第3話 ▶鬼を討て
あらすじ:船に鬼があらわれた
クエスチョンマークの波に揉まれていると、真津璃が訳知り顔で言葉を返した。腰を下げ、模造刀の柄に手をかけている。
「……あいにく。式はまだなのだがな」
「そうか、そいつは気の毒に。テメェらは桃太郎としてでなく、ただの一般人として死ぬわけだ」
その一言が開戦の合図であるかのように、両者は同時に駆け出した。……速い。どちらも俺の知るスタートダッシュじゃない。
息を呑む間もなく、真津璃の刀が一閃を放つ。
「ちぃぃぃっ!」
「どうした、鬼。さっきまでの余裕は?」
目を疑った。真津璃が、筋肉ダルマみたいな風貌の鬼を相手に──押している。
あの贅肉を極限まで削ぎ落としたような肉体のどこに、こんな力が眠っているんだ?
模造刀だからか、中々決定打は入らない。だが、そんなことなどお構い無しという風に真津璃は斬り続ける。
「強いな、あの子」
振り向くと、おっさんが立っていた。……誰? ブルーの袴を羽織っており、頭は見事なちょんまげヘア。昔話で読んだ桃太郎そっくりの格好をしている。十中八九、ヤバい人だ。とはいえ俺は動けない。
おっさんは吟味するように続ける。
「妙な音がしたから何事かと思ったが……俺が出るまでもなかったか。いやはや、こりゃ将来有望だぜ?」
ニヤニヤと俺の隣で一人語りをするおっさん。『鉢巻』には桃が描かれているだけで、番号は見当たらない。本当に誰なんだよ、こいつ。
真津璃対鬼はすっかりワンサイドゲームになっている。鬼が弱いんじゃない。真津璃がデタラメに強いのだ。
飛びかかる鬼に、真津璃は迷いなく刀を振るう。
「必殺、『虹ノ刻 』っ!」
鈍い音が響いた。
「……そんなんあんの?」
本人には聞こえないように呟く。言うまでもないが、虹なんぞ浮かんではこない。フォームにも特筆すべき点はなかったし、案外その辺は適当なのかもしれない。
真津璃は振り返ってこちらを見る。美少年の白い顔はひどく紅潮していた。
「……き、聞こえてた?」
「わりとガッツリ」
あああ、と真津璃は顔を覆う。技名詠唱は自分だけの秘密だったのだろう。
だが、その威力は規格外で。
「ぐ、ぐへえ……っ。もう、許して」
二メートル以上ある鬼が白旗を振る程度にはぶっ飛んでいた。模造刀なので、斬るというより叩くと表す方が適切かもな。
ボッコボコにした鬼にトドメをさす……のかと思いきや、意外な角度から待ったがかかった。
「殺す必要は無いぞ。この鬼には伝達係をしてもらうからな」
おっさんである。真津璃も闖入者に顔をしかめる。
「なんですか、あなたは?」
「俺ぁ桃神学園……いや、桃神郷で五番目くらいにエライ人だ」
それはそれは。
「なに、じゃあ先生ってことですか?」
「まあ、そんなところだ。……しっかし、不用心だったぜ。まさか鬼が紛れ込んでいたとはな」
おっさんは床に転がっているデカブツをはたく。やっぱり鬼なのか。今一つ実感は湧いてこないが……。
「おらっ、さっさと起きろ。そんでお仲間に伝えてやれ。今年の新入りは凄いぞ、ってな」
「ぐ、クソォ……っ」
鬼はムクリと起きあがると、一目散に海へ飛び込んでいった。
「覚えてやがれ!」
今どき珍しいくらいの捨て台詞を遺して。
▶▶▶
「もうすぐ式が始まる。お前らも早く広間に戻るんだな」
自称エライおっさんはそう言い残し、去っていった。結局何者なのか分からず仕舞いだが、まあいいや。
そう思えるくらい、俺は今、冷静だった。
「ふう……帰ってきたけど、暑いなこの部屋」
真津璃は不満げに元いた辺りで腰を下ろす。そんなダボダボな格好してるから暑いんだろうに。
「――ところで。これで信じただろ、鬼は実在する。僕たちの見えないところで息を潜めているんだ」
釈然としない様子でやつは言う。たぶん、鬼を仕留め損ねたのが腑に落ちないのだろう。そこまで極悪な鬼というわけでもなさそうだったが……。
まあ、そんなことを考えたところで意味はない。なぜなら、俺が鬼だの何だのに関わるのはこれで最後だからだ。
なぜ俺はこんな場違いなところにいる? そう、初めからわけを話せばいいのだ。桃神郷……だっか? 向こうに着いたらお偉方に直談判しに行ってやろう。とっとと家に帰せってな。それまでは我慢だ。耐えてこの場を乗り切るんだ、俺。
ガガッ、とマイクの入る音がする。
「あー……皆の衆、お待たせした! ちょいとこっちでトラブルがあってな。少し予定より遅くなっちまったが、今から船上入学式を始めるぞ。楽にして聞いててくれ」
正面を向くと、ザ・桃太郎みたいな格好をしたおっさんがマイクを握っていた。さっきのおっさんである。
「紹介が遅れたな! 俺は要良 。お前たちの教育係を務める超絶ハンサムお兄さんだ! 担当は『戦闘』。よろしくな」
グッ、と親指を立ててご挨拶。何者かと思っていたが、なるほど。生活指導の先生みたいなものか。戦闘、とか何やら穏やかでないワードも聞こえたが。
「さて。ここにいる者は皆わかっているだろうが、改めて説明しておこう。日常の中に潜む証明不可能な闇……それを、俺たちは鬼と呼んでいる。日本各地で起きている怪異や不審死も、その多くは鬼の仕業だ。……ほら、お前たちには不要な説明だったろ?」
必要です、ありがとうございました。
しかし、日常の闇を鬼と呼ぶか。○○が××なのは妖怪のせい、みたいなアレか?
正直いまだに信用しきれていないが、それはどうやら俺だけらしい。この広いフロア全体を包み込むように、メラメラと憎悪の炎があがっていた。もちろん、真津璃の横顔も険しい色をしている。
やっぱり、ここにいるのはそういうやつらってことか。
「……一つ、訊いてもいいだろうか」
低い声と共に、スッと右手が挙がる。なんだなんだ。全員の視線がそちらに向けられる。
真っ黒い厚手のコートを着込んだ男が、腕を組みながら壁にもたれかかっていた。どいつもこいつも、この夏場に暑くないのかね?
「どうした『99』番。質問する時は名前と好きな女のタイプを添えて発言したまえ、なんてな!」
「独守備然 。包容力のある女性がタイプだ」
マジかよ、こいつ。
要先生は陽気な笑い声をあげる。
「年上好きの備然な。オッケー覚えたぜ。で、お前が訊きたいことってのは何だ?」
あらぬ誤解を解くこともなく、黒コート野郎は冷静に答える。
「先ほど、鬼の存在がさも共通認識みたいな口ぶりだったが、あれはどういう意味だろうか」
そういえば言ってたな、『鬼が実在することはお前らならわかっているだろ?』みたいなこと。
わかんねえです、ごめんなさい。
要先生はビシッと黒コートを指さす。
「いい着眼点だぜ、備然。そう、普通なら鬼なんざいるわけねえと馬鹿にされる。だが、ここにいる全員は鬼が本当にいることを知っている。なぜなら、鬼に因縁がある人間を選んで選んで合格させたんだからな」
鬼なんざさっき始めて見たよこんちくしょう、という心の叫びはさておき、……そんなことが可能なのか?
備然とかいうキザ黒コートは、ポケットに手を突っ込んで首を振った。
「理解に苦しむ。鬼を知っている者を選別するのは、まあいい。興味本位で申し込んだ部外者を排除できるからな。だが、目の前の人間が鬼の実在を信じているか否かなど、確かめようがないだろう」
「できるんだよ。詳しいことは桃神郷 で言うが、『からくり』があるってことだけは言っておこう」
「……納得できないが、話す気が無いなら結構だ」
あっさり備前が引き下がると、要先生はパンっと手を叩く。
「まあ、お前らも説明ばっか聞いて疲れてきた頃だろ。だから、そろそろ気になっているであろう、アレを発表しちゃうぜ!」
カモーン! の掛け声と共に扉から四人の女性が入ってきた。四人とも色の違う着物を着ており、おまけに全員美人と来た。
「あ、あの子……」
真津璃が小さく呟いた。視線の先は、檜皮色をした着物の女の子。健気で優しそうな印象を受ける。歳は俺と同じくらいで、おまけに可愛いと来た。
「なんだ、お前あの子狙ってんのかよ」
「ち、違う! 変なこと言わな……言うな!」
めちゃくちゃ狼狽してやがる。美少年のくせして、意外とウブなんだな。
新キャラがちょくちょく出始めました。
やたら出てくる着物の女性4人は、この男だらけの学園において貴重な清涼剤です。
ちゃんと全員出しますので、もうしばしお待ちを。