第175話 ▶誰がため
鬼ヶ島での決戦を経て、俺たちはトロアの暴走を食い止めた。ゼキルアーツは完全に消滅。役目を果たした『王ノ主玉』も深い眠りについた。
だけど、これでめでたしめでたしとはいかない。
鬼とは日常の闇であり、人間とは決して相容れない存在だ。現に俺たち桃太郎は鬼の壊滅を目的として学業に励んできた。
そう。人間にはまだやるべきことが残っている。
捕らえた鬼の殺戮だ。
まったく、自分の偽善っぷりが嫌になる。この期に及んで鬼を殺したくないなんて通るわけがないだろう。トロアの吸収から解放されたことで、今、鬼ヶ島には日本中の鬼が集結している。その中には真津璃の家族に手をかけたやからがいるかもしれない。むろん、見逃していいはずがない。
だが、俺は鬼だ。
記憶もなにもかもを奪われても、俺は鬼だ。吉良唯人ではなくダァトを慕ってくれているやつがいる。
そいつが待っている以上、俺は鬼を裏切ることはできない。
だから。
▶▶▶
「唯人がいないですって?」
「唯人だけじゃない。トロアに吐き出されたはずの鬼が一体も見当たらない」
「嘘でしょ。さっきまでそこで倒したあいつと話してたじゃない。そんな忽然と消えちゃうなんて……」
「いい予感がしないのは確かだな」
ようやく落ち着きを取り戻した鬼ヶ島にて。真津璃と備然は戦後処理を任されていた。しかし、どうにも唯人の姿が見当たらない。うんざりするほどいた鬼たちを引き連れて、だ。
「ダメですな、どこを探しても鬼の子一匹見つかりませんぞ。ジョー氏、そちらはいかがですかな」
「ぬーん、こっちも収穫ゼロだぜ。痺れるくらいになんもねえ」
「や、やっぱりみんな逃げちゃったんじゃないかなあ」
「鬼はまだしも、あの男に限ってそれはありえないのであーるる」
「うむ、ワシもそう思うぞ!」
「唯人め、許せん。俺様以上に目立ちやがって」
「おい蛇乃眼。テメェ、物探しは得意だろ。なんかいいからくり持ってねえのか」
「おあいにく。ボクはなんでも屋じゃないんだよ」
「しかし、蛇乃眼でもわからないとなると八方塞がりだな……備然、どうだ。……備然?」
備然に同意を求めた拓郎は、思わずそちらを二度見した。先ほどまでそこにいた彼と真津璃がいなくなっていたのだ。
やれやれ、とからくりマスターは顎髭を撫でる。
「若さゆえのなんとやらじゃな。……どうするつもりじゃろうな。のう、語り手?」
「……彼にとっては苦渋の決断となるでしょう。最後まで見届けてあげましょう、それが私たち大人のできるせめてもの罪滅ぼしです」
12月5日。
午後6時2分。
鬼ヶ島、裏手の海岸にて。




