第144話 ▶唯人、真津璃、備然
午前10時。雲一つない空のもと、俺たちを乗せた船は鬼ヶ島を目指していた。12月にしては暖かく身体の訛りもない。
真津璃は甲板の柵にもたれ掛かり、唇を尖らせた。
「納得できないわ。私たちの船に鬼が同行するなんて」
「またそうやって俺を除け者にする」
「うっさいわね。揚げ足とるんじゃないわよ」
やつが怒っているのは、船の最下層で捕縛されているトロアだ。デタラメな硬度を誇る鎖に全身を巻きつけられ、常に監視員が二人つくという徹底具合らしい。
「気持ちはわかるが、仕方ねえだろ。あいつじゃねえと開けない扉があるっつってんだから」
「それが嘘だとしたら? 実際に目の当たりにしたわけじゃないのに、不用心すぎるわよっ」
「いや。あの鬼が嘘をついている可能性は低い」
後ろから声がした。振り返ると、能面の備然がコーヒーカップを片手に立っていた。相変わらずの全身黒ずくめである。クソッ、暖かそうなコート着やがって。
「鬼が嘘をつくはずない? どういうことよ、鬼狩り備然」
「あくまで可能性だ。そして、一族の話はするな」
カップを傾けると、備然は空いた方の手で1を作った。
「至極単純。やつには嘘をつく理由がない。隠し通せることではない上に、拘束もある。からくりマスターから聞いた話だが、あの鎖は触れた者の生力を吸い取るという代物だそうだ」
「『魔銃』みたいなもんか」
「根本はそうだろうな。生力を失う肉体的苦痛は、キミもよくわかっているだろう」
「まあ、な」
そりゃもう。腸風邪とインフルエンザが波状攻撃を仕掛けてくるようなあの辛さは、身をもって理解している。
……生力? 待てよ。
「トロアの鬼羅繰ってあれだよな。『生力変換』、だっけ」
「気づいたか。そう、これでやつの異能力は使えないも同然。……ところで」
「なによ、キラクリって」
真津璃の問いに、備然も同調するように頷く。ああそうか。あの時一緒にいたのは月尊ちゃんだけだったな。
「えっと、俺も詳しいことは知らんが……要はあの不思議パワーのことらしい。アンジュから聞いた話だから信ぴょう性はあると思う」
「ほう。かつての仲間と密談か? それは信用できるだろうな」
「……備然。あんた、二度とそういう頭の悪いこと言わないで」
「いや、あの、真津璃。俺は別に」
気にしてないぞ、と言いかけたところで真津璃の指が俺の鼻を突く。怒っているような悲しんでいるような、複雑な表情だ。
「唯人。あの女の話が信用できるってどういうこと? あんた、記憶が無いのよね。だったら、あの女はあんたにとって敵の一体にすぎない。信頼できると判断した理由はなに。神妙に答えて」
「いや、あのですね」
正直に一から説明するか? 否。この空気は十中八九ダメなやつだ。俺がいかほどの弁舌をふるおうと聞き入ってはくれないだろう。
「……備然。お前ならわかってくれるよな」
「むろんだ。この戦いが終わった後のそれには、是非とも招待してもらいたいところだ」
馬鹿お前。ほんと馬鹿。




