう、と重苦しいため息をつくと、備然はいつの間にか端に退いていた要先生に問いかける。
「キビダンゴをすべて失うと、どうなるんだ?」
「ああ、うん。言うのを忘れてたな。……0枚のまま月末の監査を迎えてしまうと、実力不相応として本土に強制送還。桃太郎にはなれなくなっちまうわけだ」
ざわざわ、とあちこちで困惑の声があがるが、そんなものに怯える俺ではない。
「退学なんざ知ったことか。黙って出せよ、残りの9枚。まさかとは思うが、今更逃げねえよな? どんなジャンルでも俺に勝てるんだろ?」
「この、死にたがりがっ……!」
早くもストックが枯渇しました。よって、これを書いているのは投稿前日の晩です。
何とかなるもんですね(遺言)