第41話 ▶罠々ふるえろ戯岩島!
あらすじ:開幕
空砲に触発されて、ガタイのいい男たちは我先にと洞窟へ消えて行った。すると、今度はそれを見て焦った者たちがあたふたと男たちに続く。
入り口の前で突っ立っているのは、残りの十数人。俺と真津璃もこの中にいる。
「……で、真津璃! なんでスタートしねぇんだよ。みんな行っちまったじゃねえか」
「慌てるな、唯人。これでいい」
なにがいいんだよ。それっぽく言えば切れ者みたいになれると思ってんのか。いや、悔しいがそれっぽく見えるけれども。
早く行きたくてうずうずしていると、洞窟の中から悲鳴が聞こえてきた。
「うぎゃああああああああ!」
「助けてくれえええええ!」
まあ、なんというか。ゾッとしたね。考えなしに飛び込んでいれば、今頃あの絶叫の中に俺のものも含まれていたかもしれない。
「なあ真津璃、今のって……」
「からくりを守るための罠だな。ここまで声が届くということは、想像以上に多く張り巡らされているらしい」
よく冷静に分析できるなお前。
だが、これには俺も一本取られた。入り口で待機していた連中はこのことを見越していたのだ。先行組を嘲笑うように、一人また一人と中に入っていく。
「そろそろ頃合だな。私たちも行こう」
「お、おう……」
いかんな、真津璃の堂々たる振る舞いに圧倒されつつある。俺も格好いいところ見せなきゃだ。足を踏み出すと、入り口の前で仁王立ちしているゴーマンがいた。
「……なにやってんだお前。門番ごっこ?」
「門番ではない、ゴーマンである!」
「知ってるよ」
「ならば、わかるであろう? ワガハイのポリスィーもっ」
「あ?」
「ワガハイはなぁ……最後にこの洞窟に入るのであーるる!」
ああ、こいつそういえばこんなこと言うやつだったな。あいにくそれ以上の感想は浮かんでこないが。
「……まあ、頑張れ」
「うむ。唯人殿、真津璃殿。貴様らの健闘も祈っているのである」
こうしてゴーマンの激励らしきものを受け、俺たちは洞窟の中に入る。思いのほか涼しい。天井もかなり高く、天然のトンネルを歩いているかのようだ。真津璃と横並びで歩いていてもかなり幅には余裕がある。
吊るされた灯りを頼りに、俺たちは一歩ずつ先を行く。これでいい、とわかっていても焦燥感は隠せない。
様子見組の中に備然の姿はなかった。つまり、やつはすでに探索を始めている。もしかしたら、弩級からくりの居場所も掴んでいるかもしれない。
からくりと言えば、ここまで罠がまるで作動していない。時々発動した後の残骸らしき矢だのトゲだのが転がっている。それならば。
「……罠は一度きり。何度も作動しないのか」
「今更どうしたの、唯人。当たり前じゃない。だから私たちはこうして遅れてスタートしたんだから」
どうしたの、ってそれはこっちのセリフだ。急に女の子口調に戻るな。いくら周りに誰もいないとはいえ、俺が色々と気になっちまう。
一本道の洞窟を進みながら言う。
「当たり前ってのは同意だ。でも、そうなるとやっぱりおかしくないか。これじゃ先行組が不憫すぎる」
「まあ、先行するメリットといえばせいぜい弩級からくりの争奪戦に参加できることくらいよね」
「そうだ。トップ集団は、宝物庫に行ってまた同じ道を通って帰らないといけない。もちろん道中には後続の参加者たちが全力で阻んでくる。リスクが高すぎるんだよ」
無駄な体力を使って前へ出るくらいなら、この辺で待ち伏せして最後に掠め取る方が断然賢い選択だろう。
これが攻略法なのか? 誰かにゴール付近まで運んでもらい、直前でいいとこ取りを図る。力無き人たちを守る桃太郎ってのは、そんなセコい手を使わないと成れないってのか。
冗談じゃねえ。桃神郷がそういう教育方針なのであれば、文句はない。勝った方が正義というのは俺も部分的には同意できる。
ただ、俺は待ち伏せなんてして勝ちたくねえ。
「行くぞ、真津璃! モタモタしてるとやつらに取られちまう」
「その反骨精神はさすがね。いいわ、私だってあんまり我慢強いタチじゃないの。……先行組は罠に時間を取られているけど、私たちはその手間が省ける。うまくいけば追いつくことも可能よ」
そうと決まれば駆け足だ。と、踏み出して間もなく二股の道に直面した。右か左か。道自体に目立った違いは見られない。
「分かれ道ね……あんたはどっち行きたい?」
「この手の二択はいつも右だ。俺は右打ちバッターだからな」
「それは知らないけど。じゃあ、私は左ね」
それぞれ違う方の道を見据える俺と真津璃。一緒に行かねえのか、と言いかけたことは紛れもない事実だが、俺たちは仲良しこよしをするためにこの場にいるわけじゃない。
そう、ここから先はライバル同士。弩級からくりを手にするために、出し抜き、奪い合う関係になるのだ。甘えたことは言ってられない。
それでも、言葉は口から漏れていた。
「……生き残れよ」
「あんたこそ」
▶▶▶
心配しなくともすぐに迷子になった。
真津璃と別れた後、分岐路が続々と現れた。最初は二股だったのが次第に足数を増やし、樹形図のように複雑化していく。
俺はいまどこを歩いているんだ。真っ直ぐ行けばゴールというのがわかっているだけまだマシか。それにしても、ここまで何も起きないと本当に罠なんて存在しないんじゃ……。
カチッ
「……んぁ」
皆まで言うまい。つまるところ、俺は踏んじまったわけだ。愉快痛快なトラップ君を。
咄嗟に身構えるが何も起きない。足元の床が抜けることも、どでかい岩が転がってくることもない。なんだ、不発か? それはそれで怖いんだけど。
すり足で移動していると、突然地響きのような音が聞こえた。ずいぶんと近い──まさかこの先か? ダッシュで一本道を抜けると、いきなり視界が開けた。大広間に出たのである。そして、前方より罵声。
「た、唯人! スイッチを踏んだのはお前かっ」
聞き覚えのある低い声。ヤンキー君こと暮村丈が金属バットを構えていた。闇色のジャンパーはボロボロで、かなり息もあがっている。
闘技場のような空間に二人……いや、一人と一体。ジョーと、あれはなんだ。全長二十メートルほどの超大型メタリックな蛇。とぐろを巻いてぶるぶると震えている。
「ど、どうしたんだジョー。あの鉄蛇はなんだ」
「やってくれたぜ唯人……っ。あいつは、いわばこの部屋を守る者。俺がさっき倒したやつだっ」
「倒したって……なんか今にも動き出しそうだけど」
「だーかーら。俺が機能停止に追い込んだものを、お前が再起動させちゃったんだよ。変なスイッチ踏んだだろ?」
「……踏んでねえし」
「まあ、どっちでもいいけどさ。このままだとあいつに呑まれてゲームオーバーだぜ?」
再び鉄蛇に目をやると、いつの間にかとぐろを解いており、準備運動とばかりに辺りを這っていた。どう見ても機械だが、動きは本物の蛇そっくり。これもからくりなんだろうか……よくできている。
「……って、見とれている場合じゃねえな」
「そういうこった。唯人、乗りかかった船だ。お前にも協力してもらうぜ」
鉄蛇は二、三度くねると、こちらに向かって飛びかかってきた。
唯人は鉄蛇と言っていますが、正確にはメタルです。超硬いです。




