第十六話 魔王様は天才?
「一つ気になっていることがあるわ」
「何がだ?」
「さっきあいつは魔力を『無尽蔵に供給される』と言ったでしょう?」
「そういや言ってたな」
「それならその供給方法を逆に利用してやれば私の魔力が回復するんじゃないかしら」
ソーレの魔力供給をファーゼが奪えばソーレの魔力は回復しなくなり、ファーゼは力を取り戻す。
そしてそうなってしまえばソーレはファーゼの敵ではなくなる……ということか。
「……ファーゼ……お前」
「何よ?」
「天才なのか!?」
灰里の言葉を聞いてファーゼは興奮で頬を赤く染めふんぞり返りだした。
「ふふん! 当然よ! 魔王様なのだから! ようやく私の偉大さが理解できたようね!」
「ああ! それで? どうすればいいんだ?」
灰里が当然の質問をすると時が止まった。
「…………知らないわよ」
気まずそうに横を向いてファーゼがぼそっとつぶやく。
「ノープランか」
「ええそうよ! 悪いの!」
しまいにはキレ始めたファーゼの肩に手を置いてとりあえず落ち着かせる。
「まあまあ落ち着け。とりあえずその発想は悪くないはずだ。あとはどうやってその魔力供給を奪うかなんだが。俺もソーレのことで気になってることがあるんだ」
「なによ? あいつが一年間も教師として潜伏していたこと?」
「それも気になるが、そっちじゃない。ソーレはなんで俺達を追ってこなかったかだ」
「……たしかに変ね。本当にあいつの言う通り魔力が使い放題なら私達を逃がす理由はないわね。……ところで質問なのだけれど」
「なんだ?」
そう言えばと言う感じで何かを思い出した様子のファーゼが灰里をじろじろと見だした。
「あの時あなたはどうやって白い煙を出したのかしら? あなたも何かの『力』を持っているということかしら?」
「ああ。あれか」
ファーゼが言っているのはソーレから逃げるときに使った物のことだろう。
灰里は制服のポケットを探るとピンポン玉くらいの丸い玉を取り出しファーゼに見せた。
「こいつは煙玉っていうんだ」
もちろん普通の煙玉ではない。
爆発すればすぐに部屋が煙で充満される特別製だ。
「煙玉? ええと、これから白い煙が出てくるってことかしら?」
「ああ。それで合ってるぞ」
「どこでこんなものを手に入れたのよ? これはその辺で手に入るような物ではないのでしょう?」
「前にファーゼとは違う異世界から来た来訪者を送り返してやった時にお礼でもらったんだ。残りはこの一個だけだけどな」
ファーゼの前に来た来訪者の自称宇宙忍者の置き土産だ。
「ふーん……プレゼントということ?」
灰里が前の来訪者からもらったと言うと何故だかファーゼはむくれだした。
露骨に機嫌が悪いアピールをしてくるファーゼには構わず灰里は強引に話を先に進めることにした。
「というわけでこれで俺が何の力も持ってない一般人だということはわかってもらえたと思う」
「まあそうね」
「それで話を戻すがソーレはなんで俺達を追ってこなかったんだと思う?」
灰里の質問にファーゼは機嫌が悪いことも忘れ顎に手を当てて深く考え始めたみたいだった。
長い沈黙のあとファーゼはようやく口を開く。
「……そうね。無理やり考えてみるなら、私達を逃がすことよりもあの場所にいることの方が重要だったから?」
「あの場所……放送室に何かあるってことか?」
「そのはずよ。そしてそれはきっと魔力供給に関係しているでしょうね」
「たしかにな」
とりあえず一歩前進したところで突然校内放送のチャイムが鳴った。
『えー魔王さ……魔王ファーゼ、そして灰里君。あなた達の抵抗は無駄です。すぐに私の元に戻って来れば命だけは奪わないと約束しましょう』
それだけ告げるとソーレの校内放送は切れてしまった。
静寂が戻り灰里はファーゼを横目で見た。
「……だってよ。どうする?」
「誰が信じるのよ! こんな罠に引っかかるのは本物のバカだけよ」
「まあ……そうなるわな」
誰だってそうする。俺達もそうする。
とりあえずソーレの提案に乗るなんてことはせず。
いまのソーレの行動の意味を考えてみることにする。
「今の放送。何か意味があったと思うか?」
「……意味なんてあったのかしら? 今の声には魔力を感じられなかったし……」
「ちょっと待て。声に魔力ってどういうことだ?」
魔力が声にまで乗せられるなんてことは初耳だ。
「魔族の中には声に魔力を乗せて、相手の心を操る術を持っている連中もいるわよ」
「ファーゼはできないのか?」
「できないなんて言い方はよしなさい。できないんじゃなくて必要ないのよ。私は世界最強の魔王様なのよ?」
いや、絶対できないだけだろというツッコミをするとまたファーゼの機嫌が悪くなりそうだったので、灰里はぐっとツッコミたい気持ちを我慢した。
「まあそれは置いておいて。声に魔力が乗せられるっていうならこの全員が寝ているっていうのも説明がつくんじゃないのか?」
「というと?」
「だからあらかじめソーレは教師として全校生徒に魔力で術をかけておいたってことだろ?」
「……時限式で眠らせる術……まあできなくはないでしょうね。でもそれに何の意味があるのよ?」
「……邪魔者がいない中で俺達を始末するためとか?」
灰里の答えを聞くとファーゼは白い目で見てきた。
「そんなわけがないでしょう。ちょっとは考えなさいよ」
やれやれと落胆したような仕草を見せたファーゼにいらっとくる。
「ぐっ、まあたしかに今のは俺もないとは思うけどさ……待てよ! そうだ!」
ソーレが校内にいる全員を眠らせた理由を再び考えようとした灰里の脳内で答えが出ていなかったソーレの魔力供給源と眠りが結びつく。
ソーレがファーゼと灰里を除く学校の敷地内の全員を眠らせたのは……魔力供給のためじゃないのか?
魔力がよくわかっていない灰里では理屈はわからないが可能性はある。
それを告げるとファーゼははっとして近くに眠っていた女子生徒の肩に手を置いた。
「……たしかに魔力供給に利用されているみたいね。なるほど……そういうことだったのね」
「ど、どういうことだ?」
どうやらファーゼは灰里が気が付いたこと以上の真実にたどり着いたみたいだった。
「あいつは自分のことを上位サキュバスと言っていたでしょう?」
「それがどうかしたのか?」
「サキュバスの基本能力は男に夢を見せてその精気を吸うことなのよ」
「夢を見せて精気を吸う?」
「精気は魔力と言い換えてもいいわ。上位サキュバスのあいつは一人ではなく多人数に同時に術をかけることができるのでしょうね」
「えーっと、それじゃあソーレは夢を見せることで魔力を吸い上げているってことか?」
「そういうことよ」
やはり今眠っている人達は全員ソーレの魔力源にされてしまっているということか。
無尽蔵の魔力供給の謎が完全に解けたところで灰里は対抗策を一つ考え付いた。
「それなら全員をどうにかして起こせば良いんじゃないか? そうすればソーレは魔力供給できなくなって弱体化するだろ?」
ちょっとやそっとでは起きそうにないが試してみる価値はある。
灰里が試しに近くにいた眠っている女子の肩を強めに揺すろうとするとファーゼがその腕を掴んで止めた。
「やめておきなさい」
「なんでだよ? 起こせるかどうか試すぐらいはしても大丈夫だろ?」
「あいつは全員の夢を掌握しているはず。その数が減れば何をしだすかわからないわ。覚めない夢を見せて殺すことだってできるかもしれない」
全員が殺されるかもしれないと聞いて灰里は体中から冷や汗が出てきた。
もう少しで全員死ぬところだったかもしれないからだ。
「それに魔力供給がなくなったからって私の魔力が回復するわけじゃないわ。あいつが有利なのは変わらないのよ?」
「……わかった」
さすがに確証もない実験で全員の命を危険にさらすわけにはいかない。
灰里が腕を下げると、ファーゼは苛立たし気にカツカツと足を踏み鳴らし始めた。
「それにしても夢越しで魔力を吸収しているなんてね……これじゃあ私が横取りすることもできないじゃない」
「魔王なんだろ? どうにか奪えないのか?」
「無理ね……。夢を操作する力はサキュバス特有のものよ。どうにかしてあいつに直接触れれば魔力は奪えるでしょうけど……」
「直接ファーゼがソーレに触れればいけるのか……」
ソーレの魔力は校内の眠る人間達に夢を見せることで供給されている。
眠っている人を起こせば魔力供給を断つことはできるかもしれないが、誰か一人でも起こすとソーレが眠っている人を殺すかもしれない。
ファーゼがソーレの真似をして魔力を回復させることはできないがソーレに触れることができればファーゼは魔力を奪える。
ファーゼの魔力の回復方法は現時点では不明で、食事による魔力回復は微々たるものなのでファーゼが戦うことはできない。
「……なるほど」
とりあえず事実を整理してみると、段々どうすれば良いかが見えてきた気がした。
灰里はにやりと笑うと整理した事実を元に作戦を練り上げた。
作戦をファーゼに伝えるとファーゼは嫌そうな顔をした。
「……本気なの? 最悪あなたがソーレに殺されるかもしれないけれど?」
「俺のことなら心配するな。大丈夫だ。それよりこの作戦でいけそうか?」
「……そうね、いける……と思うわ」
ファーゼのお墨付きを得たところで灰里は覚悟を決め再び笑った。
「それじゃあ……いくか。皆を助けに」
「……私が協力するのはあなたが私以外の誰かに殺されたら困るからだから。勘違いしないで頂戴」
憎まれ愚痴を叩きつつも笑うファーゼと互いの拳を突き合わせる。
「言っておくけどあなたを殺すのは私なんだから。勝手に殺されるんじゃないわよ」
「おう! ファーゼもしくじるんじゃないぞ。お前本番に弱そうだし」
「誰が本番に弱いですって!」
灰里はファーゼを置いて一人図書館を出た。
灰里が走って向かう先は――――ソーレがいる放送室。