第46話 ▶脱出
あらすじ:脱出ゲーム
「……一度状況を整理しようか」
真津璃は床のキューブを拾いあげ、卓上に戻す。それを特に手伝うこともせず天地は仁王立ちで頷いた。
「俺に任せろ。まず、台には3×3の凹みと、それに対応する9つのキューブがある。書かれているひらがなは、『う』『し』『じ』『で』『は』『ゆ』『ゆ』『ん』『ん』。……ざっとこんなところか?」
ああ、と真津璃は奥の壁を指さす。
「それと、あそこには大きめの絵巻が掛けられているぞ。田舎っぽい雰囲気の男の子が田んぼの真ん中で笑顔を浮かべている。その子の上には左回転の……6に似た形の渦巻き」
彼女の補足を加えても、出ている情報はこれだけ。見落としが無いか二人で部屋中を歩き回ったが、結局めぼしいものは見つからない。
ここから答えを導き出さねばならないのだ。
「……空欄は9つ。3×3。ひらがなの組み合わせは……」
ブツブツと独り言を呟く真津璃。やはり表情は浮かない。焦るな、と戒めをしておきながら、彼女自身その鎖にじわじわ蝕まれていた。
(ひらがな三文字で言葉を作るのは簡単だ。けれど、それが明確な答えになるかと言われると……。絵巻との関連性も気になる)
天地はキューブを弄びながら吐き出す。
「ここに書かれているひらがなはどういう基準で選ばれているのだろうな? 『ゆ』と『ん』に至っては二つも用意されているぞ。案外、9文字の単語が正解だったりしてな」
「9文字なんてそれこそ答えは限られるだろう」
と口走りながらも一応考えてみる、真津璃。彼女の懸念した通り『ゆ』と『ん』がネックで、なかなかこれといった単語が思いつかない。
ゴゴゴゴ……
「フゥン、また動いたな。着々と俺たちを食らう準備をしていやがる」
左右から迫る岩の壁。初めは広かった幅が、今では電車の縦一両分ほどしかない。
(慌てるな! 『もしも』を思い描く暇があるなら、黙って思考を動かし続けろ)
真津璃はパズルと睨めっこをしながら唇を噛む。9文字の言葉なんて。視線をあげると、田んぼに立つ少年の絵巻が目に入る。意味ありげにたたずむ田んぼと、年端も行かぬ男児の笑み……。
刹那、彼女の頭に電撃が走った。
「はっ……!」
「は?」
首を傾げる天地。彼の手からキューブをひったくり、真津璃は9文字の単語を組みあげていく。横一列に並んだそれを見て天地は目を細めた。
「はんでんしゆうじゆ……?」
「班田収授。日本史の授業で聞いたことはないか?」
私は聞いたことないけどな、と自嘲気味に付け足す孤独な少女。学び舎とは疎遠な人生を歩んできた真津璃だが、これが義務教育の範疇であることは理解している。
天地は渋い顔で舌打ちをした。早く説明しろ、の意だろう。もう時間もないので真津璃は手短に説明をする。
「ざっくり言うと、民に田を与え、そこで採れた稲を国が徴収するというシステムだ」
「よくわからんが、田んぼということはあの絵巻に関連したワードなのだろうな?」
ああ、と真津璃は大きく首肯する。
「壁の絵巻は恐らく口分田……。班田収授によって分け与えられた田んぼのことだ」
「ぬう。では、ガキの頭上で渦巻いているアレはなんだ」
「左回りの渦巻きか? あれは、6だ。待て待てそう怒るな。もちろん、私は本気で言っている。今までずっと『6の形をした渦巻き』だと思ってアレは、紛うことなき6だったのだ」
意味もしっかりあるぞ、と真津璃は指を天に向けて続ける。
「6歳になった男女は口分田が貰えるんだ。男の子の真上にわざわざ6と書く辺り、この子は6歳だと言いたいんだろうな」
「くっ……これもヒントだったのか。6ならハッキリそう描き示せばよいではないか」
そんなこと言われてもな、と真津璃は頭を掻く。
改めて卓上に目を戻すと、またしても左右の壁が迫ってきた。
「な、なんかスパン短くなってないかっ?」
「どうしたどうした。ビビっているのか、真津璃?」
天地が軽口を叩いている間も、壁の動きは止まらない。
「なんで止まらないんだよっ! ちょっと、これ不味いんじゃないのか」
「察しが悪いな。このままノンストップで迫り続けるということだろう! なに、答えは出ているのだ。後は凹みにキューブをハメるだけ……」
そこまで天地が言ったところで、二人はようやくそのことに、気づく。ピンチはまだ去っていなかった。
「「……どうやってハメ込むんだ、これ?」」
ゴゴゴゴ、と追い打ちのように地響きが起こる。もう電車一両の半分は岩肌に呑み込まれてしまった。
全身から冷たい汗が噴き出る。
「考えろ、考えろ! 私たちの手でどうにかするんだっ」
「落ち着け、真津璃。お前らしくもない」
「……ッ。あんたは私の何を知っているんだ!」
「Dランク頂点の俺を、Cランク底辺に叩き落とした」
真津璃は呆然とする。目の前の男は本気で言っているのだ。
一切の表情を崩さず、天地は言葉を紡ぐ。
「俺も考える。だからお前も考えろ。……9つのキューブに、ガキの絵巻。答えは班田収授で間違いないだろう。左上から順に埋めていくか、それとも右上から縦書きで攻めるか?」
「……どちらにせよ、確証を持てないまま決めるのは自殺行為だ」
この部屋に入った時点で、賽はとっくに投げられている。もはや後には退けない。
真津璃は覚悟を決めた。
「どこかにヒントがあるはずだ。法則さえわかればクリアできる!」
「ああ。探してやろうではないか!」
二人は部屋中のものを次々と見ていく。
壁、台、キューブ、凹み、絵巻……。
「なあ真津璃、すでに壁に埋もれてしまった可能性は?」
「無いと思いたい。壁が迫りくる仕掛けにしている以上、ヒントが隠れてしまうのはあまりにアンフェアだ」
願望丸出しだな、と真津璃は言ったあとで嗤う。
――ふと、天地の言葉が脳裏をよぎった。
『6ならハッキリそう描き示せばよいではないか』
それは、ずっと渦巻きだと思っていた6。
しかし、天地の言い分ももっともだ。6を示すのに、わざわざあんな描き方をするだろうか。
もしかしたら。
「これだ……ッ!」
もはや迷っている余裕はない。壁は二人のすぐ傍まで近づいている。
(あの渦巻きが、もし、6以外の意味も含んでいたとしたら?)
そう、たとえば、書き順とか。
でんは
んゆじ
しゆう
ぐるりと6を描くようにキューブをハメ込んでいく。
天地は何も言わず真津璃を手伝う。
壁の侵攻が、止まった。
日本史の教科書を引っ張り出してひーこらしながら考えました。




