第十三話 襲撃開始
ファーゼから取り戻した教科書を見て、ふと疑問が湧いてきた。
「あれ? ファーゼは漢字も読めるのか?」
ファーゼの読んだ部分には別に難しくはないが読み仮名がない漢字もある。
「この世界の言語なら習得済みよ」
「そうなのか。それなのにわからない言葉とかはあるのか……よくわからないな」
「みたいね。基本的なところだけだったのでしょうね。それより退屈なんだけど? これ寝てても良いのかしら? ほらあそこの女なんて寝てるじゃない」
「だめに決まってんだろ……」
だめとは言ったがこのままでは隣で爆睡されるのは目に見えていたので、灰里は一計を案じることにした。
「こほん……あー、そう言えばだな」
「なによ改まって」
目をぱちくりとさせるファーゼに灰里は笑ってしまいそうになるのを必死で堪えながら嘘を教えることにした。
「来訪者の中には授業を真面目に受けたらエネルギーが回復したやつがいてだな……」
「……そう」
ファーゼは短く返事をすると、それまでのやる気の無さが嘘のように授業に集中しだした。
灰里が自分のノートとシャーペンを貸してやるとファーゼは他の生徒を真似して黒板もちゃんと写し始めた。
どうやらうまくいったらしい。
もちろん授業を受けるだけでエネルギーを手に入れていた来訪者なんていない、全くのでたらめだ。
でもこれでファーゼは授業を真面目に受けて授業中に眠ることはないだろう――――――と思っていたのは一時限目だけだった。
「で? 何で寝たんだ?」
「……しょうがないでしょう。眠くなったんだから」
結局ファーゼが真面目に授業を受けていたのは一時限目の授業だけ。
二時限目にはもう眠気に抗えずうとうとしながら授業を受け、三時限目からは完全に寝ていた。
別に寝相が悪かったりいびきがうるさかったりはしないので迷惑はほとんどなかったが、自分が真面目に授業を受ける横ですやすやと健やかに眠られるとなんだかこちらまで眠くなってきて困った。
午前の授業が終わり今は昼休み。ファーゼと朝コンビニで買っていたものを食べる。
灰里はコロッケパンと焼きそばパン、ファーゼはメロンパンにそれぞれかぶりつくがすぐに食べ終わってしまい、暇なので会話を試みていた。
「元の世界に戻りたくないのか?」
「戻りたいに決まっているでしょう! でもそれはそれとして眠かったのよ! あなたも逆の立場なら眠くなるはずだわ! 自分が知っている知識をゆっくりもう一度繰り返されたら眠くなるのよ」
「……自分が知っている知識? えっと、それじゃあもしかして今日の授業の内容自体は全部わかってたのか?」
「だからそう言ってるじゃない?」
何を言っているのかという顔をするファーゼを信じられず灰里が適当な質問をしてみると、見事に全部正解だった。
「……まじか。これも例の謎の紙に触れた時に得た知識ってやつか?」
心の底から謎の紙が欲しくなってきていた灰里だが、ファーゼはうーんと悩むだけだった。
「確かに知識の中にあるのもあるんだけど……教科書を読んだのよ」
「……教科書を読んだって。それじゃあ二時限目から眠そうにしてたのって」
「ええ。授業が始まる前に教科書を借りたでしょう? あれで中身を覚えてしまったのよ。おかげで授業が眠くてしょうがなくなっちゃったわけね」
……さすがは異世界の魔王ということだろうか。
一読しただけで教科書の内容を完全に把握するとは……どうやら本当に天才だったようだ。
ちなみにファーゼの教科書は今は家らしい。
どの教科書を持って来れば良いかがわからなかったそうだ。
「そ、そうなのか……まあ、授業の内容がわかっていれば寝てても良いかもな……ははは」
謎の敗北感を感じていると教室の扉が開き、九十九が入ってきた。
「やあ! 顔を見に来たよ灰里……ってどうしたの? なんだか元気が無さそうだけど?」
「いや、それがな……」
とりあえず教室で他の人の耳もあるので謎の紙の話ははぶいて事情を話すと、九十九は難しい顔になった。
「なるほどね……ファーゼさんの高すぎる能力で灰里が自分の不甲斐なさを自覚してしまったと」
「うん……って、少しはオブラートに包めよ! 事実は事実としても傷つくことはあるんだぞ!」
「あはは、ごめんごめん」
笑いながら謝る九十九に悪意がないのはわかっているので仕方なく許してやると、九十九が来てから灰里の背中に隠れっぱなしだったファーゼが邪悪に笑った。
「なるほど……そういうことだったのね。ふふふ、私の偉大さがようやくわかったということね!」
「偉大さとか、はっ」
「あっ、今鼻で笑ったわね! このっ!」
「だから首を絞めるのをやめろ! 九十九助けてくれ!」
なすすべなくファーゼに首を絞められる灰里を見て九十九は困ったように笑うだけだった。
「あはは……まさかそこまで仲良くなっているとは思わなかったよ。たしか昨日会ったばかりじゃなかった?」
「いやいやいや! 普通に話を続けようとするなよ! 親友がピンチだぞ!」
「あはは」
なんだか乾いた笑いをあげる九十九は頼れないので仕方なく自力でファーゼの腕から脱出する。
「まあ何事も無さそうで安心したよ。それじゃあ僕はこれ……で……」
九十九が笑いながら教室を出ようと振り返った瞬間、九十九の体がふらりと横に倒れた。
「お、おい! 大丈夫か九十九!」
慌てて抱きとめると、九十九は灰里の腕の中で眠ってしまっていた。
「な、なんで急に寝たんだ?」
そんなに寝不足だったのか? そんな様子は全く無かったぞ?
意味が分からず周囲を見てみると、九十九と同じようにクラスメイト達は席や床に倒れ込むように眠ってしまっていた。
これは……!
慌ててふりかえるとファーゼは灰里同様何が起こったのかわからず混乱していた。
「ファーゼ! 襲撃だ! とりあえずここを離れるぞ!」
「えっ! な、なんでよ!」
「ここにいたらこいつらまで巻き込まれるだろうが! ほら! 行くぞ!」
心苦しいが九十九を床に眠らせておき、ファーゼを連れて教室を出た。
「くそ! 無差別に襲ってくるタイプかよ! 最悪だ!」
「もう! 私にもわかるように説明しなさいよ!」
「いまそれどころじゃねえよ! とりあえず人がいないところ……屋上に行くぞ!」
「もう!」
今までの来た来訪者達は灰里に命を狙っているのだが、基本的には灰里以外の人には被害を出さないように襲ってきていた。
それはファーゼで言えば魔力のようなエネルギーを節約する意味もあるのだろうが、帰れない状況でエネルギーを失い警察等に捕まるような事態にならないように自重していた場合が多い。
しかし中には今回のように被害のことを考えず無差別に襲い掛かってくるやつもいた。
ファーゼが来る前に来ていた宇宙忍者を名乗っていた来訪者の少女なんかは当初一方的に勘違いしたあげく俺じゃなくて九十九を標的にしていた。
無関係の人を巻き込むやり方に灰里は怒りを感じ拳を強く握りしめる。