第10話 ▶すべてを賭けた闘い
あらすじ:全賭け。負けた方が退学になります
「ぜ、全部賭けちゃうんですかっ?」
ディーラーの月尊ちゃんは目をぱちくりさせて確認をとる。
俺は大きく頷き、備然も渋々といった風に首肯する。
「では、お二人は定位置まで下がってくださーい!」
ベットが終わり、いよいよ『決闘』が始まる。後ろを向こうとしたその時、備然がポツリと呟いた。
「……その自信がどこから来るのかは知らないが、売られた喧嘩は買ってやる。覚悟しろよ、チンピラ」
なんとでも言え。
初期位置まで戻ってくると、真津璃がフィールドの端ギリギリから顔を出した。
「あんた、わかってんのか?! この『決闘』に負けたら強制送還させられるんだぞ!」
「勝ちゃいいだろ。それに、この場でアイツを消すいいチャンスだ」
「あんた、ねぇ……」
その自信はなんなんだ、と言いたげに真津璃は口元を歪ませる。
備然もそんなことを言っていたが、自信なんてあるわけないだろ。あの真津璃をボコボコにしたんだぜ、勝てるビジョンがまるで見えねぇよ。
ただ、言い出した手前今さらやめるなんてできないし、このまま黙っているなんてまっぴらだ。
つまるところ、これは俺のエゴだ。
屈伸をしながら備然に言い放つ。
「言っとくがなぁ……俺は退学なんざ怖くねえ。その暑苦しい服ごと、ビリビリに引き裂いてやるぜ」
「妄言は聞き飽きた。いい加減、始めよう」
虚勢で何が悪い。こっちだって、いっぱいいっぱいなんだ。俺にもっと強い力があれば、こんな不器用なことはしなくて済むのにな。
なんて言い訳をしても時すでに遅し。
月尊ちゃんの澄んだ声を清聴する。
「それでは、いいですね? Aランクの独守備然さんと、Dランク吉良唯人さんの『決闘』を始めます。賭け枚数は10枚──」
無策でも無力でも、やるんだ。俺はあの野郎をぶちのめす。考えろ、何か方法はあるはずだ。
「レディー……ファイッ!」
まあ、とりあえず速攻だ。自分の足がバネになったかのように意識して接近する。
腰の刀に手をかけ、間合いに入ったところで勢いよく抜刀。
「さすがに防がれるか」
備然の守りはまるで城塞だ。どこから攻めてもすぐに対応されてしまう。しかし、ここまでは想定内。見様見真似の剣術で連続攻撃を図る。
「おらおら、どうしたっ。守ってばっかじゃねえか?」
これが意外とハマったようで、防がれつつも備然を一歩ずつ後退させている。いい調子だ。もしかして、俺ってば結構強い?
「……所詮、Dランクの戯言だったということか」
そんな希望も一瞬にして打ち砕かれる。
気づけば、俺の身体は宙を舞っていた。
ドシャリ。嫌な音が背中から聞こえる。頭を打ちつけたらしい、めちゃくちゃ痛ぇ。
「唯人っ!」
なんだよ、うるせえな。
首から上だけを辛うじて動かし、そちらを見る。真津璃が必死の形相で叫んでいた。
「やめろっ、あんたじゃ備然に勝てない。これ以上続けたらあんたの身体が……っ!」
「落ちつくのである、我がライバル!」
巨漢のゴーマンが何とか真津璃を押さえつけているが、あの美少年様の怪力は何度も目にしてきた。
立ちあがるしかないだろう。真津璃乱入で反則負けなんざ、格好悪すぎるからな。
笑う膝小僧をぶっ叩いて敵を見据える。
「全っ然効いてねえんだよクソが。見てろ、俺の喧嘩スキルでひねり潰してやるっ」
黒コート野郎に向かって突進。我ながら、よくもまあここまで三下臭い台詞を連発できるものだ。
腰元の刀に手を添える。間合いに入ったところで、斬る……のではなく。
「私には嫌いなものが二つある。一つは鬼狩りの能無し共、もう一つは──」
リーチの外から投げつける! いくら模造刀とはいえ、あれは当たるとかなり痛いぞ。フリスビーのように飛んでいく刀を見てほくそ笑む。
備然の目の色が変わった。
「──弱いくせに粋がる馬鹿共だ」
「なっ!?」
回転する刀を迷いなくキャッチすると、備然は懐のそれを抜いて悠然と嗤う。二刀流だ。
「わかるか? ここはテメェみたいな雑魚が来ていい場所じゃねえんだよ」
「なに……、をっ!?」
今まで防戦一方だった備然が、突然攻撃に転じるようになった。刀を奪われた俺は逃げ回ることしかできない。
「くそっ! なんで二本同時に扱えんだよっ」
「テメェとは種 が違うからだ。身の程を知れ、Dランク」
振り下ろされた刀に足をぶっ叩かれる。やめろ、アキレス腱はシャレにならんぞ。
「……まったく、逃げ足だけは早いようだな。まずはその足を封じる」
備然は姿勢を低くして、次の瞬間には二本の刀で足元を薙ぎ払ってきた。
「……草薙 ッ」
その様は、まるで雑草を刈り取る草刈り機のよう。足に命中し、情けなく転ばされてしまった。
「危ない!」
真津璃の忠告も甲斐なく、備然の追撃をモロに受ける。マウントを取られたのは不味い。咄嗟に転がって抵抗するも、今度は容赦のない蹴りが腹部に入った。
鋭いトーキックだ。ビリビリと全身に痛みが走る。突発的な吐き気に身体を丸めるも、休む暇など与えてはくれない。
備然はウジ虫でも見るかのような目で俺を何度も踏みつける。
「信じられないくらい弱いな、テメェ。こんなのに喧嘩売られたんだと思うと……もっと痛めつけたくなるよなぁ?」
「がはぁっ!」
腹に照準を合わせた足が、躊躇なく振り下ろされる。何度も、何度も。
吐いた。もう何が主成分かわからないくらい、吐いた。
俺は何をやっているんだろう。
いきなり訳の分からない船に連れてこられたかと思えば、会ったばかりのやつのために見栄を張って、ボコボコにされて。
なんだってんだよ、ちくしょう。
一方的な暴力が止んだ。痛みは尾を引いたように継続し、頭の中がガンガンとやかましい。
「選ばせてやる。このまま10秒間倒れているか、自分の足でフィールドの外に出るか。……もっとも、しばらく自力で立つこともできないだろうけどな」
くそっ、最後まで馬鹿にしやがって。胸ぐら掴んであのシケた面をぶん殴ってやりたいが、もう本当に身体が動かない。
耳鳴りが酷くなってきた。視界もだんだん霞んでくる。ダメだ、もう、本当に。
「……答える気力も残っていないか。情けないなぁ、Dランク。だが、これが世の常なんだよ。力が無いやつは誰も守れない。テメェも、さっきの野郎も。雑魚は雑魚らしく守られてりゃいいんだよ!」
顎を蹴りあげられた。意識がフッと飛ぶ感覚と、生暖かい感触。震える右手で顔を覆い、仰向けの状態で手のひらを見た。赤い液体が染みついている。
赤い、とても紅い──。
「唯人──ッ!」
声がした。
一人称小説の都合上描写できませんでしたが、ギャラリーの皆さんはドン引きしています




