第47話 ▶出会ってしまった男
あらすじ:パズルからの脱出
「止まっ……た」
真津璃はその場でへたり込む。生きるか死ぬかの瀬戸際だったが、どうやらいい方向に倒れてくれたようだ。
「見ろ、奥の扉が開いたぞ。やったな真津璃!」
「そ、そうか……よかった」
ふらふらと立ちあがり、真津璃は少しずつ前へと進む。目についた絵巻が忌々しい。
壁の侵攻は凄まじく、残された幅は書架に挟まれた図書館の通路ほどだった。
(冗談じゃない。下手すりゃ本当に死んでたじゃないのよ!)
笑う膝を叩きながら、真津璃は天地とパズル部屋を脱出する。未練は微塵もなかった。しばらく田んぼは見たくない。
再び薄暗い洞窟を探索する。道中、ワニに追いかけられたり天井から火が噴き出したりしたが、案外二人とも無事だった。
「ふはは、チョロいチョロいっ!」
「頭使うくらいなら身体を動かす方がよっぽど楽だな」
ところで、何度か分かれ道を見てきたのだが、今なお二人は行動を共にしている。
「いいのか? 俺の助けがなかったらお前はトラップで秒殺だぞ、ビョーサツ。ここは俺に背中を預けるのが得策だと思うがなっ」
要約すると『一人じゃ怖いから抜け駆けすんな』の意になるのだが、真津璃はあえてそれを受け入れた。
唯人と別行動になってようやく理解する。この争奪戦、一人だけの力では生き残れない。他の生徒たちは確かに敵だが、同時に利害一致の関係でもある。
「……まあ、私も先のパズルで思い知った。利用できるものはしていくべきだと」
「持ちつ持たれつ、と言ってほしいな」
口の回る男である。ただ、その言葉に何度か救われたのも事実なので、真津璃としては苦い顔をすることしかできない。
「……天地」
「どうした、我がライバル」
「あれはなんだ」
真津璃は道の先で転がっているものを指さす。布切れか何かだと思っていたが、違った。それを視界に捉えた二人は思わず息を呑む。
「人だ……っ!」
人が倒れていた。出血こそないが意識もなさそうである。見ると、真津璃のよく知る人物だった。
「猫丸さん……っ?」
「なんだ。Dランクの知り合いか?」
「Bランクのはずだけど」
「な、なにぃっ。Cランクの俺より高いのかこのハンサム男!」
都合のいい時だけCランクを引き合いに出すんだな、と真津璃は目を細める。そもそも天地だって船での『決闘』は見ていたはずだ。忘れたか、純粋に覚える気がなかったのだろう。
「大丈夫ですか、猫丸さん」
「うっ、うう……」
真津璃と天地は小走りで駆け寄り、肩を叩く。呼吸は問題なさそうだ。猫丸の薄いまぶたをわずかに開く。
「その声は……おお、確か真津璃じゃったかのう」
「私のことはどうでもいいです。誰にやられたんですか」
「トラップじゃ。周囲を警戒しながら歩いていると、いきなり床が抜けて真っ逆さま。打ちどころが悪かったせいでこの有様じゃ」
わはは、と力なく笑う猫丸。空元気にしては弱々しすぎる。相当参っているのだろう。
「猫丸さん、このまま引き返してください」
真津璃が心の底から吐き出した本音。それは撤退を勧めることだった。先程死線を潜り抜いたからこそ言える、この争奪戦の異常性。死を覚悟をしてなお恐怖は消えなかった。
恐怖は思考を凍てつかせる。待っているのは、取り返しのつかない結末。まだ引き返せるのであれば、それに越したことはないだろう。
本人も理解しているらしい、ゆっくりと身体を動かしながら猫丸は白い歯を見せた。
「……おう、そうさせてもらおうかのう。雑学しか脳の無いワシには、まだちょいと荷が重かったようじゃ」
猫丸は潔よい笑みを浮かべながらも、その甘いマスクの表面にジワリと悔しさを滲ませていた。
真津璃と天地は二人がかりで猫丸を起きあがらせる。彼は壁伝いに道を引き返して行った。
「頑張れよ、二人とも。間違っても死ぬんじゃないぞ」
揺れる糸目は悲しげに見えた。
真津璃は前に向き直ると、拳を握ってまた歩き始める。振り返ることはしなかった。すると、これまで無言だった天地がポツリと言葉を漏らす。
「フゥン。お人好しなのだな、お前も」
「偽善者と言いたきゃ好きにすればいい。ただ、あの場で声をかけない輩にだけはたりたくないな」
助けたことに理由なんてない。結果的に助けていただけのこと。真津璃の単純明快な主張を、天地は何度も繰り返した。反芻し、己に問い続ける。
「……これが俺の負けた理由なのか?」
真津璃の耳には届かない、至って普通のか細い一言。地を踏み締め、天地は彼女と先を急ぐ。
それから何十分経っただろうか。進めど進めど土ばかりで、真津璃が発狂しそうになった時、ひときわ明るい大部屋に出た。直感で二人は察する。なにかある。
その読み通り、視界の先には二つの厄介があった。無機質な岩肌の壁や床の中にポツンと、それは鎮座されている。ひと目でわかる。宝箱だ。周りは祭壇に続く道のりのように階段が伸びており、その特別感を際立たせる。
「やあ。遅かったじゃないか、二人とも」
最強の男、独守備然が──宝箱の前で腰を下ろしていた。
▶▶▶
鉄蛇の野郎をぶっ飛ばした俺は、成り行きでジョーと行動することになった。真津璃とは格好つけて別れたものの、やっぱり一人で進むのは危険が多すぎた。実際、一人でへたれ込んでいるやつらを何人も目にしてきた。
これがかりそめの共闘であっても構わない。負けたら終わりなのだ。今を生き抜けずしてどうする。そう自分に言い聞かせながら、前だけを向く。
気づいたのは、思ったより洞窟が複雑かつ入り組んでいること。ここから弩級からくりを手にして、そのまま戻るのは至難の業なのではないか。
晴れぬ不安を抱きながら足を動かし続ける。漠然とした迷いを振り払うかのように。
「……おい、ジョー。なんだあれは」
「ずいぶん広い部屋だな。行ってみようじゃねえか」
もしかしたら宝物部屋かもしれない。そんな一縷の望みを胸にダッシュ。狭い一本道から一転、広い部屋が視界に入ってくる。
結論から言うと、先の俺の予想は的中していた。古墳みたいななだらかな階段を行った先に宝箱が置いてあった。RPG好きには堪らない粋な演出である。
だが、そんなことはどうだっていい。
俺は見た。
「備然、真津璃……っ!」
備然に斬りかかる真津璃の姿を。




