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▶桃神の郷  作者: 三坂いおり
3/186

第3話 ▶鬼を討て

あらすじ:船に鬼があらわれた

 クエスチョンマークの波に揉まれていると、真津璃が訳知り顔で言葉を返した。腰を下げ、模造刀の柄に手をかけている。

「……あいにく。式はまだなのだがな」

「そうか、そいつは気の毒に。テメェらは桃太郎としてでなく、ただの一般人として死ぬわけだ」


 その一言が開戦の合図であるかのように、両者は同時に駆け出した。……速い。どちらも俺の知るスタートダッシュじゃない。

 息を呑む間もなく、真津璃の刀が一閃を放つ。


「ちぃぃぃっ!」

「どうした、鬼。さっきまでの余裕は?」

 目を疑った。真津璃が、筋肉ダルマみたいな風貌の鬼を相手に──押している。

 あの贅肉を極限まで削ぎ落としたような肉体のどこに、こんな力が眠っているんだ?


 模造刀だからか、中々決定打は入らない。だが、そんなことなどお構い無しという風に真津璃は斬り続ける。


「強いな、あの子」

 振り向くと、おっさんが立っていた。……誰? ブルーの袴を羽織っており、頭は見事なちょんまげヘア。昔話で読んだ桃太郎そっくりの格好をしている。十中八九、ヤバい人だ。とはいえ俺は動けない。

 おっさんは吟味するように続ける。


「妙な音がしたから何事かと思ったが……俺が出るまでもなかったか。いやはや、こりゃ将来有望だぜ?」

 ニヤニヤと俺の隣で一人語りをするおっさん。『鉢巻』には桃が描かれているだけで、番号は見当たらない。本当に誰なんだよ、こいつ。



 真津璃対鬼はすっかりワンサイドゲームになっている。鬼が弱いんじゃない。真津璃がデタラメに強いのだ。

 飛びかかる鬼に、真津璃は迷いなく刀を振るう。

「必殺、『虹ノ刻(にじのこく) 』っ!」

 鈍い音が響いた。


「……そんなんあんの?」

 本人には聞こえないように呟く。言うまでもないが、虹なんぞ浮かんではこない。フォームにも特筆すべき点はなかったし、案外その辺は適当なのかもしれない。

 真津璃は振り返ってこちらを見る。美少年の白い顔はひどく紅潮していた。

「……き、聞こえてた?」

「わりとガッツリ」

 あああ、と真津璃は顔を覆う。技名詠唱は自分だけの秘密だったのだろう。

 だが、その威力は規格外で。


「ぐ、ぐへえ……っ。もう、許して」

 二メートル以上ある鬼が白旗を振る程度にはぶっ飛んでいた。模造刀なので、斬るというより叩くと表す方が適切かもな。


 ボッコボコにした鬼にトドメをさす……のかと思いきや、意外な角度から待ったがかかった。

「殺す必要は無いぞ。この鬼には伝達係をしてもらうからな」

 おっさんである。真津璃も闖入者に顔をしかめる。

「なんですか、あなたは?」

「俺ぁ桃神学園……いや、桃神郷で五番目くらいにエライ人だ」

 それはそれは。

「なに、じゃあ先生ってことですか?」

「まあ、そんなところだ。……しっかし、不用心だったぜ。まさか鬼が紛れ込んでいたとはな」


 おっさんは床に転がっているデカブツをはたく。やっぱり鬼なのか。今一つ実感は湧いてこないが……。

「おらっ、さっさと起きろ。そんでお仲間に伝えてやれ。今年の新入りは凄いぞ、ってな」

「ぐ、クソォ……っ」

 鬼はムクリと起きあがると、一目散に海へ飛び込んでいった。


「覚えてやがれ!」

 今どき珍しいくらいの捨て台詞を遺して。


 ▶▶▶


「もうすぐ式が始まる。お前らも早く広間に戻るんだな」

 自称エライおっさんはそう言い残し、去っていった。結局何者なのか分からず仕舞いだが、まあいいや。

 そう思えるくらい、俺は今、冷静だった。


「ふう……帰ってきたけど、暑いなこの部屋」

 真津璃は不満げに元いた辺りで腰を下ろす。そんなダボダボな格好してるから暑いんだろうに。


「――ところで。これで信じただろ、鬼は実在する。僕たちの見えないところで息を潜めているんだ」

 釈然としない様子でやつは言う。たぶん、鬼を仕留め損ねたのが腑に落ちないのだろう。そこまで極悪な鬼というわけでもなさそうだったが……。


 まあ、そんなことを考えたところで意味はない。なぜなら、俺が鬼だの何だのに関わるのはこれで最後だからだ。


 なぜ俺はこんな場違いなところにいる? そう、初めからわけを話せばいいのだ。桃神郷……だっか? 向こうに着いたらお偉方に直談判しに行ってやろう。とっとと家に帰せってな。それまでは我慢だ。耐えてこの場を乗り切るんだ、俺。


 ガガッ、とマイクの入る音がする。

「あー……皆の衆、お待たせした! ちょいとこっちでトラブルがあってな。少し予定より遅くなっちまったが、今から船上入学式を始めるぞ。楽にして聞いててくれ」


 正面を向くと、ザ・桃太郎みたいな格好をしたおっさんがマイクを握っていた。さっきのおっさんである。

「紹介が遅れたな! 俺は要良(かなめりょう) 。お前たちの教育係を務める超絶ハンサムお兄さんだ! 担当は『戦闘』。よろしくな」

 グッ、と親指を立ててご挨拶。何者かと思っていたが、なるほど。生活指導の先生みたいなものか。戦闘、とか何やら穏やかでないワードも聞こえたが。


「さて。ここにいる者は皆わかっているだろうが、改めて説明しておこう。日常の中に潜む証明不可能な闇……それを、俺たちは鬼と呼んでいる。日本各地で起きている怪異や不審死も、その多くは鬼の仕業だ。……ほら、お前たちには不要な説明だったろ?」

 必要です、ありがとうございました。

 しかし、日常の闇を鬼と呼ぶか。○○が××なのは妖怪のせい、みたいなアレか?


 正直いまだに信用しきれていないが、それはどうやら俺だけらしい。この広いフロア全体を包み込むように、メラメラと憎悪の炎があがっていた。もちろん、真津璃の横顔も険しい色をしている。

 やっぱり、ここにいるのは()()()()()()()ってことか。


「……一つ、訊いてもいいだろうか」

 低い声と共に、スッと右手が挙がる。なんだなんだ。全員の視線がそちらに向けられる。

 真っ黒い厚手のコートを着込んだ男が、腕を組みながら壁にもたれかかっていた。どいつもこいつも、この夏場に暑くないのかね?


「どうした『99』番。質問する時は名前と好きな女のタイプを添えて発言したまえ、なんてな!」

独守備然(どくもりびぜん) 。包容力のある女性がタイプだ」

 マジかよ、こいつ。


 要先生は陽気な笑い声をあげる。

「年上好きの備然な。オッケー覚えたぜ。で、お前が訊きたいことってのは何だ?」

 あらぬ誤解を解くこともなく、黒コート野郎は冷静に答える。


「先ほど、鬼の存在がさも共通認識みたいな口ぶりだったが、あれはどういう意味だろうか」

 そういえば言ってたな、『鬼が実在することはお前らならわかっているだろ?』みたいなこと。

 わかんねえです、ごめんなさい。


 要先生はビシッと黒コートを指さす。

「いい着眼点だぜ、備然。そう、()()なら鬼なんざいるわけねえと馬鹿にされる。だが、ここにいる全員は鬼が本当にいることを知っている。なぜなら、鬼に因縁がある人間を選んで()()()合格させたんだからな」


 鬼なんざさっき始めて見たよこんちくしょう、という心の叫びはさておき、……そんなことが可能なのか?

 備然とかいうキザ黒コートは、ポケットに手を突っ込んで首を振った。


「理解に苦しむ。鬼を知っている者を選別するのは、まあいい。興味本位で申し込んだ部外者を排除できるからな。だが、目の前の人間が鬼の実在を信じているか否かなど、確かめようがないだろう」

「できるんだよ。詳しいことは桃神郷(あっち) で言うが、『からくり』があるってことだけは言っておこう」

「……納得できないが、話す気が無いなら結構だ」


 あっさり備前が引き下がると、要先生はパンっと手を叩く。

「まあ、お前らも説明ばっか聞いて疲れてきた頃だろ。だから、そろそろ気になっているであろう、アレを発表しちゃうぜ!」

 カモーン! の掛け声と共に扉から四人の女性が入ってきた。四人とも色の違う着物を着ており、おまけに全員美人と来た。


「あ、あの子……」

 真津璃が小さく呟いた。視線の先は、檜皮色をした着物の女の子。健気で優しそうな印象を受ける。歳は俺と同じくらいで、おまけに可愛いと来た。


「なんだ、お前あの子狙ってんのかよ」

「ち、違う! 変なこと言わな……言うな!」

 めちゃくちゃ狼狽してやがる。美少年のくせして、意外とウブなんだな。

 新キャラがちょくちょく出始めました。

 やたら出てくる着物の女性4人は、この男だらけの学園において貴重な清涼剤です。

 ちゃんと全員出しますので、もうしばしお待ちを。

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