第19話 ▶ルールは守るもの
あらすじ:授業には出なくてもいい。……本当?
すべてを決するのは『決闘』。それは何度も耳にしてきたが、今の言い回しはなんだか意味深なである。
「大学の単位制に近いですね。単位さえ取れれば、何も毎回授業に参加する必要はない……。それと一緒です」
そうなのか、知らなかった。だけど、それっておかしくないか?
「桃神郷に成績は関係ないんだろ? だったら、授業に出る意味なんて……」
浅はかだな、と真津璃から酷評が飛んできた。
「考えても見ろ、唯人。桃神郷に来たってのに、ここまで情報が少ないのはなぜだ。説明されなかったから? 違う、説明しなかったからだ」
ちょっと待てよ。それってつまり、わざと説明を省いていたってことか? 信じ難い話ではあるが、そう考えると諸々の辻褄は合う。
風呂のことも、食堂のことも、そして授業のシステムも。訊かなきゃ永遠にわからないままだった。
「……情報は、ひとりでに入っちゃ来ないってことか」
「その通りですっ」
月尊ちゃんが心底嬉しそうな声をあげた。
「桃神郷での授業というのは、『決闘』を優位に進めるための技法やテクニックを中心に解説しています。だからこそ、それを知っていると知っていないとでは後々大きな差が生まれてくるわけですね!」
ようやく話が見えてきた。
勉強のするしないは自由であるが、それは回り回って自分の元に戻ってくる。要はアドバンテージの物量差だ。
この不明瞭な『決闘』世界において、情報はとてつもない力を持っている。それこそ、知らないでは済まされない。無知は罪なのだ。
ならば。
「月尊ちゃん、俺からも一つ質問だ」
「ええ、私に答えられることなら!」
「彼氏いる?」
月尊ちゃんの顔が沸騰するのと、真津璃が斬りつけてきたのは同時だった。可愛いと痛いのアプローチ。二人は思い思いの表情で口を開く。
「わ、私に彼氏さんなんて、そんな。えへへ」
「訊いていいことと悪いことの区別もつかないのか、この馬鹿は!」
混沌とした空気にもまれながらも、俺は咳払いをして無理やり話を軌道修正する。
「悪い悪い、冗談だって。俺が本当に知りたいのはキビダンゴと『決闘』周りのルールについてだ」
モジモジしていた月尊ちゃんは、ハッとしたように我を取り戻す。ちょっともったいなかったな。
「一つ、キビダンゴを生徒間で受け渡すことは可能なのか?」
「可能です。あえて言えば、教師との取り引きも禁止はされていません」
これは予想通りの回答だ。しかし、ちゃっかり凄いことを言ってたぞ。
教師との取り引き。つまり、汚い話、賄賂なんかも黙認されているというわけだ。具体的な利用法はわからない。が、教師にとってキビダンゴ一つがいかほどの価値を持っているのか、把握している方がよさそうなのは確かだ。
月尊ちゃんに向けて、俺はチョキの形を作って見せる。
「二つ。そもそも、『決闘』ってのは個人間で行っていいものなのか。フィールドがあるってことは聞いたが、必ずしもそこで、そこのルールで闘わないといけないのか。そこら辺を詳しく教えてくれ」
ふむ、と真津璃は小さく顎を引く。
それは、先程俺が部屋で抱いたこと。キビダンゴの譲渡が可能なのであれば、『決闘』の自由はどうなのか? キビダンゴを賭けたジャンケンなんかも可能なのか?
訊くまでもないことかもしれないが、後からダメと言われちゃ泣き寝入りするしかない。知らされて当たり前、では無いのだ。
月尊ちゃんは大きく首肯する。
「はい、問題ありません。恐喝や暴力があった場合は別です。船で要先生もおっしゃってましたが、その場合は一発で退学になります。……って、毎年これだけ言っても後を絶たないのが現状なんですけどね」
と、月尊ちゃんが口にしたその時、ツクヨミ荘の方で警告音が鳴り響いた。防衛本能を刺激するメロディーである。結構大きいが、何かあったのか?
「あー……噂をすれば。さっそく第一号ですね」
月尊ちゃんがもの悲しそうな声で呟いた。かと思えば、どこからやってきたのか、全身に布を纏った集団がツクヨミ荘に飛び込んで行った。
「に、忍者……?」
真津璃は呆気に取られた様子でそう言った。いや、まさしく。俺の双眸に映っていたのも、確かに忍者っぽいシルエットだった。
ぽかんとそちらを眺めていると、月尊ちゃんが心苦しそうな声で吐き出した。
「不正行為があったんでしょうね」
「不正って……まさか」
「はい、先程申しあげたような行為ですね。毎年一人はいるんですよ。バレなきゃ問題ない、とよからぬ行動を起こしてしまう方が」
胸が痛くなる。さっきまで俺たちが話している裏で、ツクヨミ荘では恐喝の類いが行われていた。
新しい拠点に来てまだ一時間も経っていないのに、もうそういう行為があったという事実に、俺は存外ショックを受けている。
「おい、唯人……忍者が出てきたぞ」
真津璃の視線を追う。数人の忍者に拘束されながら出てきたのは、厳つい顔のおっさんだった。何かを喚き散らしながら、目元以外を隠す忍者に連れられて行く。
完全に姿が見えなくなったところで、俺はふと思った疑問を口にした。
「さっきのおっさん……なんで不正がバレたんだ。見つからないよう、あっちも気をつけながら動いていただろうに」
おかしな問いであることはわかっている。だが、そう簡単に不正がバレるものなのか?
月尊ちゃんは少し口を開くと、含みのある声でこう言った。
「そういう風になってるんですよ」
刹那、俺の脳裏に要先生の言葉がよぎる。あれは確か、船にいる人間がみんな何かしら鬼に因縁があると言い切った時だ。そんなものを判別できるはずがない、という反論に対し、返した言葉。
『できるんだよ。詳しい"からくり"は桃神郷で言うがな』
「……そういうもんなのか?」
月尊ちゃんの言葉を反芻する。
要先生からも結局あれのタネ明かしを聞いていないし、どうにも何か引っかかる。
月尊ちゃんと別れ、俺は桃神郷を散策することにした。授業は明日からということだったので好都合だ。今のうちに島を探検し、情報を手に入れておこう。
「……で、なんでお前がいるんだよ、真津璃」
「暇なんだからしょうがないだろ。それに、僕だって情報は少しでも欲しい」
ああ、そうかい。まあ別に俺はどっちでもいいんだけどな。本当だぞ、本当だからな。
この手の広い敷地は、まず端からぐるりと回って大まかな地理を把握するのだ。ゲームから得た経験則にのっとって、俺は校舎と森を繋ぐ、柵に沿って歩きだす。
それから数分ほど経ったか。妙な格好をしたじいさんが視界に入ってきた。
「からくり〜、からくりはいらんかねぇ」
説明パート兼日常パート(?)が終わり、ようやく次回から本筋に戻ります。




