第1話 ▶とある少女の船出
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鬼に家族を殺された。
なんてこと、現代の日本では誰も信じちゃくれない。そんなことはわかっている。
だから、彼女はたった一言、「助けて」とさえ言えなかった。
誰にも。
▶▶▶
(……思ってたより、でかい船ね)
我孫子 真津璃 は「ぽけーっ」とそれを眺めていた。豪華客船、オラト=マム号。初めて目にする客船の大きさに思わず口が開いてしまう。
傍から見たらさぞアホそうなツラしてんだろうな、という考えが脳裏をよぎるや否や、彼女は気つけに自らの頬を張った。
(なに圧倒されてんの、私!)
真津璃はチラリと辺りを見渡す。ひと目でわかる、多くの『強い』男たちが大海に臨んでいた。
その『強さ』の指標は様々である。
戦闘力に長けた者。
聡明な者、狡猾な者。
方向性こそバラバラだが、ここにいる全員が同じ意志を共有していることを、真津璃は知っている。
──鬼を討つ、桃太郎になる。
しかし、桃太郎になれるのは古来より男のみ。そんな時代錯誤にも腐ることなく、真津璃は一人、男装女子としてこの場に立っている。
書類や面接でも性別を偽り、どうにかこうにかなってきた。
大丈夫、バレてはいないはずだ。
「はーい、お待たせしました! 私立桃神 学園への入学を許可された皆様っ、まもなくこちらに乗船していただきますー!」
船と陸地を繋ぐタラップの近くで、着物姿の少女が指示を飛ばしている。その小柄な見た目からして、年齢は真津璃とほぼ同じ……十七ほどだろうか。胸元に目をやり、自分のそれと見比べる。
(……やっぱり、あの子の方が年上ね。絶対そうよ間違いない)
自分に都合のいいように解釈すると、改めて着物の女の子に目をやる。
(しっかし、粋なことするわね、今どき着物って。……桃太郎の世界観に合わせているのかしら?)
若干の興奮を覚えながら、真津璃は足早にタラップを目指す。いよいよ新しい人生が始まるのだ。
「では、皆さぁん。三次審査合格証を持って、一人ずつ私の前にお並びくださーい!」
檜皮色の着物を着た少女は、屈託のない笑みで合格者を受け入れる。
しかし。血気盛んな男たちが言う通りに並ぶはずもなく、彼らは我先にと少女に詰寄っていった。
辺りでは押し合いへし合いが起こり、乱闘が勃発する。
「オラッ、てめえ。どきやがれっ」
「るせータコ。俺様が一番に乗るんだタコー!」
(ちょっと、これ不味いんじゃないの……?)
港に響く男たちの雄たけび。それを耳にしながら真津璃は、ジリジリと炎をくすぶらせていた。
男の数はおよそ百人。その半数以上が、女の子のいる一点に集中しているのだ。
(あの子が危ない。助けなきゃ……!)
姿勢を低くしたその瞬間だった。
「はいはーい! 皆さぁん、嬉しい気持ちはわかりますけど、……順番は守りましょうねーっ」
「「「はーーーーーーい!!!」」」
その様は、ヒーローショーのお姉さんと、観に来た子どもの反応そのもの。
少女の声で状況は一変。喧嘩していた男たちが、たちまち寸分の狂いもない列を作りあげたのだ。
(単細胞なのか、こいつら……!)
真津璃はゲッソリしながら最後尾に並ぶ。
乗船は滞りなく進行し、列はあっという間に解消されていく。
しかし、真津璃の心は鬱蒼としていた。
(……まったく。こんなブルーな気分で乗船なんて、最悪の船出ね)
三次審査合格証を着物の少女に渡し、それと引き換えに真津璃は『22』と書かれた布っきれを受け取った。
「そちらがあなたの『鉢巻』です! 当学園に在学している証明となりますので、絶対に無くさないようにしてくださいねっ。腕に巻くなり、桃太郎のように頭に巻くなりしてから船に乗ってくださーい。数字さえ見えていれば、付ける場所は自由ですので!」
「……ど、どうも」
極力低い声で男を演じる真津璃。とりあえず、『鉢巻』を額に装着する。少女の視線が気がかりなのだ。
(バレてないよね……?)
真津璃の服装は全体的に袖の余りが多い。本人の趣味でもあるのだが、何よりブカブカだと女性らしい身体のラインを隠せる。
男を演じるため、そして強くなるため。彼女は多くのものを犠牲にしてきた。女扱いされることを拒み、長かった髪もバッサリ切り落とした。それが彼女なりの覚悟なのだ。
(……今さらこんなことを思いだすなんてね。未練なんてとっくの昔に捨てたというのに)
真津璃が自嘲めいた笑みをこぼした、その時。
「ああっ!」
少女の声に真津璃の肩がビクッと跳ねる。
──バレた……? そんな嫌な予感が脳裏をよぎる。
少女は脇に置いてあった段ボール箱から一本の刀を取り出した。
「すみません。私としたことが、刀をお渡しするのを忘れていました。はいっ、こちらを持って中へどうぞー!」
(な、なんだ……)
真津璃は自身の無い胸を撫で下ろす。鞘に収められた刀を受け取り、腰元に取り付けた。
一応中身も確認してみる。模造刀だった。
(まあ、そりゃそうよね)
いよいよ乗船の時。真津璃がタラップに足をかけた刹那、後ろから怒号が飛んできた。
「ふざけているのであーるるか、貴様っ!」
この短時間でまたしても喧嘩だ。民度の低さに真津璃はうんざりする。振り返ると、無駄にガタイのいい男が地面に向かって難癖をつけていた。
「聞いているのであるか? この船に最後に乗るのは、ワガハイ、剛満 様と決まっているのだ! おいっ、貴様!」
大男ことゴーマンのよくわからない主張に真津璃は目を細める。最後に乗るってなんだ。というか、そんなしょうもないことに付き合っているのは誰だ。
ゴーマンの視線を目で追うと、真津璃と同じくらいの歳をした少年が、壁にもたれかかっていた。
驚くと同時に、よくあの大声を聞いてなお寝ていられるな、と真津璃は感心する。
チラリと船の方に向き直ると、着物の少女がわかりやすくあたふたしていた。自分が止めなきゃ、という使命感に駆られているだろう。
──この子も大変ね。
思うより先に口が動いていた。
「大丈夫。この場は、わた……僕が収めるわ……ゲフン! 収めるからな、絶対!」
ダメだ、この口調はどうにも慣れないな。真津璃は言ったそばから頬が赤くなる。
少女の顔はパッと晴れるが、それもほんの一瞬だった。
「で、でも……あちらの方は貴方よりずっと大きいですよ。やっぱりここはお姉様に連絡を……」
「心配いらない」
真津璃は少女に背を向けると、次の瞬間には走り出していた。狙うはゴーマン。帯刀していた模造刀を抜き、容赦なく彼に切りかかる。叩きつけるような、鈍い音がした。
「あるるるっ! き、貴様……いつの間にワガハイの後ろに……そうか。貴様もこの船に最後に乗りたいのであるなっ?」
「それは別にいいんだよ。わた……僕は、そっちの寝てる奴を起こしてやりたいだけ──」
「シャラップであーるっ! まず、そのようなナマクラで勝負を挑むなど愚の骨頂。リーチを捨ててまで出る威力ではないのである!」
ゴーマンは真津璃を標的とみなし、襲いかかってきた。巨躯を活かしたシンプルな突貫である。
「くらえ必殺、『堕天使のなみ……
「人の話を聞けっ!」
「だはああぁぁっっ!!」
真津璃は貰ったばかりの模造刀を、ゴルフクラブさながらのフルスイングで酷使。ゴーマンを三メートルほど打ちあげる。
(名付けて、『虹ノ刻 』ってところかしらね)
彼が空中遊泳を楽しんでいる間、真津璃はそんなことをぼうっと考えていた。深い意味はない。勝負を決した一撃はすべて『虹ノ刻』になるのだ。特別、虹が見えたりするわけでもない。あくまで彼女のノリだ。
「ぐへっ」
情けない声と共にゴーマンが宙から落ちてきた。
「わ、悪かったである。真の大トリに相応しいのは貴様……」
「だから、それはあんたが勝手にやりゃいいでしょうが!」
思わず素で突っ込む。勘づかれなくてよかった。
「おらっ、あんたもさっさと起きる!」
真津璃は半ばヤケっぱちで、いまだ眠っている少年の頬をはたく。頭は黒髪ボサボサで、真っ白いTシャツがよく映える。
「うーん……」
さすがに目が覚めたらしい。少年は眠そうに目を擦りながら、ふわあと大きなあくびをする。
寝ぼけまなこで彼はポツリと呟いた。
「お…………に」
この後、着物の少女が止めに入るまで、彼が往復ビンタをくらい続けたのは言うまでもあるまい。
──これが、我孫子真津璃と吉良 唯人 の最初の出会いであった。
新シリーズ開幕です。重苦しい導入でしたが、ジャンルはギャグ・コメディ・バトルです。ノリと勢いとライブ感で頑張ります。
主人公は女の子ではなく、眠ってた少年の方なのですが、一話から世界観を説明したかったのでこのような形を取りました。
毎日21:00に更新予定です。