第十七話 反撃
こんこんこん。
ノックを三回。
返事を待っていると、扉が自動的に開いた。
「あら? 灰里君一人かしら? 魔王様はどこへ行ったの?」
ソーレは余裕たっぷりといった様子で、放送室の椅子に悠然と腰かけていた。
「ファーゼはいないぞ。俺は一人で来たからな」
「ふーん……たしかに近くにはいないみたいね。それで? 何をしに来たのかしら?」
「あんたが俺を呼んだんだろ? 命を奪わないでくれるんだろ?」
自信満々で口元を歪ませて笑うと、ソーレは警戒したような目になった。
「……何が狙い? 放送しておいてなんだけど素直に来るとは思ってなかったのだけど」
「狙いなんかないさ。ほら、ちゃんと手にも何も持ってないだろ?」
灰里は両手を上に上げ、放送室の中に入った。
そのままゆっくりとソーレに近づく。
「たしかに持ってないわね。まあいいわ。それじゃあ約束通り命は奪わないであげる」
「そうか。助かる」
「その代わりあなたにも夢を見ていてもらうわ。魔王様と戦うならどれだけ魔力があっても足りないもの」
ソーレが灰里に手をかざすとソーレの手の前に魔法陣のようなものが展開する。
何らかの魔法? を使ったのはわかったが……別になにも起きなかった。
魔力を使って眠らせにきている――――とは思うのだが、特に眠気は感じない。
「えっと……何をしてるんだ?」
「え? な、なによこれ! あなたどうして眠らないの!」
ソーレにとって予想外のことが起こっているらしい。
ソーレは取り乱し、今度は両手を灰里に向けた。
先ほどの魔法陣の倍する大きさの魔法陣が展開されたが、やはり灰里に眠気は起きない。
「……だから何をしてるんだ?」
「な! これでも効かないって! どういうことなの! ……いえ……そうだわ! 魔王様ね! 魔王様の仕業なのね!」
「だから一体何を?」
「あなた魔王様に言って魔力による干渉を遮断する術をかけてもらったのでしょう! わたしを騙そうとしたわね!」
「そんなもんかけてもらってないって!」
逆上するソーレは灰里の言葉を聞かず、実力行使に出てきた。
ソーレが指をぱちんと鳴らすと、黒と紫色の混じった魔力で形作られた球体がソーレの周りに現れる。
「問答無用よ。まあどうせ夢を見せて搾り取ったあとに殺すつもりだったし、順番が前後しただけよね!」
ソーレが右手を灰里に振ると、魔力の弾丸が灰里に向かって射出された。
「くそっ! 予定と違うけど仕方ねえ!」
灰里はばっと伏せて魔力弾を躱すと、ポケットから煙玉を取り出し、ソーレの頭上に投げると同時に走りだす。
「今度こそぶっ飛ばす!」
灰里が突撃すると、再び見えない壁に進行を阻まれた。
相変わらず魔力万能だな! クソ!
再び殴られたように吹き飛ばされ距離が開く。
「ふん! 何度やっても無駄なのよ!」
至近距離からの魔力弾を灰里は今度は大きくジャンプすることで躱した。
「奥の手発動!」
「くっ! またなの! バカの一つ覚えみたいに!」
時間差で爆発した煙玉の白煙が再びソーレの視界を塞ぐ。
「無駄よ! 目で見なくても魔力で視れば……!?」
「そうね。魔力で視ればわかるわよね。私がいることが!」
煙玉が爆発し白い煙がソーレを包むと同時にファーゼが放送室に入ってきていた。
灰里がバカ正直に正面から来たのは当然囮だ。
「くっ!」
とっさにソーレはファーゼを攻撃しようとしたのだろうが、灰里が再び見えない壁に突撃することで防ぐ。
「いいのか? 攻撃したらこの壁はなくなるだろ?」
「くうっ!」
ソーレは攻撃と防御を同時にすることができないのは既に見抜いていた。
ソーレができるのは魔力壁を出すか、魔力弾を飛ばすかそのどちらかだけ。
魔力弾を飛ばしてファーゼを攻撃すれば灰里がソーレを殴る。
灰里を警戒していては警戒すべきファーゼを自由にしてしまう。
「ふっ、あなたはもう詰んでるのよ? これが見えない?」
「なっ!」
煙が薄れファーゼの位置がはっきりと見えるようになった。
ファーゼが立っている場所は放送機材の前。
ファーゼの指がゆっくりと放送機材の電源を入れた。
『魔王レベ:ファーゼが命じるわ。人間共よ起き上がりなさい』
ファーゼの放送が入ると同時にソーレがだらだらと冷や汗を流し始めた。
「まさ……か……」
「ファーゼには魔力を声に乗せてもらって、あんたが人間にかけていた術を解いてもらった」
魔力供給が切れたのだろう、灰里を抑えていた見えない壁は既になくなっている。
灰里が一歩足を前に出すと、ソーレは一歩後退した。
「これであんたはもう魔力を補充できない」
「それが何! まだ魔力は残っているわ! あなた達を殺すぐらい簡単にできるくらいにはね!」
ソーレが魔力弾を作る前に、灰里が拳を握って間合いに踏み込むと再び張られたソーレの見えない壁に阻まれた。
「無駄だ! もうあんたに俺達をどうこうする魔力は無い!」
灰里は目の前の見えない壁に拳を叩きつける。
ギギギギギギという音と共に魔力壁が灰里の拳を受けて悲鳴をあげはじめた。
「くうっ! 」
ソーレが両手を前に突き出すと見えない魔力が灰里を殴ったが……灰里を後ろに下がらせることすらできていなかった。
「さっきよりも弱くなってるぜ! うおおおお!」
気合いと共に灰里が力を入れると、魔力壁がひび割れ始めて、空間に亀裂が入った。
「嘘でしょ!」
焦りで顔が青くなったソーレにとどめをさしたのは魔力壁を破った灰里ではなく――――魔王様だった。
「はい。これで終わりよ。あなたの魔力は私がもらうわ」