第89話 ▶来ル
時を同じくして。
ばさり、と海の上を何かが通った。その数、三。みな一様に黒い翼を生やし、目的の場所に向けてそれをはためかせている。
紅一点である少女は、口をへの字に曲げて言った。
「で、いつになったら桃神郷は見えてくるわけ? ビドゥ! アタシ、疲れてきたんだけど」
「そう言うなよお嬢さん。カリカリしてると嫌われちゃうぜ?」
ビドゥと呼ばれた筋骨隆々の男は、意味深な笑みをニヤリと浮かべる。
果たして含意を理解したのか、女は顔を真っ赤にして声をあげた。
「うっさい! あんたに言われなくたって、ダァトはアタシに夢中なのよ!」
「わーってるって。冗談だよ、冗談」
少女は金色の髪をかきあげて鼻息を吐いた。くりっとした瞳はせわしなく動いている。
なにか言い返してやろう、と少女は唇を尖らせた。
「第一、ビドゥ! あんただってこの前、新入りの桃太郎にシバかれてたじゃないの!」
「フッ。それは違うぜ、お嬢さん。あれはダァトがちゃんと船に忍び込めたかを確かめていたのさ」
「シバかれてたじゃないの!」
ぴきぴき、とビドゥの浅黒い顔に青筋が立つ。
「だーっ、うるせえよ! あん時はちょびっと油断しただけだ。それに、どう考えたってあいつの強さの方が異常だったぜ。お嬢さんだって見てたろ、動きが新人のそれじゃなかったっつーの!」
「逆ギレとかカッコ悪いわねえ。『吉良三連星』の名が泣くわよ」
「なんだとー!」
海上を飛行する二人の間で口喧嘩が勃発。それを、残った白髪の青年が一喝する。
「戯れるな馬鹿ども。黙ってダァトの映像を確認し、襲撃に備えろ」
「チッ、わーってるよ、トロア」
「気に入られてるからって、リーダー面しちゃってさ」
愚痴をこぼしつつも、二人は正面に視線を戻す。広がるのは青い海ばかりだ。
それと、もう一つ。彼らが意識を飛ばすことで視界にウィンドウが現れる。
映っているのは、桃栗祭の目玉。ランク対抗戦決勝戦の様子だった。
「なんだよ、思ったより善戦してるじゃねえか」
「でも、あのトロアみたいな黒コート男も中々の手腕よ。如意棒みたいな武器も持ってるし、これはダァトのピンチね……っ」
思いのほか彼が闘えていることにビドゥは驚き、戦局を冷静に分析する少女。
トロアと呼ばれた白髪の青年は、不敵な笑みを口元にたたえた。
「ランク対抗戦……実にいい機会だ。直々に手を下すまでもなく、自分たちで負傷し合ってくれるのだからな」
「トロア、顔、コワッ」
金髪少女のツッコミなどどこ吹く風、トロアは先ほどまでのクールな表情を捨て、残虐に嗤った。
「愚かなものよ。ツワモノとされている桃太郎は、現在大なり小なり消耗している。そこを根こそぎ潰せばやつらの戦力は大幅ダウンだ。運が良ければ、語り手もわが手で……ククク」
「あーあ、聞いてないわねこりゃ」
「いいじゃねえか、お嬢さん。トロアが好き勝手やってんだ、俺たちも好きにやろうじゃんか」
「それもそうね!」
三人は各々の思いを胸に、地図には記されていない孤島を目指す。
頭部に生えた二本の角。
彼らは死神でなければ悪魔でもない。
「もうすぐ迎えに行くからね、ダァト」
「アンジュ。やつの人間名はダァトではなく……」
「わかってるわよ! あんた、ほんと教師には向いてないわね」
アンジュと呼ばれた金髪の少女は、両手を自身の胸に当てた。
「待っててね、唯人……! もうすぐ行くからっ」
恋する乙女、アンジュ。
力自慢の筋肉漢、ビドゥ。
冷静沈着な青年、トロア。
彼らは日常に潜む闇、鬼である。




