第80話 ▶矢を放つ
「それでは行きますぞ、天地氏バーサス拓郎氏。レディー……ファイッ!」
休む間もなく次の試合へ。
蛇乃眼に続いて登場したのは、『ロビンフッドの悠弓』を所持する拓郎だった。襟付きの白いTシャツに身を包み、両手には薄い手袋。
キリッとした表情で天地を睨む。
「フ、フフッ……なにをじろじろと見ているのだ。この通り、俺様はまだまだ闘えるぞ。『女王の片眼鏡』はさっき返してしまったが、そんなものがなくとも──」
「見事だと言っておこう」
……なんだ、お前? と言いたげに天地は頭を搔く。
「言われずとも俺様は見事だぞ」
「不快にさせたのであればすまない。僕は、純粋に感動した。正直、キミが蛇乃眼を破るとは毛ほども思っていなかった」
毛ほどもか。いや、気持ちはわかるけども。
天地は息を整えるように深呼吸をする。
「お前も、俺様を舐めていたら後悔するぞ?」
「キミを舐めない、だから後悔もしない」
「……ハッ、面白いことを言う。だったら、試してみるかっ!?」
天地はニィッと口角をあげると、その勢いで走り出す。第二幕の始まりだ。
やつの速攻に物怖じすることなく、拓郎は冷静に弓を構える。すると、手元に光の粒子が集まって矢を形成した。
拓郎は矢の先端を、薄い手袋越しに撫でる。
「……『ロビンフッドの悠弓』よ。無より光の矢を生み出せ!」
ギリギリと引かれた矢は、天地に向けて一直線に放たれる。鮮やかな軌道を描いてやつの脇腹をかすめた。
「ッ……! この程度の威力か?」
しかし、意外にも天地の足は止まらない。出血している様子もない。
無意識のうちに回避していたのか?
矢をかすめてなお距離を縮めようと試みる天地。もちろん、その間、拓郎は突っ立っているわけではない。バックステップで後退しつつも、毎度矢を外さないよう確実に射てくる。
「天地さん! 例のからくりも忘れず使ってくださいねー!」
「くっ、俺様が防御態勢を取るとは……なんたる侮辱っ」
お前はいったい何を目指しているんだよ。
若干渋りつつも、天地は月尊ちゃんの言った通りもう一つのからくりを使い始める。
ゴシップに借りたもので、名を『即席の盾』と言う。形状はドーナツのように丸みを帯びた腕輪型。左腕に取りつけられられており、それをひとたび振るうことで腕輪から不可視の壁が出現、正面からの攻撃を防ぐことができる。
黙って矢を受け続けるわけにはいかないもんな。有用な防御系のからくりである。
走って、防いで、を繰り返して少しずつ拓郎の尻尾に近づいていく。わりといい感じの流れだ。だからこそ、油断していたのかもしれない。あとちょっと、というところで異変は起こった。
「ハア……ハア……」
天地の息が乱れだしたのである。
蛇乃眼戦での疲労も溜まっているのだ、それだけならまだわかる。しかし、それにしては苦しみ方が異常だ。花粉症かと思ったらインフルエンザだった、みたいな、経験則による嫌な予感。
まさか、と月尊ちゃんは口を開く。
「『紫毒塗料』……。身体の自由を奪ってしまう――遅効性の毒クリームです。あれを、拓郎さんは手袋越しで矢に塗っていたんですよ」
真津璃が短く顎を引いた。
「私も見たことがある。だが、それをまさか武器に塗って使うとは……。無限に矢を撃てる『ロビンフッドの悠弓』とも相性がいい」
ううむ、毒と来たか。
命にかかわるものでないことはわかっていても、やっぱり気分は落ち着かない。
毒矢という原始的かつシンプルな武器。先の疲れも相まって、とうとう天地はその場で倒れてしまった。
「ここで10カウントですぞー! 拓郎氏の活躍によって、再び試合の行き先はわからなくなってきましたな」
まあ、なんだ。お疲れ天地。担架で運ばれてきたやつの肩を叩く。
「……さて、行くか」
軽く伸びをすると真津璃は仮設テントを去る。頼むぜ、真津璃。




