とある庶民派令嬢と王子と騎士のはなし
15歳になり、田舎の領地からはるばる王都の学園に入学したあたし。
ここユエール王国の王都はどこを見ても宝石のようにキラキラ輝いて見えて、学園の入学式ではあたしみたいなちんちくりんの田舎の男爵令嬢とは毛色の違う、眉目秀麗なホンモノの貴族のお嬢様お坊ちゃまを見て驚いたものだ。
せっかく遠い山だらけの領地からここまで来たんだもん、身の丈に合った学園生活を満喫して、友達たくさんつくりたい!
望みは薄いけど、旦那さん候補に出会えたらいいなぁ。
(ああ、楽しみ〜!)
――そう思っていた時期があたしにもありました。
「え、どう見てもさっきのは照れ隠しでしょ?ちょっと王子さま、なんで本気でヘコんでるんですかっ」
「ぐすっ」
「ねえ騎士さまもそう思いますよね?」
「……俺に聞かないでくれ」
学園の裏にある、ベンチすらない芝生と木に囲まれたちょっとした小庭。
大きな中庭やガーデンテラスとは違って、高位貴族がなかなか来ることはないから、マナーとか堅苦しいことを考えずに、木陰に座ってのんびり日向ぼっこするのにぴったりなのだ。
ここは入学以来あたしにとっての憩いのスペースだったのだけど。
今日はなんだか人の話し声がしたから、小庭の手前で足を止めて、様子を伺ってみた。
うん、そこまでは良かった。
そこにいたのは、この王国の第2王子さまと、側近の黒髪騎士さま、そして王子さまの婚約者の公爵家のお姫さま。
王子さまがお姫さまの手を取って、その手に口付けをしようとしたところで、真っ赤な顔をしたお姫さまはその手を払い落として、何やら早口でまくし立ててその場から立ち去ってしまった。
立ち去るお姫さまは、あたしのすぐ近くを通って行ったのに、こっちに全然気がつかない。わ、耳まで真っ赤!
あたしは視線を裏庭に戻して、呆然とする王子さまの様子を、そのまま眺めていたのだけど――
これが間違いだった。あたしも立ち去るべきだった。
うっかり王子さまとばっちり目が合った。そして事もあろうに、普段は凛としていてあたしなんかとても話しかけられる雰囲気じゃない王子さまの瞳がうるうる潤みだし、ついには号泣しだしたのだ。
変なところを見てしまって、気まずいながらなんとか励まそうとして今に至る。
「僕は……やっぱり彼女には相応しくないよ……王子という肩書きだけで、他には何もないし、うわあぁぁっ」
「マジ泣き?!やめてくださいよ、あたしが泣かしてるみたいじゃないですかーー!騎士さまーー!」
「お、俺に言うな」
「うわーん何これ?あたしが泣きたいーー!」
この日あたしが出会ったのは、見た目は完璧なのに泣きまくる金髪王子さまと、せっかくの端正な顔立ちが台無しなくらい眉を下げてうろたえる黒髪騎士さまでした。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
例の裏庭。
あれからなぜか泣き虫王子に懐かれ、彼が弱音を吐いたり泣いたりしたい時に励ます係に任命されてしまったあたし。
相談内容はもっぱら婚約者のお姫さまの話で、彼女が好きだけど彼女の気持ちが分からない自信がない僕では彼女を幸せにできないウンヌンカンヌン……
いやもう最後の方泣き過ぎて何言ってるか分かんないわ。
はいはい王子さまは頑張ってマスヨー、泣き虫だけど黙ってれば最高にイケメンですよ、優しさも大事デスヨと適当に励ます日々。
確かに一国の王子がこんなに泣き虫なんて他の人には知られたくないだろうし、いつも王子さまの側にいる騎士さまはどう考えても口下手で励ます係に向いてないけどさ。
……けどさ。2人とこっそり裏庭で会ってるせいで、あたし学園の中で王子と騎士をタラし込んだ庶民あがりの田舎女って言われてんですけどおおお!?
女子からめっちゃ嫌われちゃってるよ。
しかも、噂話を盗み聞きしたところによると、すでに学園を卒業している王子さまの兄が在学中に男爵令嬢と何やらやらかしたらしく、また男爵風情が……と世論は盛り上がっているらしい。
まじか。国内の男爵の風評被害がすさまじい。
兄王子何やってるの?!うちの実家田舎過ぎて、そんな情報全く入って来てないんですけどー!
あたしの平穏な学園生活は?友達は?旦那さまは?
あたしの人生どうなってんの。
そんな不穏な感情が顔に出ていたからか、ぐすぐすと鼻をすすっていた王子さまはあたしを見て辛そうな顔をする。
「ごめんね、きみにっ、迷惑をかけてることは分かっているんだけど、でもぉぉぉぉ」
「あーもう、いいから泣かないで!そして目をこすったらダメですってば、騎士さま、このハンカチを水で濡らして来てくださいっ」
「わ、分かった」
騎士さまが急いで立ち去ったあとも、エメラルドのように綺麗な王子さまの瞳からは、ぼたぼたと大粒の涙が溢れて続けている。
(この学園で一番高貴な身分のはずなのに、あたしなんかの前で号泣しちゃって変な人)
そんな情けない姿を見ていると、なんだか逆に笑えてきて、まあしょうがないから味方で居てあげてもいいかなって思ってしまうのは仕方ないと思う。
チビなあたしと比べたら王子さまも騎士さまも身長が高くて、特に騎士さまなんて鍛えてるだけあってがっしりしてるわけだけど。裏庭で会うふたりは泣いてるか狼狽えているかだけだから、見た目よりも随分小さく感じてしまう。
(実家で飼ってるわんこを思い出すなぁ、あああのもふもふ、元気にしてるかなー)
――魔が差した、とでも言うのか。
わんこの事を考えていたあたしは、何も考えずに王子さまの綺麗な金髪に手を伸ばして、よしよしナデナデしてしまっていた。ふわふわしてるわ〜。
「「……!」」
ぱき、という乾いた音が聞こえて、王子さまナデナデをやめて音のした方向を見る。
やっちまった。
「わ、わたくしという婚約者がありながら、そんな田舎娘なんかと逢い引きなさるなんて……殿下、見損ないましたわ!」
「何をしている……!」
そこには、頭に葉っぱをつけながら真っ赤な顔をしてぷるぷるお怒りのお姫さまと、濡らしてきたハンカチを持って呆然と固まる黒髪騎士さまがいた。
王子さまは予想外のお姫さまの登場に慌てて袖口で涙を拭っている。ああもう、だから、そんなにこすったら腫れちゃうってばー!
「騎士さま、そのハンカチこっちにください!」
「なぜ……頭を……」
「ちょっとあなた!わたくしの話を聞いているの?!それにその言葉遣い……あなたとはいつか直接話そうと思っていたのよ。いい機会だわ、身の程知らずの田舎娘に、立場というものを分からせて差し上げるわ!」
「ぼ、僕のこと見損なったって……うううっ」
騎士さま、固まってないで早くそのハンカチください!
お姫さま、誤解ですから、でもあなたがツンデレだからこじれてるんですから!
王子さま、だから泣くな!こするな!ちゃんと姫さまと腹割って話をしてください!
(あああもう誰か助けてー!)
そりゃ不用意に王子さまの頭ナデナデなんてしちゃったあたしが悪いよ、不敬罪になったってしょうがないよ。
でもあたしだって癒やしが欲しいよーー!
そんなあたしの心の声はもちろん誰にも届かず、疲労困憊になりながらも何とか自力でこの場を乗り切ることになった。
あれ……お昼休みに来たはずなのに、空がもうオレンジ…夕日が目にしみる……。
最終的に王子さまとお姫さまは仲直り出来たし、王子さまのまぶたは少し腫れるくらいで済んだ。
お姫さまには「今度お茶会に来てもよろしくってよ!」とツンデレにお茶会に招待されたりもして、すっごく嬉しい。
微笑み合いながらこの場を去るふたりはまさに絵画のように美しく、あたしは思わず拝みそうになった。
ただ。
「騎士さま?あたしの顔になんかついてます?」
「……い、いや」
問題はこの黒髪騎士さまだ。ハンカチを受け取ってからずっと、様子がおかしい。
俯いてブツブツと何か呟いては、時折あたしの顔を見て、何か言いたそうにするものの、何も言わずにまた俯く。
どうしたんだろう。
まあでも、もう王子さまもお姫さまここにはいないし、そろそろあたしも寮に戻らないといけない時間だ。
「ねえ騎士さま、そろそろあたしたちも戻りましょう」
「……!いや、待て、す、少し時間をくれないか」
言いながら歩き始めていたあたしの腕が、騎士さまの大きな手でぎゅっと掴まれる。
驚いて振り返ると、夕日を背負っているせいで、黒髪の輪郭が赤く染まった騎士さまが真剣な顔であたしを見ていた。
おわり
お読みいただきありがとうございます。