第九話 新たな法則
早朝に目を覚まし、ファーゼをたたき起こす。
ファーゼをファーゼの家まで送ってから学校に行くためだ。
元々灰里の高校の同級生に擬態していたファーゼだが本当の姿になった今さすがにこのままで学校に連れて行くことはできそうにない。
見た目で騒がれなくなるというよくわからない世界のルールがあるといっても限度はある。
そしてファーゼを灰里の家に一人で残しておくわけにもいかないので、結局ファーゼの家まで送ることにしたのだ。
朝の清々しい空気を吸いながら外を歩くと灰里は気分が良くなってくるがファーゼはそうではないらしく眠そうに目をこすっていた。
「眠いわ……」
「もう十分寝ただろう? それに眠いなら自分の家に帰ってから寝れば良いだろ?」
ファーゼは高校に行く必要もないので別に寝ていても問題はない。
それを指摘してやっていると、車道を挟んで向かいの歩道に見知った顔を見つけた。
「九十九! おはよう! こんな時間にどうしたんだ?」
「やあ灰里。おはよう。僕はこれから早朝ランニングだよ。……灰里? その子は?」
上野九十九、中世的な顔立ちの美少年で、高校でできた灰里の友達だ。
九十九の視線がファーゼに移ったのを見て灰里は頬を掻いた。
「えっと、まあ厄介ごとっていうか……」
「ああ、いつものね。……それじゃあ君が今日から来る転入生なのかな? 僕は灰里の親友の上野九十九です。よろしく」
言いづらそうにした灰里の様子を見て色々と察したらしい九十九はさわやかな笑みを浮かべてファーゼに挨拶をした。
ちゃっかり親友を名乗るのもいつものことだ。
「……よろしく」
ファーゼも一応挨拶だけは返すと、灰里の服の端をつまんで九十九から少し離れた位置に灰里を引っ張った。
「なんだよ? どうしたんだ?」
「あいつは一体何者なの!」
「何者って言われてもな……普通の高校生だろ?」
九十九を見ると、九十九は灰里達のことを気にした様子もなくストレッチをして灰里達を待っていた。
「普通……まあ確かに一見普通だけど……なんとなくだけどあいつはやばい気がするのよ。そうね……いつ暴れるかわからない魔獣の前にいるような感じを受けるわ」
「なんだそりゃ?」
ファーゼのよくわからない例えにため息をつくと、ファーゼを置いて九十九の元に戻った。
「悪いな。なんかあいつ九十九のことが苦手みたいだ」
「あはは、嫌われちゃったか。それじゃあ僕はもう行くよ。灰里も遅刻しないようにね」
「おう! それじゃあ学校でな」
九十九がランニングに戻ると、距離を取ったままだったファーゼも灰里の隣に戻ってきた。
「あいつは女なの?」
「いや、男だぞ。俺も最初見た時は女かと思ったけどな」
「そう、正直男には見えないわね」
「まあな、ただ男子トイレに入っているところも着替えているところも、下着になったところとかも見てないからな、本当に男かどうかは実はわからないかもな」
「……ふーん」
ファーゼは九十九が去っていった方向を睨みつけると、先に立って歩き始めた。
とりあえず九十九のことはもういいらしい。
「そう言えばさっきのあいつが転入生とか言ってたけど何なの?」
どうやらファーゼの中で九十九の呼び方は『あいつ』になってしまったらしい。
悪いやつではないはずなのだが、何が気に入らなかったんだろうか。
それはそれとしてファーゼのもっともな疑問に灰里は困ったように眉根を寄せた。
「たぶんだけど……ファーゼ、お前転校生になったっぽいぞ」
「……話が見えないのだけれど?」
「俺も良くはわかってないんだけどな? ルールっていうか……」
ファーゼ達来訪者は灰里と接触した段階で、周囲の人間から違和感を持たれることがなくなるという法則があるが、ファーゼには言っていなかった法則がもう一つあった。
灰里と接触した来訪者は翌日から転入生として灰里の学校に生徒として通うことができるように勝手になっていて、制服やら教科書やら生徒手帳やらが朝学校に行く前に灰里の家の玄関前に大きな段ボールに入って置かれているのだ。
常識的に考えればまあありえないことなのだが異世界からの来訪者が来ている時点で常識とか言っていてもしょうがないので灰里は既にその辺に関しては深く考えるのをやめていた。
「今までのパターンだとファーゼの家に書類とか色々運ばれてるはずだぞ」
「……そんなばかなことあるわけが……あるかもしれないわね」
何かを思い出したのか何故か急に納得した様子のファーゼを灰里は怪訝な顔で見た。
「何で急に納得したんだ?」
「私がこの世界に来てすぐのことよ……」
それからファーゼが語った内容は今までの来訪者達と少し違っていた。
ファーゼがこの異世界に来たのは『招待状』を受け取ったかららしいが、それは他の来訪者達と同じ。
招待状にはこの世界の色々な知識を触れただけで習得できる謎の紙のようなものが同封されていたらしい。
招待状の続きを読むと、この世界に来る為の方法が丁寧に記されていたようだ。
そして同封されていた最後の紙にはこう書かれていたらしい。
『異世界にて世森灰里を殺す、もしくは手に入れた者は世界を己の色に染められる』
世界を己の色に染めるとはつまりその世界を手に入れるということだと解釈したファーゼがこの世界に来たのが三日前。
ファーゼが世界を渡った先にあったのは一軒家。
その一軒家がファーゼのこの世界での棲み家であり、生活のためのあらゆる準備が整っていたという。
ファーゼがしたことは軽く周囲を歩き自分の知識が確かかどうかを確認すること。
注目を浴びることがわかったのでこの世界で一般的なレベルになるように容姿を魔力を使って変化させた。
翌日は早朝から高校に行ってみたらしい。
招待状に同封されていた謎の紙に触れて得た知識の中には灰里についてや高校についての情報もあったようだ。
真本として普通に高校に通えることを確信した後、灰里の様子を確認して、昨日ようやく灰里と接触したわけだ。
「えっと、つまり元々ファーゼはよくわからないやつからの招待に応じてこの世界に来て。そしたら色々と準備されていた……みたいな感じか?」
「そういうことね。だから私が転入生になるための準備が整っているって言われても納得できるわけ」
「なるほど……」
今までの来訪者達からはそこまでの話は聞いたことがなかった。
家は用意されていないし、灰里に出会う前から高校に通うことにもなっていなかった。
もしも来訪者の全員がそんな状況でこの世界に来ていれば灰里が今までしてきた苦労は半分以下になっていただろう。