第6話 ▶真剣勝負
だから、僕たちだけが例外とは思わない方がいい。
要先生はマイクを、黄緑色の着物のお姉さん……花歌 さんに手渡しする。
「は〜い、ではここから先の説明はうち、団 花歌が務めますえ。皆はん、ステージに注目どす」
壇上にいるのは二人の精鋭たち。向かって右手に、京太郎 。左手に猫丸が、クイズ番組のサドンデスみたいに横並びで解答席に鎮座している。
「……天才小学生VSニヤケ雑学王ってとこか」
「もうちょいマシな呼び名はなかったわけ?」
花歌さんは二人のちょうど真ん中に立ち、妖艶な笑みを俺たちに振りまく。その手にはクジ引きで使う箱が抱えられている。
「ルールは簡単や。司会者であるうちが、このブラックボックスからクジを引いて、問題を出す。それに三問先に答えられた方が勝ち。どや、オモロそうやろ?」
……なんというか、本当にクイズ番組みたいだな。
「ちなみに、真津璃。テストの時はどんな問題が出たんだ?」
「うーん。どんな、って言われると難しいな。一般常識を問われるものとか、閃きを求められるものとかだな」
ジャンルは幅広く、ってわけか。鬼に関するエトセトラを問われるよりよっぽどマシだ。
「でもよ、閃きはまだしも、一般常識なんて覚えて鬼に通用するのか? 公務員試験じゃねえんだぞ」
真津璃に愚痴ったはずだったのだが、前方にいる花歌さんからゆるりと言葉を返された。
「それは違うで、『77』番君。知識ってのは好奇心や。知りたい! と思わんと絶対に身につかん。その飽くなき探究心こそが桃太郎になる必須要素なんや」
うぐっ、おっしゃる通りで。京太郎と猫丸の視線が痛い。
「質問は大丈夫やね? まあ、いっぺんやってみたらわかる思うわ。……ほんなら、第一問!」
ででん! のセルフ効果音と共にクジが引かれる。ホッチキスの封を剥がすと、花歌さんは書かれていた問題を読みあげた。
「えーっと、今回は四択クイズやな。『鬼の種類は千差万別。そんな彼らがみんな、毎日欠かさず行っていることと言えばなんでしょうか?』」
鬼に関するエトセトラじゃねえか!
「え、え、何。こんな問題出るの? おい真津璃どういうことだ」
「わた……僕に訊かれても困る。それに、この程度の問題なら一般常識としてわかるはずだ」
わっかんねえよ馬鹿野郎。
回答席の二人は迷うことなくタブレットにペンを走らせる。花歌さんが声をあげた。
「はーい、まだ時間はあるけど、二人とももう書けとるみたいやし、正解発表といこか。正解は四番、『暴食』! あのごっつい肉体を維持するために、過剰なほど人間の負の感情を食べとるんやね。両者正解や」
二人の解答席がキラキラとライトアップされる。当人たちはさほど嬉しくもなさそうだ。本当に基礎の基礎だったのだろう。
そして、ちゃっかり新しい情報が出てきたぞ。
人間の負の感情。
それを好き好んで食らうから、鬼は人間を困らせているわけだ。いい迷惑である。
と、こんな具合でクイズ大会は滞りなく進行する。全然『決闘』らしくないな。
ただ、一つだけ気になったことがある。
「真津璃。あのガキ……」
「ああ。明らかに手を抜いている」
口をへの字にした眼鏡の小学生。『智』のトップにしては、弱すぎる。もちろん俺には答えられない問題ばかりだ。けれど、なんとなく感じる。
こいつは、あえて負けようとしている。それも、自分が手を抜いていると悟られないように。
「あれだな。答えを見ながら宿題をやる時、先生にバレないようわざと何問か間違えるやつだ」
「的確な表現だな。常習犯め」
なぜバレた?
「のう、京太郎」
自分の出番は終わったとばかりに立ちあがるガキを、猫丸が優しく引き留めた。
「……なんですか」
フッ、と爽やかボーイの頬が緩む。
「ワシの勝ちじゃ! 惜しかったのう、わーっはっは!」
飾り気のない欣喜雀躍。その純粋な喜びように、周囲の誰もが唖然とした。相手が小学生だろうとお構い無しである。
京太郎の顔が一瞬悔しそうに歪んだのは気のせいだろうか。
「うんうん、二人ともありがとうね。『智』での『決闘』はおおむねこんな感じや。実戦では、まあ、もっと色々緊張感が出るんやけどねぇ〜?」
色々、ね。まだ何か隠されたルールがあるのだろう。緊張感……って、まさか賭け事か? いやいやそんな。学校だぞ? 仮にも。
花歌さんからマイクを受け取ると、要先生はお菓子をもらった子どもみたいな顔をしてみせた。
「よっしゃ、次は『力』の演習だ! 野郎ども、俺についてこいっ」
▶▶▶
連れてこられた先は、何の因果か、先ほど鬼と戦った甲板だった。よく見ると、足元の白いテープがテニスコートくらいの長方形を描いている。
フィールドってわけだ。
「よーし、全員いるな? そいじゃあ、ここからはぴよ子ちゃんにバトンタッチだぜ!」
ただでさえ暑いのに、要先生のせいで暑さ三割増だ。例によって、俺たちはフィールドから離れたところに座らされる。ちくしょう、鉢巻が汗でビショビショだ。
要先生のもとにやってきたのは、紅色の着物を着た幼女。つかつか、と隣に立ったかと思えば、綺麗なボディーブローを先生にぶちかました。
「あたしは鳥子 ! 二度とそのふざけた名前を出さないでくださいッ」
要先生は殴られた腰元(身長が低いため、ボディーブローは腰に決まったのだ)をさすりながらマイクを手渡す。
紅い着物の幼女はそれをぶん取ると、こちらにキツーい視線を向けてきた。
「あんたらには紹介が遅れたわね。あたしは、団鳥子。花歌姉さんの妹よ。別に全然気にしてるわけじゃないけど、あたしに身長の話をしたやつは問答無用でボコすのでよろしく」
怖い。よろしく、のアクセントが完全に夜露死苦 だったよ。
でも、なんというか。
「真津璃 にどこか似てるよな、あの人」
「……そいつはどういう意味かな」
バシッと前方から音がする。見ると、鳥子がいつの間にか竹刀を手にしていた。
「あたしが説明するのは、『力』での『決闘』。フィールドから見てわかる通り、逃げ場なしのタイマンよ」
鳥子は続る。
「勝利条件は、相手を倒して10カウント、もしくはフィールド外に追いやること。当たり前だけど殺すのはダメだぞ!」
まあ、最低限の倫理感は持っておけよというわけだ。それ以外のことならルール無用っぽいのが少し気がかりだけども。
「よし。じゃあ、『力』の成績優秀者二人に実戦してもらおうか。『22』番、我孫子真津璃!」
思わず俺が反応しそうになった。すげえ、あの野郎、本当に選ばれやがったぞ。
当然のような面で立ちあがる真津璃に、一応声をかけてやる。
「まあ、なんだ。頑張れ」
「言われるまでもない。秒殺してやる」
なんだなんだ、格好いいじゃねえか。真津璃の後ろ姿が大きく見えた。気がする。
「そして二人目は……『99』番、独守備然だ」
年上好き黒コート男、出陣




