第34話 ▶ヒミツの女子会!
あらすじ:夜はまだ終わらない
深夜0時30分。ツクヨミ荘の食堂には、食器を片づける音と和やかに話声が混じっていた。ここの管理人である団月尊と、料理係のオンバによるものだ。
彼女たちの付き合いはそれなりに長い。オンバは月尊の教育係も務めていたため、家族のような関係に近かった。
「はい、これでお仕事終わりです! こんな時間まで申し訳ありませんっ」
月尊は最後の食器を立てかけると、気の緩みからか、思わずあくびが口から漏れる。
「大物だね」とオンバにからかわれ、月尊はほんのり顔が赤くなった。
「そ、そんなことより! お勤めご苦労様でした。今期もよろしくお願いしますっ」
「いいのよ、月尊ちゃん。あなたこそ無理して身体壊さないようにね? 生徒にとっても、あなたにとっても、この時期が一番大変なんだから」
鍛えあげられた筋肉を纏うオンバに、月尊は「ありがとうございます」と一礼した。
「じゃあね、月尊ちゃん。おやすみなさい」
「おやすみなさい」
事務員の寮に戻るオンバを食堂の入り口まで見送ると、月尊は開放されたように大きく伸びをした。今日は一日中働き詰めだったのでようやく羽を伸ばせる。このまま大の字になって寝落ちしかねない勢いだ。
(──さて、行きますかぁ)
しかし。
団月尊の夜はまだ終わらない。
食堂の鍵を内側からきちんと閉めて、厨房へ。おもむろに月尊はしゃがみ込み、床下の取っ手を引っ張った。すると、そこには深い収納スペース……ではなく、地下へと続く階段が広がっていた。
カン、カン、と月尊が靴底を鳴らすたびに、まるで彼女を迎え入れるかのごとく、天井のセンサーライトが次々と灯っていく。
三十秒ほどで階段を下りきると、行き止まりにはポツンと鉄扉が一枚。月尊はドアノブをひねり部屋の明かりをつける。
(わちゃー……また今度じっくり片付けよ)
四畳半の地下空間には、ウサギやらカエルやらのぬいぐるみが散乱している。敷かれた布団の上には脱ぎっぱなしの寝巻きたち。お菓子の食べかすや飲みかけのペットボトルが無いのは、彼女なりのプライドである。
地下に存在する月尊の自室。彼女は軽くシャワーを浴びると、パソコンの電源を入れた。
シャワーにパソコン。どちらも唯人たちの部屋ではお目にかかれない代物である。月尊は若干の後ろめたさを感じながら、その辺の部屋着をもぞもぞと身に纏った。半袖の黒Tシャツにはウサギの模様がプリントされている。ちなみに、檜皮色の着物はハンガーに掛けられたままだ。
(よし、繋がった)
慣れた動作でキーボードを打つと、四分割された画面がディスプレイに表示される。そこには月尊が尊敬する優秀な姉たち……左上に花歌、右上に鳥子、左下に風音が映されていた。余った一枠には、パソコンのインカメラに映る月尊の姿がある。
「遅れてごめんね、お姉ちゃんたち! ちょっと洗い物手伝ってたっ」
「正直すぎるわよ……月尊」
「ふん、ツクヨミ荘は人手が足りなくて大変そうね」
このやり取りも、もう何度やったかわからない。そして場を鎮めるのは決まって長女の花歌だ。
「まぁまぁ、二人ともその辺にしとき。全員集まったみたいやし、今期最初の定例総会、始めるで」
──定例総会。団四姉妹が毎日欠かさず行っているという、情報共有の場である。何ランクの誰がいま力を伸ばしているのかや、キビダンゴの移ろいをつぶさに連絡し合う。
というのは建前で。
「ほな、今日は第一回やし……各々、受け持つ子らの所感を一人ずつ訊いて行こか〜」
「いえーいっ!」
どの男がいいか、ということを話し合うのがいつもの流れであった。第一回も何も無い。月尊もこの手のトークは嫌いではないが、いかんせん四人の中では最年少。表面上ではニコニコしつつも、内心は三人の姉以上に悶々としていた。
「ほな、まずうちのAランクからやな。活きのいい子もたまーにおるんやけど、やっぱり成績優秀やから真面目ちゃんが多いわな」
「Aだと……あいついたじゃん。ほら、包容力のある女がタイプとか言ってた黒コート」
「備然君やな。あの子ったら、うちのことマドモアゼルとか言うんよ。オモロイわ〜」
カラカラと笑う花歌に、鳥子はうんざりした視線を送る。
「お姉のオモロイはおもちゃ的な意味での面白いだからなぁ……」
「何のことやろな〜。ほら、そんなことより鳥子担当のBランクはどうなんよ」
「あたしんとこ? うーん……可もなく不可もなくって感じかな。ただ一定数変なのがいるのがアレだけど」
Bランクに誰がいたかを月尊はぼうっと思い出す。
「ゴーマンさんとか、猫丸さんがBランクだっけ」
「そうね。ゴーマンのやつ、であるであるってうるさいけどわりと紳士的なのよね。食堂に入る時もあたしに譲ってくれたし」
「あー……」
月尊の脳裏に乗船、及び下船時のゴーマンがよぎる。それは彼の『最後に行動したい』セオリーが働いただけなのではないか。
「猫丸さん……わたし、格好いいと思う……」
「なによ風音。あんたの担当はCランクでしょーが」
「わたしの目には……彼しか映らない」
「あらあら、風音ちゃんったら。惚れたら一直線やね」
「ふん。惚れやすいのが玉に瑕だけどねっ」
二人の姉からいじられようと、風音は不敵な笑みを絶やすことはなかった。
「──で、月尊。あんたはどうなのよ?」
「私はうん、普通だよ。みんないい人で安心してる」
「何よそれ、自分だけずるいわよ。涼しい顔して実はもう誰かに目ぇつけてんでしょ?」
「そんなこと……」
ない、と言いきることはできなかった。だけど、これはそういう感情じゃない。出会ったその日に恋に落ちるなんて、惚れっぽい風音とまるで同じだ。
そうじゃない。けれども……。
「月尊ちゃんは、唯人君のことが気になっとるんやろ?」
「ちょっ……花歌姉さん」
なぜバレた。月尊はいよいよ花歌の鋭さを恐ろしく感じるようになった。
ニヤニヤと残った二人からも追撃される。
「何、あんたあのイキリ男が気になってるわけ? へぇ〜……今までこの手の話にはまったく食いついてこなかった、あんたがねぇ」
「女の子は……ちょいワルに惹かれるもの……」
「ち、違うからね。そんなんじゃないから」
必死に否定してみせる月尊。その画面の奥で、三人の姉たちはひっそりと頬を緩めていた。彼女が幼少期に受けたトラウマのことを思えば、月尊が人並みに恋を芽生えさせている現状は、以前では考えられないほどによい傾向である。
もちろん、月尊本人にとっては公開処刑に他ならなかったが。
▶▶▶
(――まったく、お姉ちゃんたちったら)
定例総会という名のガールズトークを終え、月尊はフゥと後ろに倒れる。手近なぬいぐるみに手を伸ばすと、それを胸元でぎゅっと抱きしめた。なぜそんなことをしたのかはわからない。違う違う、と言い聞かせ、月尊はおもむろに立ちあがった。
(……こんなんじゃ目が冴えて眠れないよ)
一旦頭を冷やすために彼女は自室を後にして、長い階段を上っていく。床下から真っ暗な厨房に這い出ると、食堂の裏口から外へ出た。日中は殺気さえ感じる暑さだが、一転して夜は柔らかな風が吹き抜けて気持ちがいい。
ツクヨミ荘の周りを散歩でもするか。快適な気候が月尊をそんな気分へと誘い、彼との邂逅を手伝わせた。
「あっ……」
「おう、月尊ちゃん。どうしたこんな夜中に。っていうか私服じゃん!」
寮の前で刀を素振りしていたのは、ジャージ姿の吉良唯人だった。ウサギの寝巻のままだったことを思い出し、月尊は耳が赤くなる。
「た、唯人さんこそ。早く眠らないと明日大変ですよ?」
「いやー……俺もそう思ったんだけどさ。俺が呑気に眠っている間にも、Aランクのやつらは自分を鍛えているって考えたら眠れなくて」
月尊はかつて聞いたことがある。花歌率いるAランクの猛者のほとんどが、寝る間も惜しんでトレーニングをしていると。
唯人は肩で息をしながら言う。
「部屋じゃ真津璃が勉強してるよ。何でも、教科書の予習だとか何とか。真面目ちゃんだよなあ」
困ったように唯人は201号室を見あげる。口では嫌そうに言っているが、本心では彼が喜んでいることを月尊はすぐに見抜いた。
頭を掻いている唯人の傍ら、彼女はベンチに腰を下ろす。それは言った本人もびっくりな提案だった。
「お邪魔でなければ、少しだけ見ていてもいいですか。私もなんだか眠れなくて……」
「えっ、あ……? お、おう。月尊ちゃんがいいんだったら、俺は何時間でも大丈夫だぜ!」
「私もつき合いますよ、何時間だって!」
頑張っている人に惹かれたから――。
月尊が抱いたその感情は、奇しくも唯人が真津璃に……そして、真津璃が唯人に向けたものと同じだった。
夜が更けていく。
三章スタートです。といっても小話みたいなものですが。
今回はたぶん今まで一番字数が多いかと思います。分割するほどのものでもないし、単発回をやりたいとは以前から思っていたので……。




