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The Legend of Dadegea 第2部 亡国の雪  作者: 鷹見咲実
第1章 魔道の都の少年
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7.「困惑」

 ●【7.「困惑」】


 フィンがサマクイルを超えたのは、そろそろ日が西に傾こうかという頃だった。


「坊ちゃん。おいらの案内はここまでだ」


 チニはそう言ってフィンをノカの背から降ろした。


「ありがとうございます。助かりました」


 フィンはチニに向かってぺこりとお辞儀をした。


「なんもさ。商売だからな」


 チニはにこにこ笑っている。


「この道をまっすぐ行けば広くて大きなユズリカムサ街道へ出る。あとは街道を真っ直ぐに歩くだけだ。夜になるまでにはユズリカムサに着けるはずだよ」

「はい」

「トラピネップはまだまだその先だ。ユズリカムサで準備を整えてから行くとええよ」

「トラピネップまではそんなに遠いんですか?」

「そうさな……ユクルに乗って五日ぐらいかかるかな」

「そんなに?」

「ああ。なにせ北に行くほど聖地ホロヌカヤに近づくからな……ホロヌカヤに近くなればなるほど雪が深く、旅が困難になるでな……まあ、近いったってトラピネップからホロヌカヤまではかなりの距離があるけんどもさ」


 聖地ホロヌカヤ。

 竜王ユズリの住む聖なる山だ。

 通年を通して雪がやんだ事のない永遠の豪雪地帯。


 不安そうな顔をしているフィンを元気付けるようにチニは言う。


「心配せんでも大丈夫さね。まさかホロヌカヤに登るわけでもなかろうや?」

「それはそうですけど……」

「寒さ対策と、眷属にさえ気をつければ危険なことはないよ。ただ、夜は出歩かんほうがええ。危ねえからな……まあ、あのあたりには竜王堂も多いから、日暮れが近づいたら近くの竜王堂に助けを求めるとええよ」

「はい。いろいろ教えてくれてどうもありがとうございます」

「なんもさね。んじゃ、気いつけてな」

「はい」


 チニはノカの背に飛び乗ると、もと来た方角へあっという間に駆け去ってしまった。

 フィンはチニの後姿をしばらく見送っていたが、やがて街道へ向けて歩き始めた。





 フィンがユズリカムサへ到着したのはすっかり日が暮れた後だった。

 夜は体が動かなくなるほどの寒さで知られるホロだが、都市部であるユズリカムサ界隈は人家が多かったり、灯りがともされているせいか身の危険を感じるほどの寒さではない。

 宿を決め、暖かい食事にありついて、フィンはほっと一息ついた。


「トラピネップへ行くにはどうしたらいいですか?」


 宿の女将にフィンは尋ねてみた。


「トラピネップ?そんなとこまで何しにいくんだね?坊ちゃん」

「ネッカラ族に逢いたいんです」

「おやまあ……坊ちゃんも観光客かね?」


 宿の女将は困ったように溜息をついた。


「え……いや、観光というわけでもないんですけど……でも、やっぱりこれも観光なのかな……」


 フィンはばつがわるくてぶつぶつ独り言を言う。


「最近多いんだよ。ネッカラの戦乙女を見るのが目的でトラピネップへ行こうとする観光客が」

「……そ、そうなんですか?」

「そうさね。まあ、ネッカラの戦乙女はそりゃもう美人揃いだし、見たいっていう人が多いのはわかるんだけどもさ……」


 女将の口ぶりが迷惑そうなので、フィンは少し不安になる。


「何か、あったんですか?」

「ユズリカムサからトラピネップにかけての眷属の数が最近増えてきたんだよ……襲われ、無残に殺される者が後を絶たない……しかもその半数以上が観光客だ。以前はこんなことはなかったのに……」


 女将は溜息をつく。


「どうしてそんなことに?」

「ホムルのキャラバンのせいさ」

「キャラバンがどうして?」


 ホムル王国のキャラバン隊。

 ホムル国営の世界規模の隊商だ。

 世界各地を巡り、各国の特産物を携えてやってくる。ホロには春から夏にかけてしか訪れないが、その影響力は大きく、ホロにとっても既になくてはならないものになっている。


「五年ぐらい前のことかねえ……ホムルのキャラバン隊が、ネッカラ族の娘を一人、ホムルへ連れ帰ったことがあってね。それ以来さ……」

「それと眷属が何か関係が?」


 どうしてそこでホムルのキャラバンの名前があがるのか?フィンは不審に感じた。


「ホムルのキャラバンがあの娘を連れて国外へ出なければこんなことにはならなかったのに……」


 女将は少し苦々しい顔をする。フィンはなんだか嫌な予感がした。


「まさか……誘拐?」


 おそるおそる聞いてみたが、女将は笑って首を横に振った。


「いんや。娘の方も一度国を出てみたかったんだろうさ。自分からついていったそうだ。しかし、ホムルといえば暑い国だろ?ネッカラの娘にはあちらの気候はとても耐えられんかったらしく、ホムルに着いてしばらくしてから亡くなってしまったんだよ」

「かわいそう……」

「自業自得さ。ホロのもんは寒いところに適した体に生まれついてんだ。気候のいいミヅキやオルステインならともかく、ホムルの気候はホロのもんにゃ過酷さね。ましてやネッカラ族は私たちよりさらにユズリ様に近いのだから、雪を溶かす暑い気候はもっての他なのに……」


 女将はそう言って腕組みをする。


「彼女たちは雪の中でしか、生きられないんですか?」

「気候が温暖な地域なら、体調に気をつければ生きてはいけるけどね……でも常夏のホムルじゃ厳しいよ」


 女将は今度は溜息をついた。


「でもって、その亡くなったネッカラの娘をホムルで見たホムル人を始めとする大勢の観光客がそれ以降トラピネップにやってくるようになったんだ。戦乙女たちは見目麗しいからね、助平心を出した男どもが鼻の下を伸ばしながらやってくるわけさ。中にはネッカラの娘たちをかどわかして連れ去ろうとする不届き者もいるけど、そっちはことごとく返り討ちに逢ってるよ」

「へえ……」


 女将はため息をつき、顔をしかめる。

 本当に迷惑そうだった。


「まあ、そういうことがあって以来、眷属は増える一方さね……ユズリ様がお怒りなんだろうさ……たぶん」

「竜王ユズリが?どうして」

「ユズリ様のご機嫌が悪くなると眷属の数が増える……ホロじゃ常識だよ。たぶん、見世物でも見にくるように気軽に戦乙女のもとへ行こうとするよそ者が、ユズリ様は気に入らないんだろうね」

「……そうなんだ」

「しかも、戦乙女たちは最近はよそ者を嫌ってトラピネップからあまり出ようとしない。そのせいで眷属が出ても、倒せる者が居ない……彼女たちはただでさえ気難しいのに、さらに機嫌を損ねているからね……私たちも迷惑なんだよ」

「そうだったんですか」

「だから、坊ちゃん。悪いことは言わないから、トラピネップへいくのはおよし」

「……はあ……」


 フィンは困惑する。

 もともと曖昧な目的で来たのだ。このあとどうすればいいのだろう?


 せっかくホロまで来て、何もしないで帰るわけにもいかない。

 ホロの人々が恐れる眷属とはどういうものなのか、そして、眷属を倒せる唯一の存在である戦乙女にも俄然興味が湧いてきた。


「あの……」

「なんだい?坊ちゃん」



 ━━━━━━━ 「眷属って本当に戦乙女じゃなきゃ倒せないんですか?」

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