第8話 ▶足掻け、たとえ無力でも
あらすじ:独守備然は強かった
つかつか、とスカした黒コート野郎、独守備然が近づいてくる。その目はムカつくほど慈愛に満ちていた。
「何も心配はいらない。私が、この学園で一番になる。鬼も、鬼狩りもぶっ潰す。約束しようじゃないか。──だから、キミはもう……頑張らなくていいんだよ」
「っさい……」
ぴくり、と真津璃の指先が動いた。無理に起きあがろうとするのを、俺とゴーマンとで必死に食い止める。
「落ち着くのである、我がライバル!」
「そうだっ、もう勝負は着いたんだよ」
だが、俺は真津璃の馬鹿力が、鬼のそれを上回るのをすっかり忘れていた。
「離せ邪魔だ!」
まるで赤子の手でも捻るかのように、真津璃は俺とゴーマンの拘束を解いてしまった。
「不味いのである!」
向かう先はもちろん、余裕綽々の独守備然。
やつは──先程まで慈愛に満ちていたそれとは正反対で、虫ケラでも見るかのような残忍な目をしていた。
「……何度も何度も惨めだなぁ。同じ過ちを繰り返す、だからテメェはそうなんだよ」
飛びかかる真津璃の頭に、中段の蹴りが容赦なくぶち込まれる。純然たるケンカキックだ。
「がはぁ……っ!」
なすすべなく地に墜ちる真津璃。鳥子と要先生から『やり過ぎ』のアナウンスが入り、ひとまずこの場はそれで収束した。
しかし。
「弱いやつは大人しく守られてりゃいいんだよ」
備然が去り際に吐き捨てたそれは、俺の思う以上に真津璃をむしばんでいた。
「……ちくしょう」
真津璃はその後すぐに目を覚ましたが、顔色は依然優れないままだった。備然に負けたのが相当堪えているのだろう。
俺もそれに影響されてか、デッキから最初のフロアに戻ったことも、続く『心』のエキシビションも、すっぽり記憶から抜け落ちていた。
「よーし、実践演習はここまでだ」
前では要先生がデカい声で締めの挨拶に入っている。
ダメだ。隣で体育座りをしている真津璃は、さっきから何を言っても反応してくれない。
「──お前ら、自分の強みを活かせそうなジャンルは見つかったか?」
俺には端から得意分野なんてない。そういう意味では気楽なものだ。
けれど、真津璃 は違う。
毅然としていて。
最高クラスのAランクで。
鬼もぶっ倒すほどに強いのだ。
ぐっ、と真津璃は歯噛みした。顔を伏せ、小刻みに震えている。
「──後は桃神郷に着くまでゆっくりしててくれ」
我慢ならなかった。
「優しい子が好きだ、『77』番、吉良唯人っ。ちょっと待ちやがれぇぇぇえ!」
手を挙げて、名前と好きな女性のタイプを添えて、異議を申し立てる。二つ目は言わなくてもよくなったはずだが、知ったことか。
全力ダッシュで要先生に詰め寄る。
「俺にも『決闘』をさせろ。このままじゃ、腹の虫が収まらない」
虫の居所が悪い、と言うつもりだったが、どちらにせよ大差はないだろう。
一同はポカーンとしていたが、要先生だけは水を得た魚のように目を輝かせている。
「いい、いいぞ吉良唯人! 俺はな、そういうアツい思いを抱く若者が大好きなんだ」
「ちょっと、唯人!」
真津璃が後方から追いかけてくる。気にかけてくれるのは嬉しいが、美少年よ。その対応は悪手だぜ。
「……なあ、あのハンサムボーイってさっき闘ってたやつじゃね?……」
「……ああ、『力』の時の。じゃあ、あの目つきの悪い『77』番は?……」
「……たぶん『22』番とグルだ……」
「……てことは、知人の仇を討つためにわざわざ?……」
「……身勝手なやつ……」
ほら、もうこんな風になっちまう。マジョリティーって怖いねぇ。それと俺の目つきは悪くない。
個人的にどうこう言われるのはまだいい。だが、こいつは俺の独りよがりだ。真津璃は関係ない。
広いフロア全体をざっと見渡す。百人の中から探すのは骨が折れるかと思ったが、案外すぐに見つかった。
俺は思いっきり息を吸い込んで、そいつの鼻っ面を指す。
「俺が指名するのは、独守備然っ、テメェだ!」
柱にもたれかかっている黒コート野郎は、顔色一つ変えずこちらに近づいてきた。
「……ほら見ろ。やっぱり、標的は最強君じゃねえか……」
聞こえてくるひそひそ声が鬱陶しい。それらを一蹴して、俺は最強君と対峙する。
「初めまして、で違いないな? 初対面でずいぶんと言ってくれたが、私に何か用だろうか」
「おうとも。俺はな、お前のその暑そうな服装が気に食わねえんだ!」
「……おい、なんか違くね?……」
「……ただのクレーマーじゃねえか……」
さっきとは違う意味で白い目を向けられるが、真津璃の誤解が解けたならヨシだ。
黒コート野郎は緩急のない表情で見下ろしてくる。
「愚問だな。このコートはいいぞ、ポケットが沢山あるお陰で色んなものを仕込める」
「見てるだけで暑 いんだよ。クールジャパンで行こうじゃねえか。おら、とっとと刀構えやがれ」
弱いやつは守られてりゃいい、だと?
真津璃は強いやつだ。守られるどころか、守る力を持っている。
だけど、それはきっと天性のものじゃない。
『──もし、あの時。あんたら鬼狩りが来てくれていたら、僕の家族はっ!』
真津璃の悲痛な叫びがフラッシュバックする。
薄々そんな気はしていた。
あいつは、ずっと闘っていたのだろう。家族を奪った日常の闇……鬼を討つために。強くなるために。
過酷な道だったと思う。記憶のない俺なんかじゃ想像もできないような、辛く険しい道のり。
それを、こいつは、根こそぎ否定しやがった。
真津璃の歩みにゲロを吐きやがった。
……こんなものは想像の産物。言質がなけりゃ、本人から直接聞いた訳でも無い。ただ、それでも。
俺は純粋に、独守備然という男が気に入らなかった。
ぶった斬る理由が他にいるか?
「『力』で『決闘』だ、独守備然ッ!」
作中キャラは真津璃のことを男だと思っているからアレですけど、これ実際だったらかなりアレですよね(アレ)
とりあえず、友のため、立ちあがれ唯人。