第十四話 犯人はあの人
「それで? これからどうするのよ?」
「決まってんだろ。犯人を見つけてぶっ飛ばす」
がっと右の拳を左手に打ちつける。
見つけたらもちろん鉄拳制裁をくれてやる!
「……そう」
息巻く灰里をよそにファーゼは冷めた目で外の景色を見だした。
「俺は一人でも行くからな! 止めるなよ!」
「……別に止めないわよ」
とりあえず安全そうな屋上にファーゼを残すと灰里は校舎へと戻った。
「まずは……犯人を見つけねえとな……」
屋上から見た限りでは眠っているのは学校の敷地内の人間だけ。
グラウンドでも人が倒れているが校門の外、学校の敷地の外にいる通行人は異変に気が付いていないみたいだった。
「攻撃の範囲から考えてやっぱり校舎の中には居そうだな。何かが空を飛んでる気配もないし。あとはどこにいるかだけど……」
襲撃者の場所を特定しようと頭を悩ませていると、ファーゼが灰里の後を追って階段を下りてきた。
「襲撃者の場所ならわかるわ」
「本当か? どこにいるんだ?」
どうやってかはわからないがファーゼは敵の場所を既に特定していたらしい。
灰里が尋ねると意外にもあっさりと場所を教えてくれた。
「この校舎のちょうど中心にある部屋ね」
「中心って言うと……ええと……わかった! それじゃあ俺は行ってくるから」
場所がわかったならあとはぶん殴るだけだ。
いざ灰里が走り出そうとするとファーゼに耳たぶを掴まれた。
「いたたたたた! 何しやがる!」
「あのねえ……行ってどうするのよ? あなたが行ってもどうしようもないでしょう?」
「だから言ってんだろ。ぶっ飛ばすって! まあ何とかなるだろ!」
耳たぶを掴むファーゼの手を振り払い走り出す。
「……っこのバカ! 私以外があなたを殺したら困るのよ!」
ファーゼも灰里の後を走って追っってきた。
「なんだよ。興味無さそうな顔してた癖に意外にも協力的だな?」
足を止めずに灰里が後ろを振り返ると、ファーゼはすごく嫌そうな顔をしていた。
「他のやつらがどうなろうと知ったこっちゃないわ! ただあなたを私以外のやつが殺すのは許せないだけよ。勘違いしないで!」
「……えーっと……ツンデレってやつか?」
「違うわよ! 先に言っとくけど私を頼るんじゃないわよ! 結局魔力は十分に回復してないんだからね!」
顔を真っ赤にして怒鳴っているところを見ると本当にツンデレで言っているわけではないらしい。
灰里達が辿り着いた先にあった部屋は放送機材が置いてある放送室だ。
「なんでこんなところにいるんだろうな?」
扉の前でぼきぼきと拳を鳴らしながらふと湧いた疑問を口にすると、ファーゼは肩で息をしながら首を横に振った。
「はあ……はあ……はあ……。知らないわよ……そんなこと……」
「……ファーゼ……さすがにこの程度で息が上がりすぎだろ。もう少し運動した方が良いぞ」
「余計なお世話よ!」
ぶんと飛んできたファーゼの蹴りをひょいと躱し、灰里は放送室の扉を開けた。
「そこまでだ! 俺が来たからには好きには――――――ってあぶな!」
扉を開けて中に入ろうとした瞬間。
暗い室内から黒と紫が混じった球体が高速で灰里の頭に向けて飛んできた。
とっさに頭を後ろにそらして躱すと、背後の壁がぼんという音と共に爆散した。
「はっ! 焦ったな! お前はもう終わりだ……って……」
次第に灰里の声は力を失い尻すぼみになる。
「何よ。どうしたのよ? ちゃんと犯人はいたでしょう?」
灰里の背後からひょっこりとファーゼが顔を出し部屋の中を見る。
「ほら、いるじゃない」
ふふんと自慢げに胸を張るファーゼを振り返る。
「いるって……だって……この人は……」
灰里が現実を受け入れられず口に出せなかった名前をファーゼはあっさりと口に出した。
「三垂楓……だったわよね? それがどうかしたの?」
「それがどうかしたって……だって楓先生は……」
状況的にも楓先生が襲撃者なのはもうわかっているはずなのにどうしてもその事実を認めることを頭が拒否してしまう。
そんな灰里を見て心底おかしそうに、まるで別人のように楓先生が笑った。
「一年も同じ学校に通っているものね? うふふ……あーははは!」
「楓……先生?」
本当に目の前の女は楓先生なのか?
灰里のそんな疑問に答えるように楓先生の姿が変わり始める。
服は肌の露出が多い水着のような服に、頭には二本の角が生え背には蝙蝠のような翼。
髪の色も瞳の色も黒から赤へと変わる。
変貌を遂げた楓先生を見て灰里は言葉を失った。
「……ふん。やっぱりね」
ただファーゼは全く驚くことはなく、灰里の背に隠れて姿が変わった楓先生を睨みつけている。
「……さすがは魔王様といったところかしら?」
「あら? 私のことを魔王と知っているということは、あなた私の魔界の住人なのかしら?」
「ふふふ、まさかこのわたし上位サキュバスのソーレを忘れたなんてことは」
「いや、知らないわ」
「…………」
きっぱりとファーゼが言うと楓先生改め上位サキュバスのソーレの顔が憤怒に染まった。
「そんな余裕ぶった態度をとっていられるのも今のうちよ! 今の魔王さ……魔王が魔力を持っていないのはわかっているわ! 灰里君と一緒にここで消してあげる!」
怒りのままソーレが右手を前に出す。
「楓先生が……異世界から来た……来訪者? ……上位サキュバスのソーレ?」
混乱で動けない灰里とその背後にいるファーゼに向けて、恐らくは魔力で作られた弾丸が放たれた。
「いつまでぼーっとしてるのよ! 殺すわよ!」
いつものように躱せなかった灰里の体をファーゼが横に突き飛ばす。
「何度躱しても無駄よ! わたしの魔力は無尽蔵に供給されるわ」
再び灰里達を狙おうとするソーレを見て、灰里はようやく混乱から抜け出した。
「よくも一年も騙したな! ぶん殴る!」
ばっと身を起こし拳を握りソーレへ向けて跳躍する。
狭い放送室に逃げ場はない。
すぐに取り押さえられると思った灰里だが、ソーレの眼前で何かにぶつかった。
「な、なんだ! くそっ! 見えない壁みたいなものがあるのか!」
「魔力のない人間ごときがこのわたしに触れられると思ったのかしら!」
ソーレが手を振ると、見えない何かに殴られたような衝撃と共に吹き飛ばされた。