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▶桃神の郷  作者: 三坂いおり
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第2話 ▶記憶と鬼

 往復ビンタを受けた少年、吉良唯人ただひと

 基本的には彼視点の物語となります

 目が覚めると、見覚えのない大広間にいた。

「……んあ?」


 どこだ、ここ。少なくとも自宅ではなさそうだ。

 なぜ、俺はこんなところにいる? 俺はさっきまで家で夏休みを謳歌……もといゴロゴロしていたはずだ。


「あっ、起きた」

 上体を起こして、びっくり仰天。栗色の髪をした美少年がいた。気の強そうな瞳に、ダボダボのパンツ。『22』と書かれた鉢巻が特徴的だ。


 やつは中腰になって、俺を物珍しそうな目で見下ろしている。

「……誰だ、お前」

「第一声がそれ? 僕は、我孫子(あびこ) 真津璃(まつり)だ」

 案の定というか何というか。思った通り、俺の知人でも友人でもない。美少年はムッとした顔でこちらを指さす。


「ちょっと、わた……僕に助けてもらっておいて感謝の言葉もないのか? せめて、そっちも名乗ったらどうなんだ」

 助けられた、だと? 誰かさんに往復ビンタされたことは頬が教えてくれたけど、助けられたってなんのことだ。

 まあ、訊いた手前、こっちも名乗っておいた方がいいか。


「俺は吉良(きら) 唯人(ただひと)。神無房総高校に通うピチピチの十七歳で、座右の銘は『いのちだいじに』」

「女々しいやつだな」

 冷静に突っ込まれてしまった。ふう、と美少年はため息をつく。


「そんなヤワな気持ちじゃ、これから始まる学園生活は生き残れないぞ」

 ……何? 学園生活? 生き残る?


「あの、真津璃さん。あなたは何を言っているのでしょう」

「それはこっちのセリフだよ。僕が助けてやらなかったら、あんた今頃船に乗り遅れてたんだから」


 船?

「ここは、船の中なのか?」

「……あんた、まだ寝ぼけてるわけ?」

 不機嫌オーラ全開でこちらに詰め寄ってくる、美少年こと我孫子真津璃。その手にはむき出しの刀が収められている。


 待て待て、どういうことだ。まるで意味がわからんぞ。

「ここは異世界か何かなのか……?」

「岡山県を異世界呼ばわりなんて、いい度胸してるじゃない」

「おかや……? ちょっと待てよ。俺は家で優雅に昼寝を決めてたんだ。それなのに、船だの岡山だの」


 わからないことだらけだ。情報は錯綜し、頭が渋滞している。

 頭を抱える俺を気遣ってくれたのか、真津璃はさっきより少しだけ優しい声で言う。


「……もしかして、記憶がないのか?」

「……どうやら、そうらしい」


 参ったな。今が何時頃で、なぜここにいるのかもわからない。

 船内を見渡すと、立食パーティーでもできそうな広いフロアに男たちが各々身体を休めている。

 服装は三々五々で、平均こそ若いが年齢層も一概には言えなさそうだ。


「げっ、スマホ持ってねえ」

「それは皆一緒だ。乗船前に持ち物検査されたからな。スマホはおろか、鉛筆の一本さえ持ち込むことは許されない」

「デスゲームでも始めるってのかよ……」

 真津璃は俺の向かいに腰を下ろすと、微妙な表情で呟いた。


「あながち、間違っちゃいないかもねぇ……」

 俺の前に刀が置かれる。

「持ち込めるのは、模造刀(これ) と数字の書かれた鉢巻だけ。ちょっとしたサバイバルだな」


 まさかと思って、俺は額に手を当てる。鉢巻だ。それをひっぺがしてみる。『77』と大きく書かれていた。ラッキーセブン、って嫌味かよ。


「ほら」

 と真津璃は俺の腰元を指す。やつと同じデザインの刀が鞘に収められていた。おいおい、マジかよ。カッコイイじゃねえか。


「で、俺たちはどこへ向かってんだ。途中の船着場で降りたいんだけど」

「無理な相談だな。この船の行き先は、私立桃神学園……桃神郷(とうじんきょう) と言う名の孤島だ。そこまで直通だから降りられない」

「はあっ!?」


 待て待て。すでに色々おかしいが、孤島の学園だと? 俺の高校生ライフはどうなる。そもそも入学金は? 財布は?


「おい、大丈夫か。理科室のビーカーを割った小学生みたいな顔をしているぞ。船酔いか?」

「冗談きついぜ」

 俺は大広間を飛び出した。これが、悪い夢だと悟ったからである。鬼? 桃神郷? ふざけんな、そんなもんあるはずねえだろうが。ここを飛び出せば終わり。空想にまみれた、この馬鹿げた世界も終わる。

 さあ、吉良唯人。目を覚ませ──!



「………………」

 絶句するしかなかった。

 目の前に広がる、ムカつくほど青い海を見てしまったら、もうね。何も言えねえよ。


「はぁ、はぁ……どうしたんだ。急に走りだすから何事かと思ったぞ」

 甲板まで追いかけてきた真津璃が、心配そうに声をかける。気にかけてくれるのはありがたいのだが、そのヤバそうな人を見る目はやめろ。俺はヤバくない。


「くそっ、どうなってやがる!」

「……やっぱり覚えてないのか」

 潮の香りが鼻腔をつく。日差しはジリジリと肌を焦がし、耳をすませば鳥の声。

 紛れもないリアルだ。


「……なあ、真津璃」

「なんだ」

 隣の美少年がぶっきらぼうに答える。俺たちが向いているのは、デッキの端。そこから太平洋を臨めばさぞ絶景であることだろう。

 ──そう、これはリアルなのだ。


 俺は目の前にいる()()を指さす。

「……あいつ、さ」


 そこには筋骨隆々の男がいた。

 パッツンパッツンのタンクトップに、びっしょり海水に濡れた上腕二頭筋。一見するとひと泳ぎし終えたボディビルダーだが、俺は直感的に理解する。


「あいつ、人間じゃないよな……?」

 なぜ、そう思ったかって? 単純明快。小学生に見せても答えてくれることだろう。

 頭に、二本の角が生えているのだ。


 極めつけなのは、その身長。体格が人間のそれじゃない。二メートルはゆうに超えているんじゃないか。

 真津璃は目を細め、俺の問いに簡潔に応じる。

「鬼だな」


 まあ、そんな予感はしていたよ。あんな『いかにも』な角があって鬼じゃないですとか言われたら、かえってパニックになってたと思う。

 どうした、意外と冷静だぞ、俺。


「でもよ。鬼って、もっとこう、虎柄のパンツに金棒背負ってる感じじゃねえの?」

 ふうっ、と真津璃は正面を見据えたままため息をつく。

「今どき、そんなわかりやすい鬼はいないだろう。昔話に出てくる人間と、現代の人間は同じ格好をしているか?」

 なるほど。


「よお、さっきからそこでコソコソ言ってるガキンチョ共」

 鬼らしき男が口を開いた。普通に言葉通じるのかよ。コキコキと首を鳴らすと、やつは校舎裏に呼んだいじめられっ子に向けるような笑みを浮かべた。


「テメェら、桃太郎だろ。それもついさっき成ったばかりの新人だ」

 桃太郎? 俺たちが?

 少し解説を。

 桃神郷は、表向きには私立桃神学園と称して運営されています。加えて作中時期は夏休み。つまり、唯人らは二学期からの転入生というわけですね。……表向きには。

(21:00更新から19:00更新に変わりました)

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