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▶桃神の郷  作者: 三坂いおり
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第11話 ▶ニューワールド

 あらすじ:唯人、ボコられながらも立つ

 ──なぜ、この男は立ちあがれる?

 独守備然(どくもりびぜん) は困惑していた。すでに何度も痛めつけ、自力で立つことは叶わないはず。

 まだ力を隠して持っていた? いや、あの手の馬鹿は体力を温存することを知らない。間違いなく限界は迎えている、はずなのだが。


「化け物め……」

 備然は己の刀を腰元に戻すと、目の前でふらふらと立つ男の胸ぐらを掴んだ。このまま後遺症が残るまでいたぶるのも悪くない……が、彼の心はもう冷めきっていた。


 吉良唯人(きらただひと) 、と言ったか。もはやこの男への興味は完全に削がれている。最後に思い切り場外へ投げて、それで終いだ。さっきから外野がうるさくて堪らない。


「やめろっ、これ以上その男に手を出すな! 出すと言うならもう一度僕と闘え! 唯人は……唯人はっ!」

「気持ちはわかるが、冷静になるのである、真津璃殿!」


 ──やれやれ。これではまるで私が悪者みたいだな。

 備然は少し苦笑して、唯人の顔を直視する。

 目が、紅く染まっていた。


 ──なんだっ!?

 思わず掴んでいた手を離す。

 それが、間違いだった。


 バキリ。

 身体の自由を得た唯人は、振りかぶった拳を備然の鼻っ柱にめり込ませた。あるはずのない、食らうはずのないカウンターパンチ。


 ──何が起きている?

 咄嗟に距離をとり、彼は状況を確認する。

 間もなく。


「ぐはぁっ!?」

 備然の懐に入り込んだ、一発の弾丸。否、それは唯人の拳に違いなかった。

 ──いつの間に間合いを詰められた……?


 備然の頭は混線状態だった。意味がわからない。なぜ、()()()()()()()()()

 体力の問題じゃない。これほどの身体能力が、吉良唯人のどこに備わっているのか。チンピラの喧嘩程度の動きしかしなかった、あの男が。


「図に乗るなよ……っ!」

 腰元の刀を引き抜いて、再び二刀流の形になる備然。逆襲だ。唯人に向かって斬りかかるが、斬撃はことごとくかわされる。


 そして、繰り出される的確なパンチ。こいつはいったい何なんだ。

 血走った瞳と半開きの口。先程まで威勢のいい言葉を吐いていた男とは、根っこの部分からして何かが違う。


「がっ……!」

 みぞおちに拳を受け、備然は後方へぶっ飛ばされる。こんなはずがない。彼は咄嗟に受け身を取るが、目の前にはすでに唯人の脅威が迫っていた。


 脳天直撃の鉄拳が備然に襲いかかる。そこで、つと、彼の意識が途切れた。たいした致命傷ではないが、打ちどころが悪かった。バランスを崩して地に伏す。

 ──くそったれ。


 その後、9秒。備然は気を失っている間のことを知らない。目を開けると同時に弾かれたように立ちあがると、すでに決着はついていた。

「しょ、勝者……独守備然さん!」

「……は?」

 彼の口から間の抜けた声が出た。ギャラリーの連中も、煮え切らない表情をしている。


 どういうことだ。意識が飛んだまま10カウントを取られて負けたというのなら、まだわかる。

 しかし、実際はその逆。どうして眠っている間に自分が勝っているのか。ディーラーの、檜皮色の着物少女に詰め寄る。


「なあ、キミ。私が倒れている間に何があった……?」

「えっ、あー、とですね」

 ショートヘアの少女……団月尊(だんつきみ) は静かに語り始める。


 いわく。

 備然が気絶したことで、唯人は攻撃の手を止めた。しかし、彼の興奮状態が収まることはなく、フィールドの外へ飛び出す。まるで、次なる標的を求めるかのように。


 この時点で吉良唯人の敗北は確定する。それを確認したところで、教師の要良(かなめりょう) が無理やり押さえ込んだ。

 初めは暴れ狂っていたが、しばらくすると電池が切れたかのように動かなくなったらしい。


「なるほど、それで……」

 備然の視線の先には、地面に突っ伏す唯人と、それに馬乗りになる要。ハッハッハッ、と軽快な笑い声をあげている。

 ──あいつが、あのバーサーカーを止めたのか?


 要の近くには身体の大きな『54』番と、先程備然がいなした『22』番、我孫子真津璃がいた。

「先生! 唯人は……唯人はどうなったんですかっ」

「大丈夫。力を使い果たして、今は眠っているだけだ」


 付きっきりで心配する真津璃に対し、『54』番は備然と同じ疑問を抱いていた。

「でも、意外なのである。まさか唯人殿にあんな力があったとは……」

「んー。それに関しては本当にわからんな。意図的にあの力を出せるのであれば、少なくとも『力』はAランクに相当する。覚醒か、はたまた暴走か……ってところだな」


 備然は唯人に圧倒されたことを思い出す。

 あんなチンピラに、自分が屈するなど。未だに実感が湧いてこない。

 そもそもあれは本当に吉良唯人だったのか。そんな馬鹿馬鹿しい疑問が脳裏をよぎる。


 月尊は「あのーっ」と手を挙げると、備然に手のひらを差し出した。

「えっと、ですね。()()()()()備然さんの勝利ということで、キビダンゴが10枚上乗せで譲渡されますっ」


 結果はどうあれ勝ったのは備然。月尊からキビダンゴという名のコインを受け取る。


 ──とりあえず、ね。

 それが意識したものかはわからない。だが、彼にとってこれほど嬉しくない勝利はなかった。


 備然は己の胸を押さえる。

 彼が意識を手放したところで、唯人は標的を変えた。つまり、気絶した時点で備然は闘いに負けていたのだ。

 ──なんたる、屈辱っ!


「月尊さん、だったかな」

「はい、なんでしょう?」

「キビダンゴを失った者は月末に退学……だったな?」

 ええ、と月の髪留めが揺れる。


 今日は8月1日。『決闘』に賭けるキビダンゴは無くても、まだ退学まで猶予がある。

 それならば、あるいは。


「……考えすぎだ。何を期待している、私は?」

 冗談じゃないぞ。胸の片隅で芽生えた劣等感を、備然は黙って押し殺した。


 それぞれの想いを乗せて船は行く。

「唯人っ……。目を覚ませよ!」

 ある者は復讐のため。


 ──吉良唯人、か。覚えておこう。

 ある者は頂点に立つため。


「……ぐっ」

 またある者は、己の記憶を取り戻すため。

 船は桃神郷を目指す。


 それぞれの、闘いの場に向かって。

 第一章、これにて完結です。

 次回より桃神郷での生活が始まります。正直、なーんにも考えてないですが、お付き合いいただければ幸いです。

 タグにもある異能アイテムがようやくお披露目できそうです。ここまで長かった……。

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