第45話 ▶うしじではゆゆんん
あらすじ:元Aランクと元Dランクの共闘
元来た扉が閉まった。その事実を受け入れた時、真津璃は急速に冷や汗をかく。これは、つまりそういうことなのか。
「なるほど。正解するまで出られない仕組みか。フハハ、面白い。この天地白夜を楽しませてみろっ」
「ポジティブだな、あんた……」
ちょっと羨ましいと思う真津璃だった。
「あい、あれを見ろ」
天地は正面の閉まった扉を指さす。その真上の壁には横長の一枚絵が掛けられていた。
絵画は遠目に見てもわかるほどの大きさで、そこには歴史の教科書で見るようなタッチで幼い男の子が描かれている。着ているものは麻布だろうか。庶民の子であることは間違いない。
「ううん……気がかりなイラストだな。絵巻にしては少々大きい気もするが」
「見ろ真津璃。あのガキ、田んぼの真ん中に立っているぞ。どういう心境なんだあのガキは」
天地の指摘する通り、絵巻の男の子は田んぼの中で笑顔を浮かべている。そして、その子の真上には竜巻らしき左回転の渦巻き。例えるならば数字の6だ。関連性は不明である。
「……さっぱりわからん。くそっ、元Dランク最高峰であるこの俺がっ!」
「うるさい黙れ。この絵巻だけでは謎が多すぎる、一度あちらを見てみるか」
真津璃は視線を奥の壁から少し手前に戻す。ちょうど部屋の中央あたりに、腰ほどの高さの台がポツンと置かれていた。
「あそこにヒントが書かれているのか?」
「……いや、どちらかと言うとこれは回答台だな」
卓上には3×3の凹みが空いている。一つの正方形の中に縦線を二本、横線を二本引いたような形だ。ビンゴカードの中央と、その縦横斜めを含めた9マスのみが開いた状態である。
「なんだなんだ。正方形が9つ……〇✕ゲームでも始めりゃいいのかよ?」
「どうやら、これを凹みにハメ込んでいくようだな」
真津璃は横一列に並んだキューブを見下ろす。全部で九つあり、ちょうど凹みの数とも一致する。手触りから察するに木製だ。
キューブにはそれぞれひらがなが一文字ずつ書かれているが、『う』『し』『じ』『で』『は』『ゆ』『ゆ』『ん』『ん』とかなりデタラメ。
天地は困惑の声をあげる。
「ぬぬぬ……これ以外にヒントは無いのかっ」
「無さそうだな。大人しく考えよう」
「ちくしょうめ! どう解けばいいのかすらわからんぞっ。考えたところでムカつくだけだ、総当たりで行ってみるか」
「お、おい待て」
真津璃が止めに入った時には遅かった。いや、正確にはもう少し早く止めに入るべきだった。
次々とキューブを凹みにハメていく天地。最後の一つを押し込んだ瞬間、ブブーッと古典的な効果音がした。
かと思えば。
「…………天地」
「なんだ?」
「今、動いたよな、左右の壁」
「ああ、動いたとも。このままミスを重ねていくと横から迫り来る壁にペシャンコ、という寸法だろう!」
真津璃の眉間にシワが寄る。
「なんであんたはそんなに冷静なんだ? 怖くないのか。それとも頭がおかしいのか」
「どちらも違うと言っておこう。第一、どうして恐れる必要がある。死にたくなければ解けばよいではないか」
「解ければよいのだけどもな」
真津璃の語気に力が籠る。天地は肝が据わっているのか、それとも単なる馬鹿なのか、どうにも判断しかねていた。
(……しかし、悪趣味なペナルティね。早いうちに蹴りをつけなきゃ、後々精神的にやられちゃう)
とはいえ、真津璃の頭に答えらしきものは浮かばない。3×3の正方形ということで数学の問題か、と思った矢先の意味不明なひらがなだ。凝り固まっている己の脳を恨む。
そんな彼女に対し、天地は悠然とキューブを持ちあげた。
「わかってしまったぞ、真津璃! この凹みにひらがなをハメ込んで、なにかしらの言葉を作るのだ。昔そんなゲームがあっただろう?」
「いや……知らないけど」
世紀の大発見でもしたかのように自慢げな天地。なぜかマッスルポーズを決めている。
正直、真津璃も最初はそうかと思った。ひらがな三文字で言葉を作る。難しいことじゃない。だが、だからどうした? 奥の絵巻は一ミリも関係しない。それが正解というのはあまりにお粗末じゃないか。
(……だけど)
一度は却下した考えだったが、今はどれほど小さな可能性でも無駄にしたくない。彼女はおずおずと天地に尋ねる。
「それで、あんたはどうハメ込むつもりなの」
「よくぞ訊いてくれた。ずばり、こうだ」
天地は根こそぎキューブを持ってしゃがみ、床の上に並び替えていく。さすがに二度も凹みにハメ込むミスはしなかった。
彼の回答は以下の通りである。
しはん
じゆう
ゆでん
「……師範、自由、油田、か」
「いかにも。今回は横書きで並べてみたが、聞いて驚け。なんと縦書きにも対応しているぞ」
そりゃそうだろうな、と真津璃は心の内で呟き、彼の推理の問題点を指摘する。
「縦横両方で答えが成立するなら、どちらを答えても正解だというのか。総当たりにペナルティがあるにも関わらず?」
「……む」
それに、と真津璃は言葉を続ける。
「文字を並び替えるだけなら他にもパターンは作れる。今回の『しはん』も、並べ替えたら『半紙』で意味が通じる……通じてしまうんだ。重ねて言うが、答えが曖昧な問題を、それも生死のかかったこの土壇場で出題するとは私には思えない」
ぬぬぬ、と天地は立ちあがって真津璃を指す。
「じゃ、じゃあお前が考えてみろよ! 口を開けば否定ばっかしやがってっ。この……バーカ!」
「うっ……」
そう言われると真津璃も辟易する。的外れながらも意見を出す天地と違い、彼女は一切考えが浮かんでこないのだ。「あり得ない」と自分で決めつけてしまう。
考えろ。真津璃が自らのこめかみを拳で小突いたところで、異変は起こった。彼女自身にではない。彼女らを包囲するこの部屋自体が、である。
ゴゴゴゴ……
先程は聞こえなかった地響きが、今度は明瞭に鼓膜を震わす。左右の壁がまた少し中央に近づいたのだ。真津璃は思わず声を荒らげる。
「な、なんで壁が……っ!」
キューブは凹みにハマるどころか、まだ床に散らばったままだ。ミスをしたわけでもないのに、なぜ壁は動いたのか。真津璃の思考は最悪の可能性をはじき出す。
「もしかして、時間経過でも壁は迫ってくるのか……!?」
「ほう。これぞまさしく背水の陣。燃える展開だな」
真津璃は本気で目の前の男をぶん殴ろうかと思った。
からくり一切無しの闘いです。勘のいい方ならこの時点で「とっくに解けたぜ!」とドヤ顔を浮かべておられるかと思います。




