第十二話 魔王様のフィアンセ?
「それよりどうしたんだよ九十九。お前別のクラスだろうが」
「え、ああ。ほら、僕も彼女が気になってね」
九十九の視線の先にいるのはクラスメイト達を睨みつけながらも、さっきのように逃げ出すことはせず、言葉少なながらも一々質問にもちゃんと答えているファーゼの姿。
「お前が女を気にするなんて珍しいな。惚れちまったのか?」
にやにやと笑いながら言うと九十九は笑いながら否定した。
「あはは、そんなんじゃないよ。ただ灰里のことが心配だっただけさ」
「俺のこと?」
今度は灰里が首を傾げる番だった。
九十九に心配されるようなことなんて……あるか?
九十九は灰里が本気でわかっていないのを見ると、達観したような、何かをあきらめたような目になっていた。
「また君は……。いいかい? 君の厄介ごとってまたあれだろ? 異世界から君を殺しに~ってやつでしょ」
「まあそうだけど?」
頭がおかしいと思われるのも嫌なのでクラスメイト達には『来訪者』達のことは言っていないが、唯一友達の九十九にだけは事情を話しているし、何度か手助けしてもらったこともあった。
「別に大丈夫だって。ファーゼは今までのやつらよりは話せるやつだし」
「本当に?」
「ああ、もちろん。昨日なんか家に泊まったけど、何ともなかったぞ?」
昨日の放課後ファーゼと灰里を狙った謎の襲撃の話は……九十九にはしないことにした。
余計な心配をかけたくはない。
「そうか……わかった。それじゃあ僕は戻るよ、くれぐれも死なないようにね。君が死んだら僕は大事な親友を失うんだから」
「お前は心配性だよなまったく……大丈夫だよ。それじゃあな」
ひらひらと手を振り送り出すと、九十九は困ったように笑いながら教室を出ていった。
ちなみにファーゼの周りにいた男子さえ九十九がいた間は九十九のことを目で追っていた。
九十九は当然のごとく異性からも人気だし、同性からも人気なのだ。
「やれやれ、俺とはえらい違いだよな……」
九十九と話したことで眠気も飛んでしまい、頬杖をつきながら窓の外の青空を眺めていると、担任の楓先生が来て朝のホームルームの時間が始まった。
ファーゼの席は灰里の知り合いということを考慮して灰里の隣になった。
またクラスメイト中から睨まれたが……まあいつものことだ。別に気にしない。
「それじゃあ~ファーゼさ~ん。自己紹介を~お願いしますね~」
「……わかったわ」
どんな自己紹介をするつもりだ?
気になって窓の外を見ていた視線を隣に移す。
……なんだ?
ファーゼはこちらを一瞥すると口元をにやりと歪ませた。
……なんだか嫌な予感がするんだが。
かといって自己紹介の邪魔をすることもできない。
見ていることしかできない灰里の前でファーゼが堂々と自己紹介を始めた。
「私の名前はレべ・ファーゼよ。あなた達には特別にファーゼ様と呼ばせてあげるわ」
どこの世界に同級生に様付で名前を呼ばせるやつがいるんだよ!
心の中でツッコミを入れつつも、意外と大したことなかったなと思っていると、本当の爆弾が投下された。
「そこにいる世森灰里のフィアンセよ。用が無ければあまり私に話しかけないように! わかったわね!」
こ……こいつ!
ふざけんなと怒鳴ってやろうとしたが、それよりも早くクラスメイトが沸きたってしまい、あまりの騒がしさに怒るタイミングを失った。
このまま皆の前で言い争えばいたずらに混乱を広げるだけと思った灰里はファーゼの腕を引っ張り隅っこに連れて行った。
「(おい! どういうつもりだファーゼ!)」
「(ふん! いいかげん珍獣のような扱いにうんざりしただけよ! 人間ごときに一々話しかけられるのはごめんだわ!)」
「(お前なあ! だからってなんでフィアンセなんてアホな嘘つくんだよ!)」
「(こうしておけばあなたと行動しても怪しまれないでしょう? 我ながら良いアイディアだわ)」
常識の無いやつだと思っていたが……逆にこいつひょっとして天才なのでは? と思い始めた自分がいた。
もうどうとでもなれという気分になったのでそれ以上ファーゼを責めるようなことはせず席に戻った。
「もう知らねえ……」
教室のざわめきは結局授業が始まるまで収まらなかった。
教室を騒がせた犯人は机に肘をついてつまらなさそうにしていた。
本来異世界の住人のファーゼは授業を受ける必要がないのだから、やる気がないのも仕方ないのかもしれない。
そりゃあ将来絶対役に立たないと断言できる授業など誰も聞きたくはないだろう。
授業が始まるとクラスメイトの視線が一応黒板の方に向かった。
ただまだこちらを気にしている様子ではある。
とりあえずほっとした灰里は一時限目の世界史Bの授業用の教科書を取り出した。
「何それ?」
ファーゼの視線の先にあるのは灰里の教科書。
「……あん? 教科書に決まってんだろ?」
「教科書って言うの、ふーん」
こいつまじか!
一応既に二日間授業を受けていたはずだが、ファーゼは教科書すら認識していなかったらしい。
「授業の時どうしてたんだ? 先生に指名されたりしなかったのか?」
「わかりませんって言えば大丈夫だったわよ?」
「毎回か?」
「毎回よ」
灰里の感覚としては皆の前で「わからない」と言うのは恥ずかしいことだが、ファーゼにとっては別にそうでもないらしい。
まあたしかにわからないものはわからないよな……。
教科書があったところでファーゼはそもそもの基礎の段階がまるでできていないのだから答えられるわけがないのだ。
これは面倒なことになりそうだと思っていると、早速ファーゼが先生に指名された。
「それじゃあ転入生の君、教科書を読んで」
「わかりまっ」
「ごほっ! ごほん!」
ファーゼが「わかりません」と言うのを咳払いで強引にごまかし、自分の教科書を押し付けた。
「(ほらここから読め!)」
「もう……面倒くさいわね……」
指示通りファーゼが教科書を読み終わりそのまま普通に授業が再開された。