第118話 ▶不毛な戦いの果てに
黄昏時の登山道はすでに大混戦だ。
月尊ちゃんは目まぐるしい戦況にあわあわし、花歌さんは鉄製の箱を大事そうに抱えている。
「月尊ちゃん、怪我はないか?」
「た、唯人さんっ。こっちに来たら危ないですよ。鬼の狙いはきっと……」
そう、それだ。争いが起きるのならば、そいつを生み出すきっかけをどうにかしちまえばいい。
「『王ノ主玉』だろ? じゃあさ、そいつをどっか遠くにやっちまえばいいんじゃねえか。ゴーマンと京太郎の運搬組に合図を送って、それから……」
「甘いな、唯人はん」
花歌さんは、自身の流れる髪を後ろに回した。
「そう簡単に逃げることはできひんで。しかも、あいつらには翼も遠距離武器もあるんや。空中戦となったら格好の的になってまうし、なによりうちらはそれ以降、戦いに干渉できんくなってまう」
「私もそう思います。ゴーマンさんと京太郎さんに攻撃の手が回っているのも、恐らくですがわざとでしょう」
ぐうの音も出ない。どうやら、俺に参謀は向いていないようだ。
「だったら、俺は二人を守る。超弩級はもちろん、二人には傷一つつけさせません」
「大丈夫……って言ってもダメなんでしょうね。お言葉に甘えさせていただきます」
さすが、月尊ちゃん。俺の性分をよくわかっていらっしゃる。
花歌さんは、黙ったまま首を縦に振らなかった。
「ちょっと、お姉ちゃん」
「……うん、わかっとる。唯人はんはええ人や。それは間違いない。月尊が惚れるのもわかるわ」
「えっ」
「ちょ、お姉ちゃんっ!」
……京都ジョークだよな? そんなものがあるのかは知らんが。
「皮肉なもんやで。滅ぼさなあかんはずの鬼に守られる、やって」
いつも飄々としている花歌さんが引きつった笑みを見せた。
なんとなく、そんな気はしていた。俺を尋問していたあの時も、彼女からは鬼気迫るものを感じていた。あえて事情を訊くまでもないだろう。俺はそれほど無神経じゃない。
「……俺だって信じられませんよ。角も無い、超能力も無い。それでもお前は鬼だ、って。欠陥品の寄せ集めじゃないすか。俺に強さがあれば、こんな不毛な戦いもすぐに終わらせられるんですけどね」
何度、俺は同じ後悔を繰り返す。
己の弱さを突きつけられ、そのたび無力さを痛感して。冗談じゃないぞ。
すべてが仕組まれたものだったなら、俺はどうしてここにいる。鬼側のスパイとして潜入するため? それとも、桃太郎として鬼を駆逐するため?
「……唯人さん」
わからない。俺は、どうすればいい?
「今から、とっても厚かましいことを言いますね」
「なにを」
月尊ちゃんは、花歌さんと俺の手を取って頬を緩めた。
「私たちを守ってください」




