第181話 ▶冗談じゃない
「唯人。私はこの戦いを通して答えを見つけようと思っていた。綺麗さっぱり、すべてを終わらせたかったの」
真津璃は砕け散った刀身を目に、静かにその場で立ち尽くす。耳の奥でガンガンと鳴っていた鼓動ははたと消え失せ、波の音だけが海岸を支配していた。
俺は自らの思いを打ち明ける。
「鬼は、人とは一緒に暮らせない。人間を苦しめてきた歴史があるからだ。それはお前らだってよーくわかっているだろ。鬼なんて目にもしたくない。いっそ殲滅してやりたい。真津璃、お前そう言ってたよな?」
「……そ、それは間違いないわよ。家族を殺されたのは事実だし、だから鬼は許せない」
「だったら、なぜ俺とは共に戦ってくれた」
「同じことを訊かないで。言ったでしょ、今までの経験から見てあんたが悪人じゃないって思ったからよ」
そいつは見る目がないな、と言ってやりたいところだが。ああそうだ。そうなんだよ。
「鬼ってのは一枚岩じゃない。気に食わないやつもいるが、面白いと思えるやつだっているんだよ。俺はそれを知っちまった。だから、切り捨てることなんてできない」
「ふざけんじゃないわよ! それで妥協をするっていうの? 人間として生きた時間をあっさり投げ出せるほど、桃神郷での生活は退屈だったのっ?」
ダメだな。どうにも会話が成り立たない。
妥協だと。吉良唯人としての自分を投げ出すだと。腹が立つ。ああだのこうだの、何べん同じことを繰り返すんだ。
「うるせえよ。じゃあどうしたらいいってんだ。俺が遠くへ逃がさなきゃ、お前らは遅かれ早かれ鬼を皆殺しにする。それでめでたしめでたしなんだろうが。クソッ!」
俺の中で一本の糸が切れた瞬間だった。吐き気が込みあげ、溢れ出る感情はもう止まらない。
「桃神郷での生活が退屈? んなわけねえだろ。叶うものなら、今すぐツクヨミ荘に戻って昼過ぎまでぐっすり眠っていてえさ。……でも、ダメなんだよ。このまま真っ直ぐ進まねえと大事なものを守れなくなる。俺は、それを一生後悔することになる気がすんだよ」
それに。
「……このまま桃神郷に戻っても、どうせ俺には帰る場所がねえ。当方鬼だからな。201号室を追い出されちゃ、俺には居場所がなくなっちまう」
この場合、卒業と言うべきなのかね。鬼を滅ぼせば桃神郷はその役目を終え、俺たちも一年を待たずして学び舎から旅立たねばならない。
結局。俺は桃神郷を発つさだめだったわけだ。
「真津璃、行かせてくれ。お前が頷かないと、力で『決闘』を終わらせなきゃいけなくなる」
「し、知らないわよ。それに私はまだ負けていない。刀を折ったくらいで調子に乗ってんじゃないわよ──ッ!」
「……わかった」
話は終わりだ。俺の運命は俺自身の手で掴み取る。きっと、それが真津璃の望みでもあるから。『戯岩刀』をギュッと握りしめる。
如意棒を構えた真津璃と睨み合いになったその時、エンジンをふかす音がした。どちらからともなく崖の方を見る。
「唯人さん! 真津璃さん! それと備然さん、本当にごめんなさい。私、もう我慢できませんっ!」
月尊ちゃんが、『メタモービル』に乗ってほぼ垂直の岩肌を駆け下りていた。
気づけば毎日投稿で180話突破です。もう半年近く書いてるんですね。いい加減〆ます。




