第135話 ▶プリズン・ニヒル
桃神郷の学び舎には地下が存在する。最下層に語り手の部屋があるらしいが、それより遥か上には独房があるのだ。
「へえ……思ったより明るいんだな」
「本来は自己鍛錬する個室ですからね。ストイックさを身につけたいという方のために設置されています」
エレベーターが開いた先は、思いのほか明るい一本道。月尊ちゃんは柔和な表情でこちらに微笑む。少しストイックが過ぎないだろうか。
俺が独房なんぞを訪れたのには理由がある。月尊ちゃんとイチャコラするため、ではない。彼女は付添人だ。本命はこの先に収容された連中である。
月尊ちゃんは通路の一角で足を止めた。扉を開け、中に入る。典型的な鉄格子の向こうに、白髪のハンサム野郎がいた。
ギョロリと鋭い目玉が動く。
「私になんの用だ? ダァト」
「訊きたいことがあるんだよ」
三連星の一人、トロア。しなやかな四肢は健在で、特に抵抗する様子もない。
「どうして私がこの鉄格子を破らないのか。三連星の長たる私なら、この程度容易に破壊できるのに。貴様はそう言いたいのか?」
「いや……別に訊いてねえけど」
おずおずと月尊ちゃんが手を挙げる。
「逃げないのではなくて……逃げられないのですよね?」
「黙れ女! あの力さえあれば、貴様らなど……!」
鉄格子を掴んでガタガタと揺さぶるトロア。歯茎が剥き出しで、めちゃくちゃ怖い。
月尊ちゃんは半泣きで俺の後ろに回り、南無阿弥陀仏を唱えている。安心なんじゃないのか。
「あのな、トロア。俺が訊きたいのは……鬼の親玉についてだ」
そう言った途端、やつの顔から表情が消えた。鉄格子を離し、眉間の辺りに手をあてがう。
「ゼキルアーツ様がなんだ? ……ああ、そういえば貴様は記憶を失っていたのだったな」
「よくわかってんじゃねえか。だから、知りたいんだよ。超弩級を凌ぐ鬼の親玉ってのが、如何程の力を持っているのかを」
これは俺の本心だった。真津璃や月尊ちゃんに訊いてみても、著しい情報は得られず仕舞い。単純に情報が少ないのだ。不死身だの、人知れず代替わりしているだの、曖昧で不正確な噂ばかりが一人歩きをしている。
トロアは愉しそうに顔をゆがめた。
「我らが王は、完全無欠。それは鬼が現在まで繁栄していることからも明らか。ダァトよ。貴様ごときが反旗を翻したところで……鬼ヶ島が崩壊する確率など万が一つにもないだろう」
そして、とやつは含みのある顔をしてみせた。
「鬼ヶ島の襲撃を決行するのであれば、貴様らは私を頼ることになる。必ずだ」
「ああ? それはどういう……」
「随分と調子よく息巻いていたが、知らないのだろう? 鬼ヶ島がどこにあるのかなど」
密着していた月尊ちゃんがビクリと跳ねる。
「なぜ、それを」
「図星だな。知っていたら、わざわざ宣戦布告などする必要は無い。ダァトのいないところで秘密裏に決行させることだってできただろう」
そうだったのか。月尊ちゃんは知らされていたようだが、俺は初耳である。敵を欺くには味方から。まんまと騙されていたわけだ。
トロアはこちらに背を向けると、ニヒルな笑みを口元に浮かべた。
「もっとも。私を連れていく理由なら、それ以外にもあるのだがな」
えらくもったいぶった言い回しだ。まるで、今はまだすべてを話すべきではないと。そんな他意を感じざるを得ない。
ふん、と俺は鼻を鳴らして独房を後にした。
三連星のトロア。とことん食えない野郎である。




