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▶桃神の郷  作者: 三坂いおり
1/186

第1話 ▶とある少女の船出

 毎日投稿(予定)です

 よろしくお願いします

 鬼に家族を殺された。


 なんてこと、現代の日本では誰も信じちゃくれない。そんなことはわかっている。

 だから、彼女はたった一言、「助けて」とさえ言えなかった。

 誰にも。


 ▶▶▶


(……思ってたより、でかい船ね)


 我孫子(あびこ) 真津璃(まつり) は「ぽけーっ」とそれ(、、)を眺めていた。豪華客船、オラト=マム号。初めて目にする客船の大きさに思わず口が開いてしまう。

 傍から見たらさぞアホそうなツラしてんだろうな、という考えが脳裏をよぎるや否や、彼女は気つけに自らの頬を張った。


(なに圧倒されてんの、私!)


 真津璃はチラリと辺りを見渡す。ひと目でわかる、多くの『強い』男たちが大海に臨んでいた。

 その『強さ』の指標は様々である。


 戦闘力に長けた者。

 聡明な者、狡猾な者。


 方向性こそバラバラだが、ここにいる全員が同じ意志を共有していることを、真津璃は知っている。

 ──鬼を討つ、桃太郎になる。


 しかし、桃太郎になれるのは古来より男のみ。そんな時代錯誤にも腐ることなく、真津璃は一人、男装女子としてこの場に立っている。

 書類や面接でも性別を偽り、どうにかこうにかなってきた。


 大丈夫、バレてはいないはずだ。


「はーい、お待たせしました! 私立桃神(ももがみ) 学園への入学を許可された皆様っ、まもなくこちらに乗船していただきますー!」


 船と陸地を繋ぐタラップの近くで、着物姿の少女が指示を飛ばしている。その小柄な見た目からして、年齢は真津璃とほぼ同じ……十七ほどだろうか。胸元に目をやり、自分のそれと見比べる。

(……やっぱり、あの子の方が年上ね。絶対そうよ間違いない)

 自分に都合のいいように解釈すると、改めて着物の女の子に目をやる。


(しっかし、粋なことするわね、今どき着物って。……桃太郎の世界観に合わせているのかしら?)

 若干の興奮を覚えながら、真津璃は足早にタラップを目指す。いよいよ新しい人生が始まるのだ。


「では、皆さぁん。三次審査合格証を持って、一人ずつ私の前にお並びくださーい!」

 檜皮(ひわだ)色の着物を着た少女は、屈託のない笑みで合格者を受け入れる。


 しかし。血気盛んな男たちが言う通りに並ぶはずもなく、彼らは我先にと少女に詰寄っていった。

 辺りでは押し合いへし合いが起こり、乱闘が勃発する。

「オラッ、てめえ。どきやがれっ」

「るせータコ。俺様が一番に乗るんだタコー!」


(ちょっと、これ不味いんじゃないの……?)

 港に響く男たちの雄たけび。それを耳にしながら真津璃は、ジリジリと炎をくすぶらせていた。

 男の数はおよそ百人。その半数以上が、女の子のいる一点に集中しているのだ。

(あの子が危ない。助けなきゃ……!)


 姿勢を低くしたその瞬間だった。

「はいはーい! 皆さぁん、嬉しい気持ちはわかりますけど、……順番は守りましょうねーっ」

「「「はーーーーーーい!!!」」」

 その様は、ヒーローショーのお姉さんと、観に来た子どもの反応そのもの。

 少女の声で状況は一変。喧嘩していた男たちが、たちまち寸分の狂いもない列を作りあげたのだ。


(単細胞なのか、こいつら……!)

 真津璃はゲッソリしながら最後尾に並ぶ。


 乗船は滞りなく進行し、列はあっという間に解消されていく。

 しかし、真津璃の心は鬱蒼としていた。


(……まったく。こんなブルーな気分で乗船なんて、最悪の船出ね)

 三次審査合格証を着物の少女に渡し、それと引き換えに真津璃は『22』と書かれた布っきれを受け取った。


「そちらがあなたの『鉢巻』です! 当学園に在学している証明となりますので、絶対に無くさないようにしてくださいねっ。腕に巻くなり、桃太郎のように頭に巻くなりしてから船に乗ってくださーい。数字さえ見えていれば、付ける場所は自由ですので!」


「……ど、どうも」

 極力低い声で男を演じる真津璃。とりあえず、『鉢巻』を額に装着する。少女の視線が気がかりなのだ。

(バレてないよね……?)

 真津璃の服装は全体的に袖の余りが多い。本人の趣味でもあるのだが、何よりブカブカだと女性らしい身体のラインを隠せる。


 男を演じるため、そして強くなるため。彼女は多くのものを犠牲にしてきた。女扱いされることを拒み、長かった髪もバッサリ切り落とした。それが彼女なりの覚悟なのだ。

(……今さらこんなことを思いだすなんてね。未練なんてとっくの昔に捨てたというのに)

 真津璃が自嘲めいた笑みをこぼした、その時。


「ああっ!」

 少女の声に真津璃の肩がビクッと跳ねる。

 ──バレた……? そんな嫌な予感が脳裏をよぎる。


 少女は脇に置いてあった段ボール箱から一本の刀を取り出した。

「すみません。私としたことが、刀をお渡しするのを忘れていました。はいっ、こちらを持って中へどうぞー!」


(な、なんだ……)

 真津璃は自身の無い胸を撫で下ろす。鞘に収められた刀を受け取り、腰元に取り付けた。

 一応中身も確認してみる。模造刀だった。

(まあ、そりゃそうよね)


 いよいよ乗船の時。真津璃がタラップに足をかけた刹那、後ろから怒号が飛んできた。


「ふざけているのであーるるか、貴様っ!」

 この短時間でまたしても喧嘩だ。民度の低さに真津璃はうんざりする。振り返ると、無駄にガタイのいい男が地面に向かって難癖をつけていた。


「聞いているのであるか? この船に最後に乗るのは、ワガハイ、剛満(ゴーマン) 様と決まっているのだ! おいっ、貴様!」


 大男ことゴーマンのよくわからない主張に真津璃は目を細める。最後に乗るってなんだ。というか、そんなしょうもないことに付き合っているのは誰だ。

 ゴーマンの視線を目で追うと、真津璃と同じくらいの歳をした少年が、壁にもたれかかっていた。

 驚くと同時に、よくあの大声を聞いてなお寝ていられるな、と真津璃は感心する。


 チラリと船の方に向き直ると、着物の少女がわかりやすくあたふたしていた。自分が止めなきゃ、という使命感に駆られているだろう。


 ──この子も大変ね。

 思うより先に口が動いていた。


「大丈夫。この場は、わた……僕が収めるわ……ゲフン! 収めるからな、絶対!」

 ダメだ、この口調はどうにも慣れないな。真津璃は言ったそばから頬が赤くなる。


 少女の顔はパッと晴れるが、それもほんの一瞬だった。

「で、でも……あちらの方は貴方よりずっと大きいですよ。やっぱりここはお姉様に連絡を……」

「心配いらない」


 真津璃は少女に背を向けると、次の瞬間には走り出していた。狙うはゴーマン。帯刀していた模造刀を抜き、容赦なく彼に切りかかる。叩きつけるような、鈍い音がした。


「あるるるっ! き、貴様……いつの間にワガハイの後ろに……そうか。貴様もこの船に最後に乗りたいのであるなっ?」

「それは別にいいんだよ。わた……僕は、そっちの寝てる奴を起こしてやりたいだけ──」

「シャラップであーるっ! まず、そのようなナマクラで勝負を挑むなど愚の骨頂。リーチを捨ててまで出る威力ではないのである!」


 ゴーマンは真津璃を標的とみなし、襲いかかってきた。巨躯を活かしたシンプルな突貫である。

「くらえ必殺、『堕天使のなみ(ダーリン・フォー)……

「人の話を聞けっ!」

「だはああぁぁっっ!!」

 真津璃は貰ったばかりの模造刀を、ゴルフクラブさながらのフルスイングで酷使。ゴーマンを三メートルほど打ちあげる。


(名付けて、『虹ノ刻(にじのこく) 』ってところかしらね)

 彼が空中遊泳を楽しんでいる間、真津璃はそんなことをぼうっと考えていた。深い意味はない。勝負を決した一撃はすべて『虹ノ刻』になるのだ。特別、虹が見えたりするわけでもない。あくまで彼女のノリだ。


「ぐへっ」

 情けない声と共にゴーマンが宙から落ちてきた。


「わ、悪かったである。真の大トリに相応しいのは貴様……」

「だから、それはあんたが勝手にやりゃいいでしょうが!」

 思わず素で突っ込む。勘づかれなくてよかった。


「おらっ、あんたもさっさと起きる!」

 真津璃は半ばヤケっぱちで、いまだ眠っている少年の頬をはたく。頭は黒髪ボサボサで、真っ白いTシャツがよく映える。


「うーん……」

 さすがに目が覚めたらしい。少年は眠そうに目を擦りながら、ふわあと大きなあくびをする。

 寝ぼけまなこで彼はポツリと呟いた。


「お…………に」

 この後、着物の少女が止めに入るまで、彼が往復ビンタをくらい続けたのは言うまでもあるまい。

 ──これが、我孫子真津璃と吉良(きら) 唯人(ただひと) の最初の出会いであった。

 新シリーズ開幕です。重苦しい導入でしたが、ジャンルはギャグ・コメディ・バトルです。ノリと勢いとライブ感で頑張ります。

 主人公は女の子ではなく、眠ってた少年の方なのですが、一話から世界観を説明したかったのでこのような形を取りました。

 毎日21:00に更新予定です。

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