第42話 ▶鉄蛇vs.金属バット
あらすじ:唯人&ジョーvs.からくり鉄蛇
俺とジョーは別々の方向に跳躍。振り返ると、さっきまで俺たちが立っていたところが砂煙に覆われている。悪い夢では無いようだ。規格外の巨体を持つ鉄蛇が俺たちを殺そうとしている、紛れもない現実。
「どうした、唯人。膝が笑ってやがるぜ?」
「冗談だろ」
そうだ。敵の大きさにビビってどうする。こうなる覚悟はしてきたはずだろ。
フィールドは円状、逃げ場なし。まるで猛獣と闘わされる剣闘士の気分だ。奥の扉は閉鎖されている。ならば、大胆不敵に立ち向かうしかない。
状況を確認しろ。鉄蛇とは言うが、あいつのボディは恐らく鋼。殴りつけても効きやしないだろう。ならば、どうする。
「ジョー、お前さっき一人でこの鉄蛇ぶっ倒したんだろ? 弱点とかねえのか」
「弱点……? そ、そうだな。ほらあれだよ。あの身体についてる赤い玉みてぇなやつ」
再びこちらの出方をうかがう鉄蛇。そのお父さん鯉のぼりみたいなボディには、三箇所ほど盛り上がっている部分がある。腫れ物のごとく赤くなっているそれは、確かに玉と表現しても問題ない大きさだ。
「まだら模様か何かだと思っていたが……あれが弱点なのか?」
「ああそうだ。いかにもって塩梅で光ってやがんだ。きっとそうに違いねえ、たぶん」
どうにも釈然としないな。まあ、俺にジョーの言葉を信じる以外の選択肢はないんだけども。
「来るぞ、唯人!」
「わーってるよ」
『ギギ……シャアアアアッ』
抱いていた混乱がようやく治まり、少しずつ事態が見えてきた。あえて言葉を交わすまでもない。
鉄蛇の放つ攻撃は、一発が重い代わりに動きが単調。引きつけてかわせば見てからでも対処できる。サッカーのPK戦よりずっと楽だ。
「問題は、どうやってあの赤玉にパンチを叩き込むかだが……」
「オレに任せろ。からくりにはからくりだ」
ジョーは得意げに金属バットを掲げる。完全にスルーしていたが、わざわざ戯岩島に持ち込むほどの代物だ。普通の金属バットであるはずがない。だが。
「ジョー……お前、からくり持ってたのか」
「大将から譲り受けたんだよ。あの人の情報収集に協力する、っつーことを条件にな」
なるほど。ゴシップが一枚噛んでやがったか。抜け目ないやつだとは思っていたが、買収行為も何のそのだな。
「こいつの名前は『磁力バット』。その能力は……」
ぐん、とバットが鉄蛇に引きつけられる。その様は、さながら磁石と砂鉄のようだった。
「あらゆる金属に引っつくことができる!」
空を駆けながらジョーは鉄蛇に接近。赤玉を捉え……あと三メートル。勢いに申し分はない。おまけに飛んでいる。腕がねじ切れないか心配だが、なにより、ここからどうやって攻撃に転じるんだ? このままではジョーが、先導するバットごと鉄蛇のボディに激突してしまう。そうなるとお前、痛いぞ。
「磁力オフ!」
心配無用だった。やつが叫ぶと同時に猛スピードを熾していた磁力が消滅。自由落下のもとにジョーが宙から降ってくる。その落下地点は──赤玉のちょうど隣。
やつは想定通りといった風に笑うと、思いっきり空中でバットを振りかぶる。
「ホォォオオムランだぜッ!」
縁起のいい掛け声と併せ、ジョーは赤玉にバットを叩きつけた。カァン、と軽快な音が辺りにこだまする。赤い光が一つ消えた。さすが一度あいつを討ち取った男、見事な手際である。
格好よく着地したジョーは一目散にこちらへ戻ってくる。
「ぁぁあああ腕っ、痛ぇぇえええ!」
痛ましすぎる絶叫と共に。鋼鉄のボディにフルスイングをぶちかましたのだ、当たり前である。
「パスだっ、唯人!」
そう言いながら下投げで『磁力バット』を放り投げるジョー。痺れて腕に力が入らないらしい。だが、お前の思いは受け取ったぜ。持ち手の部分をキャッチすると、俺は鉄蛇野郎と対峙する。
「かっとばせー、たっだひと」
「茶番はいいから早く使い方教えやがれ!」
「へいへーい」
地面にぶっ倒れていながらも、ジョーはふらふらと手を伸ばす。
「グリップにスイッチが二つ付いているだろ? 上がオン、先端部分で吸着する狙いを定めろ。で、下がオフ。磁力……とは少し違うんだが、引きつける力を文字通りオフにできる」
「オッケー、把握。後は俺に任せろ」
「でっかいホームラン見せてくれよーっ」
言われるまでもない。腕がぶっ壊れるのだけはごめんだがな。グリップをくるくると回転させ、スイッチが二つ付いているのを確認。さっそくオンの方を勢いよく押してみる。
ギュン
「どわああああっ!?」
身体にかかる慣性に腕が持っていかれるかと思った。なんだこれ、なんだこれ。強力すぎる引きつけ能力に俺の身体が浮く。どう見てもさっきジョーが飛んでいた速度の比じゃない。
訳がわからないが、このまま考えていても無駄なことは確かだ。不本意ながら得た速度で鉄蛇に猛進。赤玉の真上辺りでオフを押し、自由落下に併せてバットを振るう。
……ちょっとだけ力を抜いたのは内緒だ。
辛うじて着地に成功し、目視で確認。打撃を加えた赤玉が点滅した後に消えた。
「よっし!」
拳を握ると、反撃が怖いのでまずは逃げに徹する。キシャアアアアという耳をつんざく声がした。
命からがら、ジョーの転がっている地点まで帰還した。やつは人のいい笑みで俺の靴を叩いた。
「いやあ、すまんすまん。オンの押し加減で引きつける力が変わるってこと、すっかり忘れてたよ。はははっ」
はははじゃねえよ、と突っ込んでやりたいところだが、まあ……結果オーライということで。
『ギギギ、キシャアアアア!!』
俺を忘れるなと言いたげに吠える鉄蛇。ぬるぬるとボディをうねらせ、今までにない動きを交えて警戒している。
「……後一発か」
「油断するなよ、唯人。気づかなかったかもしれないが、二撃目の時やつは尾っぽでフリーフォール中のお前を狙っていた」
つまり、なんだ。やつは闘いの中で学習をしているということなのか? ふむ。機械のくせに生意気なやつめ。この俺が成敗してくれよう。
「かっとばせーっ」
「それはもういい」




