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The Legend of Dadegea 第2部 亡国の雪  作者: 鷹見咲実
第1章 魔道の都の少年
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8.「無謀な試み」

 ●【8.「無謀な試み」】


 宿の女将は唖然としていた。


「……冗談言うもんじゃないよ。坊ちゃん」


 女将は顔を引きつらせている。


「眷属ってそんなに恐ろしいんですか?」

「そりゃもう……坊ちゃんはソーナ族の偉い魔道士さんかもしれんが、眷属を倒すことはゆるくないさ。まず、あの毒気に耐えられないよ」

「眷属の毒気ってそんなに厳しいんですか?」

「そうだよ。あたしら人間は眷属の間近に近づいただけで失神する。坊ちゃんたちソーナ族はそれでも多少耐性があるようだけど、やっぱりあんまり近くには寄れんと聞いたことがあるよ」

「へえ……」

「間近に寄っても平気なのはネッカラ族だけさね」


 フィンは少し考え込む。

 まず、眷属の毒気がどういうものであるか知り、毒気対策をしたほうがいいだろう。


「ね。悪いことは言わんからトラピネップに行くのはおよしなさい。坊ちゃん」

「わかりました」


 フィンはにっこり笑って言った。

 女将はほっとした顔をした。


「では代わりに本屋の場所を教えてください。本を買いにいきたいんです」


 これ以上この女将から情報を聞こうとしても無駄だとフィンは判断した。

 ならば、自分で探すのみ。


 無鉄砲な試みだと判ってはいても。






 教えてもらった本屋で、眷属について書かれてある本をフィンは一冊買った。

 本屋の近くにあった小さな食堂で暖かい飲み物を飲みながら、フィンはその本を読む。


 眷属は竜王ユズリの古い鱗のなれの果て。


 竜王の中で唯一の雌竜であるユズリには、他の竜王と違う点がひとつだけある。


 ユズリは定期的に古い鱗を落とし、美しく若々しい体を保つのだ。古い鱗を落とすと、新しい鱗が生えてくる。

 ユズリの体から落ちた古い鱗の殆どは魔力を帯びないただの鱗で、ホロヌカヤの雪に深く埋もれ、やがて雪に溶けてしまうが、中にはユズリの魔力を強く残したまま抜け落ちる鱗がある。

 それが長い時を経て変化したものが眷属だ。


 ユズリが意図的に作った知性ある人間と違い、勝手に命を持った鱗は、本来のユズリの荒々しい部分が濃縮されているといわれ、その姿は禍々しく、また性質も荒ぶる竜の凶暴性がそのままだ。

 ユズリは体の不調や、長い年月の間に溜まった毒や、負の力、体によくないもの等を古い鱗と共に落とし、心のと体の健康を保つという。

 そのためか、命を持った古い鱗はユズリの感情に激しく反応し、特に怒りや嫌悪の感情によく反応するため、ユズリが機嫌を損ねると眷属の動きが活発になると言われている。


 また、眷属はユズリの体に溜まっていた負の部分を溜め込んでいる存在なので、その体から激しい毒気を発している。

 その毒気に当たると体は麻痺し、失神する。小さく弱い動物などはその場で命を落としてしまう。


 ただし、例外があり、魔力の鱗から作られたソーナ族と、ユズリの体の中で最も不純物が少ない爪の側の鱗から作られたネッカラ族のみは毒気に耐性を持つ。

 完全に毒気を無効化できるのはネッカラ族のみであり、ソーナ族といえど、毒気を浴びつつけていればやがて麻痺し、失神する。

 ソーナ族がこの毒気を完全に無効化するためには、その体に『雪の障壁』を張る以外方法はない。


「……雪の障壁かあ……確か四大元素を利用した防御術だったような……」


 防御術は白のローブの魔道士の専門だ。

 フィンはどちらも使えるスペルマスターだが、どちらかといえば攻撃術寄りの性質で、防御術は苦手なほうだ。


 フィンは鞄から覚書として持ってきた参考書を取り出すと、障壁防御術を調べてみる。


「あった……雪の障壁……」


 その術自体はさほど難しいものではないが、長時間の集中力を必要とするので、あまり長く使用していると疲れてしまう。


「うーん……面倒だなあ……集中力の持続は僕が一番苦手としてるものだし……」


 フィンは少し眉をしかめると、イライラしたように指先で机をトントン叩いた。


 だが、考えようによってはこれはいい修行になる。

 これが上手く扱えるようになれば、試験に大変有利だ。


 要は、もしも眷属に出会ったら、逃げ切る、もしくは倒すまでの間、この術で自分の体を守れればいいわけだ。

 もちろん、逃げるのが最優先だが、場合によっては倒せるかもしれない。

 ネッカラの戦乙女にしか倒せないと言われる眷属を倒すことができれば、これ以上の成果はない。


 フィンの心の中には焦りが芽生えていた。

 正直なところ、一年間何をすればいいのかがまだ見えていない。

 イズニー先生は経験と見聞を広めよとフィンに言ったが、経験と見聞などという抽象的な課題はフィンにとっては今までのどんな課題よりも難しい。

 一年後のマスター試験のことも気になる。


 なにか行動を起こさなければならない。

 何も成さずに一年間を過ごすより、無謀とも言える試みでも、試みるだけましではないだろうか?


 思い立ったらすぐ行動。

 フィンは意外に思い切りがいい性格だった。

 その日のうちにフィンは一頭のユクルを調達し、さらに北へ向かうための防寒具と食料、地図等を揃えた。

 そして、翌朝にはユズリカムサを出て、トラピネップへ向けて街道を北へ進み始めた。





 ユズリカムサを出て暫くは順調だった。

 街道は煉瓦で舗装され、雪避けがされていたし、調達したユクルは気性の優しい雌のユクルで、初心者のフィンでも数時間ほどで乗りこなすことが出来た。

 三日目ぐらいまでは街道沿いの竜王堂に泊まる事が出来た。


 ユズリカムサを出て四日目。


 街道はそろそろ険しくなってきた。

 道は雪に埋もれ、ユクルに乗らなければとても先に進めないほどの雪に覆われていた。


 雪に殆ど埋もれた道標がフィンの前に現れた。

 街道はここで分かれていた。


 東へ進めばオイトベッツの港。ホムル経由からの船が着く港街。

 西へ進めばサロベの集落。ホロの西の最果て。

 北へ進めばトラピネップ。その先に聖地ホロヌカヤ。


 フィンは迷わず北へ進む。



 前が見えない吹雪の悪天候。

 あたりは灰色一色。

 厚い雪雲に覆われた空は晴れることがない。いまが何時ぐらいなのか、時間の感覚もわかりにくい。

 朝、竜王堂を出てから相当の時間が過ぎている。

 昼食を取ったのが随分前。

 もうそろそろ夕刻だろう。トラピネップに近い最後の竜王堂まであと少しの筈。


 しかし、息も出来ないほどの吹雪が北の方角から容赦なく吹き付ける。

 雪に強いユクルの足が覚束ない。

 これは一度引き返すべきだろうか?フィンは先に進む自信がなくなってきた。


 その時だ、ユクルが急に足を止めた。


「どうした?」


 フィンはユクルの角をぐいと引っ張る。

 これは前進せよの合図。しかし、ユクルは一歩も先に進もうとしない。


 嫌な予感がした。


 ユクルは何かに脅えるようにその場に足を折り、座り込んでしまった。


「どうしたんだ?おい!」


 グオォォー。


 獣の咆哮が真正面から聞こえた。


「……あれは!」


 白い世界。

 灰色の闇。

 凍える風景。


 フィンの視界に一頭の獣の姿が現れた。


 風になびく純白の毛皮。

 狼のような体躯。

 金色に光る瞳。竜に似た頭部。

 眉間の黒い角。


 その姿は間違いなく、ホロの人々が恐れる禍々しい生き物。


 ユクルが動けなくなったのはその毒気のせい。



 ━━━━━━━ 眷属



 背筋に嫌な寒気が走る。


 手が動かない。

 詠唱をする唇が動かない。

 喉の奥から声が出ない。


 これが毒気。


 ゆるゆると体の自由を奪う穏やかな毒。


 下手に耐性があるゆえに、その恐怖は緩やかで、そして苦しい……。


 これでは逃げる暇がない……。

 体は動くのに、とてもその動きは鈍い。


 眷属はゆっくりとこちらに近づいてくる。



 フィンは生まれて初めて経験する、死の恐怖にただ、なす術もなく立ち尽くすしかなかった。

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