10.「服従」
●【10.「服従」】
ゾーラの街門は、いつもと変わらず賑わっていた。
街道を行き交う人々、門前の露店、荷物を沢山積んで行き交う馬車。
肌の色、瞳や髪の色が違う人々がひっきりなしに行き交う。
ソーナと交易を行う国々は多い。
主に近隣のミヅキやホムルとの交易が盛んだが、ホロや、海を越えて彩岩楼皇国からも商人が訪れる。
雑多な容姿の人々がすれ違い、様々な言葉が飛び交う街道をまたぐようにしてゾーラの街門があった。
そして、その人ごみの中にひときわ目立つ影があった。
見目麗しいネッカラ族の若い女が一人、街門の側に佇んでいた。
風になびく長い髪は陽の光を受けて輝く純白。
透き通るような白い肌。
額と頬に赤い呪術模様の入れ墨。古代のネッカラの言葉をモチーフにしたその入れ墨は、当然誰にも読めるものではなかった。
見事なプロポーションはひときわ人目を引き、道行く人を振り返らせる。
しかし、ネッカラ族の最大の特徴のひとつである深紅の瞳はくすんだ暗い赤だった。
だが、それが彼女を一層神秘的に見せていた。
彼女に声をかける者もいたが、それは殆どが物売りや、物珍しさから彼女と話をしようとする者、あわよくばこの美しい女と親しくなりたいと考えた下心を持つ男たちなどであったが、彼女はそれらをことごとく一蹴し、まるで誰かを待っているかのようにずっとそこに立ち続けていた。
朝、シャーロッテは目覚めてすぐ、『街門へいかなければ』という強迫観念にも似た強い感情に突き動かされていた。
自分でも戸惑うほどその思いは強くて、シャーロッテは不安になった。
とにかく街門へ行ってみればわかるかもしれないと、彼女は不安で爆発しそうになる気持ちをどうにか押さえつつここへ来たのだった。
女のことは一目でわかった。
見た事もない美しい異種族の女を目にした瞬間、「ああこの人が私の会うべき人だ」と確信を持ったのだ。
この女の事をシャーロッテは全く知らなかった。
だけど、何故か彼女はこのネッカラ族の女に会わなければならないと自覚していた。
イズニーによってこっそりと暗示が刷り込まれてしまったことに、シャーロッテは気づいていない。
シャーロッテはその女におずおずと近づいた。
「あ……あのぅ……」
シャーロッテは蚊の鳴くような小さな声で女に話しかけた。
女は視線だけを動かして、シャーロッテをじっと見つめる。
「……あの……私の事、わかるでしょうか……?」
自分でも妙な質問だと思いつつもシャーロッテは相手が何か言い出す前に先に続けた。
「す……すみません!変な事言って……あの……私、どうしてもあなたに会わなきゃいけない気がして……その……えっと……」
その先がどうしても続かない。
会わなきゃという気持ちは強かったのに、いざ会ってみると、なぜこのネッカラの女に会わなきゃいけなかったのかがどうしてもわからなかったのだ。
「あんた、シャーロッテ・グラン?」
「はっ……はい!」
シャーロッテは急に名前を呼ばれて驚き、思わず裏返ったような声を上げる。
女は目を細め、唇の端を上げ、思わず言葉を失うほどの美しい笑みをシャーロッテに投げかけながら言った。
「知ってるよ。あんたを待っていたのさ。シャーロッテ」
シャーロッテは女に連れられ、一件の宿屋に入った。
「ここに宿を取っているの」
通された部屋は女の取った宿屋の部屋の一室だった。
おそらくその宿の中でも一番上等の部屋だろう。
清潔なベッドと落ち着いた品のいい調度品がそれを感じさせた。
「そこにでも座ってて」
女はベッドを指差した。
シャーロッテは言われるがまま、ベッドの上に腰掛けた。ふかふかの羽毛の感触が心地よかった。
自分でも理解不能な妙な感情に引っ張られ、見ず知らずの女に誘われるままこんなところまで来てしまうなど、いつものシャーロッテでは考えられない行動だった。
「あの……」
シャーロッテはやっと口を開くが、言葉が続かなかった。
何か聴きたいことがあったのに、どうしても言えなかった。
「……あの人ったら、こんなかわいい子になんて酷い暗示をかけたんだろう……可哀想に」
ため息混じりにそうつぶやいた女は、自分の荷物の中から何やら小さな袋と何か細長いものを包んだ包みを手にしてシャーロッテに近づいて来た。
そして、シャーロッテの隣に腰掛けると、耳打ちするような低い声でシャーロッテに囁く。
「大丈夫。あんたはね、あたしに会うように暗示をかけられただけさ。そして、何も余計な事をきけないようにもね……」
女はシャーロッテにその美しい顔を近づける。
シャーロッテは思わず体を後ろに引いたが、すぐにのびて来た女の腕に引き戻された。
「あたし、目が悪いんだよ……こうしていないとあんたの顔がよく見えない」
そう言いつつ、女は小さな袋から一粒の丸薬を取り出した。
「さあ、シャーロッテ。これをお飲み。楽になるから」
「……嫌です」
シャーロッテは首を横に振る。
「あんたは拒否出来ないよ……」
そう言うと、女はいきなりシャーロッテをベッドの上に押し倒し、その喉を押さえつける。
「く……苦しい」
シャーロッテは精一杯の力で暴れたが、女の力は外見に似合わず強かった。
女はシャーロッテの口を無理矢理こじ開け、丸薬を放り込むと手のひらで口を塞ぎ、同時に締め付けていた喉を解放した。
「うぐっ!」
シャーロッテは抵抗していたが、ついに薬を飲み込んでしまう。
激しく咳き込み、涙目になったシャーロッテは女に訴える。
「な……なんでこんな酷い事するんですか」
「だって、飲んでと言っても素直に飲んでくれなかったでしょう?」
女はこともなげにそう言う。
「私に何を飲ませたんですか!」
「心を落ち着かせる薬だよ。それを飲まなきゃ、多分あんたはこれから自分がやることを知ったらきっと自分で自分の命を絶つぐらい落胆するはずだから……」
「どういうこと……」
シャーロッテが言い終わる前に女は丸薬の袋と一緒に持って来た包みを解くと、シャーロッテの手に強引にそれを握らせた。
「……っあ……」
シャーロッテの瞳から再び光が消え、彼女は瞬時に人形のように大人しくなった。
「……イズニーって本当に人でなし。こんな可愛い娘に酷い暗示を深くかけるなんて……」
女はため息をつくと、茫然自失状態のシャーロッテの両肩に手を置いて、優しい声で言った。
「その短剣であんたの幼なじみ、フィン・リンドの胸を刺すんだよ。確実に殺すんだ」
シャーロッテはこくりとうなづいた。
「いい子だね」
イズニーがシャーロッテにかけた暗示は酷く深いものだった。
女を訪ねて街門に行かせたあと、短剣を手渡され、それでフィンを殺すまで彼女にかけられた暗示は解けない。
そして、暗示から目覚めた彼女は、幼なじみを自らの手で殺した事を知れば、おそらく正気ではいられないだろう。
自ら命を絶つか、発狂する。
姉の死をわざと衝撃的に知らせ、ただでさえ弱った心にこの第二の打撃は大きい。
繊細な少女の心は一瞬で壊れるだろう。
彼女はイズニーのそういう残虐さは理解出来ない。
復讐の相手ですらない、関係のない人間にそこまでの仕打ちをする必要はないと彼女は考えていた。
だから、暗示から解けたシャーロッテが少しでも心を落ち着かせられるよう、効果が遅くに現れる安定剤を処方し、彼女に飲ませた。
気休めにしかならないだろうが、巻き添えを食うことになってしまったこの哀れな少女を少し楽にしてやれればと思う彼女の僅かながらの誠意だった。
魔道を使うソーナ族の少年は簡単に殺せない。
油断させて、一瞬で命を奪うにはこれしか方法が無かった。
「行こうか、シャーロッテ」
「はい」
シャーロッテは無表情に立ち上がる。
「ああ、あたし、あんたにまだ名乗ってなかったね……あたしの名前はカムラ・カユル」
「……カムラ・カユル……」
シャーロッテはおうむ返しのようにつぶやく。
「そうさ。じゃあ行こうか……決着をつけに」




