第63話 ▶俺様の時代
あらすじ:優勝賞品は 弩級からくり
「へえ……」
弩級からくりと聞くとろくな思い出がないが、そのチートっぷりは身をもって知っている。なに、優勝するだけでいいのだ。以前のように死と隣合わせになる必要もない。
「いいじゃん、ますます燃えてきた。月尊ちゃん、今日のミーティング楽しみにしてるぜ」
「ふふ、頑張りましょうね」
▶▶▶
朝食をとり終えた俺は、ツクヨミ荘二階の廊下からぼうっと桃神郷を見下ろしていた。暇なのである。授業も『決闘』も無しとなると、いよいよ俺はやることがない。
趣味のひとつでもあればいいのだが、この閉鎖された孤島でやれることなんてあまりに限られている。まだどうすれば月尊ちゃんとお近づきになれるかを考えた方がよっぽど建設的だ。
荷物を抱えて行き来する人、人、人。浮かぶ表情はその人間の境遇を物語っていた。
Dランクに落ちる者、晴れて発つ者。
引越しと聞いた時はいまいちピンと来なかったが、ここまで大々的に行われるものだとは思わなかった。
「物憂げですな、唯人氏」
首だけ上をくるんと回して振り返る。隣の202号室の住人、情報屋とヤンキー君がいた。
「……おう、なんだ。お前らもランクアップか?」
「いんや、大将もオレもDランクのままだぜ。その様子だとお前らも変わっていないみたいだな」
「まあ、そんなところだ。隣人同士これからもよろしくってこった」
へへへ、と鼻をこするジョー。別に貶したい訳では無いが、この男が現状維持なのはまだわかる。勝ったキビダンゴを倍プッシュして返り討ちにあった、みたいな話を今週だけでも三回は聞いたからな。
けれども、情報屋の方はどうだ。キビダンゴに執着が無いとはいえ、からくりを複数所持しているこいつなら勝率も高そうなものなのだが。
少し鎌をかけてみよう。
「……ゴシップ、お前はいったいどっちなんだ?」
「ご想像にお任せしますぞ。きっと、それが正解ですからな」
表も裏も無さそうな顔で笑うゴシップ。食えない野郎である。が、今のやり取りでなんとなく察した。こいつもたぶん俺たちと同じなのだ。過少申告をすることで、あえてDランクに居残った……。
俺の場合は真津璃を保護するという大義名分があったが、こいつは? まだまだ謎の多い男である。
▶▶▶
あっという間に日は沈み、時刻は夕方18時。夕食まで30分以上あるが、食堂にはすでに何人かの姿が見られた。適当な座席を見つけて確保。月尊ちゃんの登場を待ちわびていると、真津璃が目をしょぼしょぼさせながらやってきた。
「おう。お前、今日一日どこ行ってたんだよ?」
「図書館だ。『決闘』してくれる相手がいないのなら、自主的に学ぶ他ないだろう」
「真面目ちゃんめ」
そう言いつつ俺は内心焦っていた。しまった、今日みたいな日こそトレーニングすべきだっただろうが。やーい、ばーかばーか。
自分自身に毒づいていると、乱雑に食堂の扉が開かれた。全員の視線がそちらに集まる。バスローブを身にまとった、狐みたいな男。やつはニッと口角をあげる。
「やあやあ、愚民ども待たせたな。Dランクの"頂点"ッ、天地白夜様の華麗なる登場だ!」
天地だった。
「なんだ天地か」
「なんだとはなんだ吉良唯人! 俺様はDランクの……」
「さっき聞いたよ」
真津璃が心底面倒くさそうに返す。
「我孫子真津璃! 見たかこの超然たる現実を。ついに、俺様の時代が帰ってきたのだ。いつの世も最後に勝つのは正義と決まっている。ひれ伏せっ、そしてぬるりと足を舐めろ!」
要は降格したわけだ。Cランクの底辺から、Dランクの頂点まで。もっとも、本人は降格したつもりなど微塵もなさそうだけど。
最初こそ注目の的だったが、だんだん「こいつとは関わらないでおこう」と視線が逸らされていく。その中で唯一牙を剥いたのは、軍人みたいにいかつい顔をした男。バン、とテーブルを叩くと入り口の前にいる天地にガンをつけ始めた。
「テメェ、言葉は考えて使うもんだ。出任せにベラベラと喋ることが許されるのは、頭の足りねぇガキとユーチューバーだけなんだよ!」
なんだこいつ。彫りの深い顔が躍動した。はち切れそうなタンクトップには「get wild!」と宣うひよこが描かれている。なんだこいつ。
「うおっ! 見ろ、大将。ムキムキのおっさんがひよこちゃんの服着てるぞ!」
「ジョー氏。この世界には人の数だけ趣向が存在するのですぞ」
「黙れテメェらァッ!」
二人に向けて唾を飛ばし、男は天地の方に向き直る。
「いいか? 頂点なんて言葉を無責任に使うんじゃねえ。テメェがなんなのかは知らねぇがなあ、こっちは元Aランクなんだよ。頭脳戦も、読み合いも、そして純粋なパワーでも。テメェに俺を上回る道理はねぇんだよ!」
ドスの効いた声がビリビリと食堂に響く。
が、そんなものにビビる天地ではない。
「フッ……。過去の栄光にすがりつくとは、みっともないことこの上ない」
「ああん?」
「確かにお前は元Aランクなのかもしれない。だが……俺様は、現・Dランク最強なんだよ」
「ん、んんんんっ?!」
混乱のあまり口元を押えるひよこ野郎。
頭が痛くなってきた。




