第79話 ▶着飾る者、着飾れなかったモノ
あらすじ:蛇乃眼のからくりを逆利用した
「おい真津璃。あ、あいつ……『女王の片眼鏡』をマスターしやがったぞ」
動くな、と天地に命じられた蛇乃眼は、すっかり機能を停止している。恐ろしいほどの力だ。
でも、なんか色々厄介な条件があるんじゃなかったのか。相手を話に没入させるほど、その効力が増していくんだっけ。
天地にそんな話術があったとは思えない。
どうして、蛇乃眼に効いているんだ?
真津璃は体育座りをして、膝に顔をうずめる。
「むう、タイミングが悪かったな。すでに蛇乃眼の心はグラグラに揺らいでしまっている。絶対に負けるはずがないと高をくくっていた相手に、突然足元をすくわれたのだ。頭の中が真っ白になっているに違いない」
なるほど。確かに舐め切ってたもんなあ、蛇乃眼の野郎。それが結果として己の首を絞めることになったと。相手が天地じゃなかったら、ここまで動揺することもなかっただろうにな。
ともあれ、これでチェックメイトだ。
天地が蛇乃眼に近づいていく。
ぐにゃり、と血色の悪い顔が歪んだ。
そして、身体の自由を得るために四肢を動かそうと試みる。動く気配はない。少なくとも、今のところは。
「あ、りえない。ありえない! Aランクであるオレが……『心』のトップであるこのオレが、貴様ごときに負けるなど!」
フッ、と天地は格好つけるように前髪を掻きあげる。
「お前の敗因はただ一つ。俺様のことを」
「黙れぇえええっ!」
蛇乃眼が本能のままに叫ぶと同時に、動かかなかったやつの身体が、決壊されたダムみたいに勢いよく動き出した。
この男、気合いだけで「動くな」を解除しやがった。――あるいは、自ら没入感を断ち切った?
理屈はさておき、自由を得た蛇乃眼は天地めがけて一直線。それは極上の不意打ちであるかのように思えた。
しかし。
「お前は、俺様のことを舐め過ぎた」
天地の手にはすでに『バリ乾電池』が握られていた。破られることを読んでいたかのように、天地はそれを蛇乃眼にあてがう。
二度目の電撃が生み出したのは、一人の悲鳴だけだった。
「ちく……しょう」
感電した蛇乃眼はそのまま前のめりに倒れる。間もなくして、10カウント。
「か、勝ったのは天地氏! Aランクの先鋒をトリッキーに打ち破りましたぞー!」
醍醐はニッと堀の深い顔をほころばせる。
「あの野郎……蛇乃眼をぶっ倒しやがった!」
「やりましたねっ!」
ぱたぱたと喜ぶ月尊ちゃんを観賞しつつ、俺は真津璃に本音を吐露する。
「……ほ、本当に勝っちゃったぞあいつ」
「ああ。なかなか見事な闘いだった」
信じていなかったわけではない。が、Dランクの頂点だのなんだの言ってた天地が、本当に格上を倒してしまうとは。
蛇乃眼は担架に乗せられ、Aランクの仮設テントに運ばれる。その際、やつの上着がチラリとめくれあがった。
やけに肌色成分の多い筋肉が見えた。
「なっ、お、おい。醍醐っ、あれって」
「……ああ、あれは『マッスルスーツ』。元々は俺のものだ」
「それって……」
醍醐は重々しく頷いた。
「蛇乃眼が俺をDランクに突き落とした『決闘』では、キビダンゴに加えて互いのからくりを賭けていたんだ。今にして思えば、最初から俺の『マッスルスーツ』が目当てだったんだろうな。ずる賢いあいつが純粋な力を手にしたら、『フィジカルでも負けない完璧なボク』を演じられる。抜け目ない野郎だ」
ずっと疑問だった。
なぜ、Aランクに所属できるはずの実力を持つ醍醐が、からくりを一つしか持っていなかったのか。
それがようやくはっきりした。
答えは、蛇乃眼に取られてしまったからだ。残っていたキビダンゴで、醍醐は取られたからくりと同じ『マッスルスーツ』を購入した。だから、Dランクに堕ちた当初、やつは『マッスルスーツ』しか持っていなかったのだろう。
蛇乃眼がやたら痛みを恐れていたのも、『マッスルスーツ』の内側はへなちょこで撃たれ弱かったから。筋肉を装飾しても中身までは飾り切れなかったというわけだ。
真津璃はゆっくりと腰をあげる。
「私も、そろそろ準備をしておくかな。彼に負けてはいられないからな」
「さあて、Aランクの二人目は藤見拓郎ですぞ! 戯岩島ではリーダーシップを発揮していた彼ですが、果たして天地の侵攻を防ぐことができるのですかな?」




