第十一話 魔王様とクラス
「クラスまで変わったのか? 徹底してるな」
「そうみたいね。同じクラスとは都合が良いわ」
昨日までのファーゼの仮の姿の真本は別のクラスだったが、本当の姿のファーゼとしては灰里と同じクラスになっていた。
生徒手帳を確認するとちゃんと『レベ・ファーゼ』という名前と灰里と同じクラス名が記されている。
「どうでも良いけど面倒事はごめんだからな」
平穏な高校生活を脅かされないようにファーゼに釘を刺しておくとファーゼは余裕たっぷりで豊かな銀の髪を掻き上げた。
「ふっ、私を誰だと思っているの? 魔王レべ=ファーゼ様よ?」
相変わらず羨ましくなるくらい自信満々なやつだった。
とりあえずファーゼを職員室へと連れて行くことにする。
ノックした後「失礼しまーす」と職員室に入ると灰里のクラスの担任の楓先生と目が合った。
「あら~、灰里く~ん。おはよ~う」
「おはようございます楓先生」
やばい……眠い!
相変わらず声を聞くだけで眠くなってくる楓先生の間延びした声に耐えるために灰里は親指の爪で人差し指を押し、その痛みで眠気を抑えることに成功した。
「楓先生。今日からうちのクラスに来るファーゼって子がですね」
「ああ~。その子の話なら~聞いてますよ~」
楓先生のとろんとした目がファーゼの方に向く。
「おはようございま~す。わたしは~あなたのクラスの担任の~三垂~楓です~よろしくね~」
「……よろしく」
楓先生が握手のために差し出した手をファーゼは無視していた。
楓先生は気分を害した様子もなく、手を引っ込めると、資料を渡し、注意事項を告げてきた。
ファーゼを連れて職員室を出るとファーゼは灰里の制服の袖を引っ張った。
「ちょっと来なさい」
「なんだよ? トイレならあっちだぞ」
「違うわよ! いいから来なさい!」
トイレじゃないならなんだろうと思っているとファーゼに人目のつかないところに連れて来られた。
一々人目のつかないところに人を連れて来ないと内緒話もできないのかこいつは……。
「あの教師は何者なの?」
「あん? 教師って楓先生のことか?」
「そうよ。あの女とても普通の人間には見えなかったけれど?」
何を言いだすんだこいつは……。
「普通の人間に見えなかった? いや、普通の人間だろ?」
楓先生はどこからどう見ても普通の人間だし、既に一年以上普通に教師をしているのを見ているのでファーゼと同じ来訪者ということもありえない。
九十九の時もそうだったがファーゼは人を見る目はないらしい。
「……そう。それなら良いわ。変なことを言ったわね」
ちっとも納得いって無さそうな顔でファーゼはクラスへと向かっていった。
「……変なやつ」
まあ異世界の魔王なので変なやつなのは当たり前か。
ファーゼを追ってクラスに戻ると、早速ファーゼはクラスメイト達に囲まれていた。
転入生は一々朝のホームルームで紹介してから教室に入る……なんて面倒なことはせず、初めから教室に入っていることの方が多い、ホームルームの時間に席を立たせて簡単な自己紹介だけをさせる形だ。
「転入生よね! どの学校から来たの!」
「名前は! 付き合ってる人とかいるの!」
「好きなタイプは!」
「俺のことどう思います!」
「か、かわいい……」
来訪者達が転入生として学校に来るとだいたいこうなるので灰里は既にこの光景に慣れていたが、ファーゼはどうしたものかわからなかったのか、戸惑った様子を見せるとクラスメイトの包囲網を強引に突破し既に自分の席についていた灰里の背中に隠れた。
ファーゼはクラスメイト達を睨んでけん制しながら灰里の耳元にささやきかけてきた。
「ちょっと……なんなのよ!」
「いや、そりゃあ新しく美少女の転入生が来たらこんなもんだろ?」
当たり前の事実を指摘しただけの灰里の言葉を聞いてファーゼの顔に赤みがさした。
「美しょっ! きゅ、急に何を言うのよ!」
「え? 変なこと言ったか?」
「だから! 美少女転入生って!」
「ええ……だって事実だし……」
ファーゼはなんで急に怒ったのだろうか?
事実を事実として言っているだけで、褒めているわけでも貶しているわけでもないにも関わらずファーゼは責めるように腕で灰里の首を絞めた。
「私をからかっているのね! 許さないわよ!」
「からかうってなんだよ! 離せ! 苦しい、苦しい!」
ファーゼの腕から逃れ息を荒げていると、どうにも教室が静かなことに気が付いた。
……またやっちまったか。
恐る恐るクラスメイト達の様子を確認すると、全員が灰里へと憎悪にも似た感情の乗った視線をぶつけてきていた。
来訪者達はだいたいが灰里の知り合いなので見知らぬ人間の多い場所に放り込まれた場合灰里を頼ってしまうのは仕方がないことだと思うのだが、そんなことは知らないクラスメイト達からは一々目の敵にされてしまう。
「はあ……まあ聞け」
ため息をつくと、とりあえず一々何かあったらファーゼが灰里の元に来るような事態を避けるためにファーゼを説得しておくことにした。
「何よ」
「こいつらは単にファーゼと仲良くなろうとしているだけだ」
「ふーん。とてもそうは見えなかったわ。そうね……新しいペットを飼ったばかりで構いたがる迷惑な飼い主……みたいな感じね。そして仲良くなろうってあなたは言ったけど、そうじゃなくて仲良くしてやろうっていう上から目線な感じもするわ。とても不愉快よ」
ファーゼはクラスメイト達を睨みながらそう言うと、クラスメイト達は顔を青ざめさせた。
多少は自覚があったらしい。
ファーゼの言っていることも別に間違ってはいないのでそこを否定することはしない。
「まあ、そうかもしれないけどさ。悪いことは言わねえからなるべく仲良くしとけって、それで助かることもあったりするしさ」
「……あなたがそう言うのなら……いいわ」
話が丸く収まってくれて良かった。
ファーゼをクラスメイトの方に追いやり、窓際の一番後ろにある自分の席につく。
クラスメイト達は先ほどのやり取りを聞いていたおかげか先ほどよりは冷静ながらファーゼに話しかけていた。
この分なら友達ができるのも早そうだ。
そしてファーゼに友達ができれば灰里が余計な世話を焼くことも少なくなるはずだ。
「さて……まだ早いし少し寝るかな……」
ファーゼがいなくなったことで眠気がやってきた灰里がそのまままぶたを閉じると、不意に耳元から声が聞こえてきた。
「おはよう灰里」
「うおぅ! びっくりした! なんだよ九十九か! びびらせんなよ!」
「あはは、ごめんね」
女の子のように目の前で手を合わせて謝ってきたのは九十九だった。
男子の制服を着ているれっきとした男のはずなのに、何故か見ただけで男装の麗人という言葉が思い浮かんでしまう。
「お前はほんとに女に見えるな」
「もう、言わないでよ。僕だって気にしてるんだから」
「はは、悪い悪い」
腰に手を当てて頬を膨らませ怒っていますという露骨なアピールをするその姿まで女の子に見えてくる。
「お前が女だったら男が放っておかなかっただろうな」
「そうかな?」
本気で首を傾げている九十九に灰里は苦笑するしかなかった。