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The Legend of Dadegea 第2部 亡国の雪  作者: 鷹見咲実
第3章 汚名
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9.「黒い暗示」】

 ●【9.「黒い暗示」】


 その夜のリンド家の食卓は、永遠とも思えるほどの長さの沈黙に包まれていた。

 ナイフとフォークがぶつかる微かな音すら大きく響くほど、そこに会した一同は無言だった。

 それぞれ、目の前に置かれた料理の皿を、ただひたすら空にするだけの作業をしているかのようだった。


「……竜王は、本当に鏡湖にいらっしゃるのか……」


 最初の一言はフィネガスの嘆きだった。

 そのつぶやきに応える者は誰もいなかった。


「竜王はなぜ、フローリアを救ってくださらなかったのだろう……」

「それは……」


 何かを言いかけたピリポをフィンが無言で制した。

 ピリポの目をじっとみつめ、首を横に振るだけだったが、ピリポははっとして、それ以上の言葉を繋げる事をやめた。

 あの後、アデラードは一言も話す事はなく、フィンたちと共に鏡湖まで戻った。

 そしてアデラードは最後に、フィンたちに言ったのだった。


「竜巫女を失った私は、必ず女神の裁きを受けるだろう……その時は、おそらくソーナも無事では済むまい……国を滅ぼす事になってしまうかもしれない」


 フィンとピリポは何も言えずただ、その場に立ちすくむばかり。


「できれば、そんなことはしたくない……だが……私とて、女神の剣には逆らえない」

「アデラードさん。そんなこと、言わないでください」


 ピリポが思わず叫ぶ。


「アデラードさんは誰よりもソーナを愛してる。そんなあなたが国を滅ぼすなんて私には思えません」


 するとアデラードはフィンとピリポの目をじっと見て、薄く微笑んだ。


「せめてもの慰めは……私の命を絶つ剣が、君たちであったことだな」

「アデラードさん……そんな……」


 ピリポが激しくかぶりを振った。


「嫌だ!そんな事言わないで」


 しかし、アデラードはそれには答えず、ピリポに向かって微笑むと、鏡湖の水中に姿を消した。

 竜王アヴィエールは覚悟している。

 裁きの時に自分が断罪される事を。

 どうして……どうしてこんなことになってしまったのか?




 食卓の席は相変わらず無言で、重々しかった。

 いたたまれなくなったフィンは早々に席を立ち、ピリポがそれに続いた。


「子供たち、ショックだったんでしょうね」


 フォーラが心配そうな顔をする。


「あの子たちにフローリアが死ぬ所を見せなくてよかったよ……」


 フィネガスは小さな声で言う。手に持ったフォークが小刻みに震えている。


「……なにも、魂まで消滅させなくても……」


 フィネガスは何度もそうつぶやく。


「陛下は本当に恐ろしい方だ……私は……恐ろしい」

「大丈夫ですよ……」


 フォーラはうなだれている夫の側にそっと寄り添うと、少し震えている彼の肩にそっと手を置いた。


「今はただ、フローリアの為に祈りましょう……あなた」

「……そうだな」




「姉さんが?……うそ……」


 シャーロッテはもたらされた知らせをまだ信じられずにいた。

 彼女の父は無言のまま、母は泣き崩れている。

 取り乱す母を父はなだめながら別室に連れて行く。

 シャーロッテはまだ信じられないといった表情で、まるでにらむようにイズニーを見ていた。


「お願いです。嘘だと言ってください。先生」

「嘘ではない。竜巫女、フローリア・グランは処刑された」


 イズニー教授は否定しなかった。

 しかし、シャーロッテは納得しない。


「違うわ!嘘よ!……だって……」


 フローリアは必死で言葉を探す。

 否定の言葉がぐるぐると頭の中を回るが、どの言葉も姉の死を否定してはくれない。

 彼女は目の前にいる恩人である、イズニー教授の言葉を嫌でも信じなければならないという事実に激しく戸惑い、そして認められずにいた。


「なぜ?なぜ、竜巫女である姉さんが処刑されなきゃならないの!」

「ラドリアス王が竜王と竜巫女を否定したからだ。フローリアは最後まで信仰を変えなかった。立派な最期だったそうだ」

「いや……嫌よ……そんなの信じないわ!そんな筈ないわ。もしも、教授の言う事が本当であっても、姉さんには竜王がついているはずよ!竜王が姉さんを助けないなんてことありえない!」

「竜王は竜巫女を見捨てたのだ」

「嘘よ!」


 シャーロッテは絶叫し、泣き崩れた。


「とにかく、フローリアが死んだ今、お前たちに追っ手がかかることはない。頃合いを見計らって家に戻るといい」


 イズニーに匿われていたシャーロッテの一家は、数週間ものあいだ、世間から隔絶されていた。

 その間、不安な気持ちにおしつぶされながらも、いつかはまたもとの生活に戻れる日が来るとシャーロッテは信じて暮らして来た。

 だが、その間にも姉は幽閉され、あろう事か処刑されてしまったという。


「私……私どうしたら……ああ……姉さん……」


 顔を覆って泣くばかりのシャーロッテをイズニーはまるで護るように抱き寄せる。

 暖かく大きな手が、シャーロッテの肩を覆い、彼女は少し心が落ち着いた。


「シャーロッテ。フローリアを殺したラドリアス王が憎いか?」


 イズニーはシャーロッテにそっと耳打ちする。


「……憎い……」

「では、フローリアを見捨てた竜王は?」

「……もっと憎い……」


 その微かな言葉を聞いたイズニーは口の端だけをあげて満足そうに笑った。


「よろしい、シャーロッテ。君にいいことを教えてやろう。姉さんの仇を取る方法を」

「先生……?」


 はっと顔を上げたシャーロッテの額に、イズニーは素早く人差し指を押し当て、聞き取れないほどの小さな声で短い呪文を唱えた。


「……あっ……」


 微かな悲鳴を上げたかと思うと、シャーロッテの瞳から光が消える。


「さあ、シャーロッテ……よくお聞き。君は私の生徒の中でも特に優秀だ」

「はい、先生」


 抑揚のない声でシャーロッテは機械的に返事をする。


「王を倒したければ、この国を滅ぼせばいい。そして、竜王を倒したければ、古より伝わる女神の武具、『契約の剣』を手に入れればいい」

「はい、先生」

「契約の剣があれば、竜王を殺す事が出来る」

「はい、先生」

「魂の中に契約の剣を持つピリポサヌ・クリカを殺せば、契約の剣が現れる。しかし、それだけではだめだ……契約の剣を発動させるには鞘も必要だ」

「はい、先生」

「その鞘を魂の中に持つのは、お前の幼なじみであるフィン・リンドだ……。彼を殺せば鞘が現れる」

「はい、先生」

「どうすればいいか、わかるね?シャーロッテ」

「はい、先生」

「よろしい。では、明日にでも行きたまえ。その前にお前は、ある女を訪ねるのだ。彼女の協力があれば、すべて上手く行く……いいね?」

「はい、先生」

「明日の朝、街門に行くんだ。そこにいけばネッカラ族の女が一人待っている。お前はその女の指示通りに動くんだよ」

「はい、先生」

「よし。いい子だ」


 イズニーは突然、シャーロッテの肩をポンと叩く。


「はっ……わ……私」


 シャーロッテは正気に戻り、きょろきょろとあたりを見回した。


「どうしたんだい?シャーロッテ」

「すみません、先生。ちょっとぼーっとしていたみたい」

「……もう、休みたまえ。どうだね?少しはおちついたかい?」

「……はい、先生。ありがとうございます」


 イズニーはシャーロッテに自室に戻るよう促した。


「あの……先生……私、明日出かけてもいいでしょうか?」

「かまわないが、どこへいくんだね?」

「なんだか、急にどうしても会わなきゃいけない人がいるような気がして」

「ほう……?」

「でも、それが誰だったか思い出せなくて」


 暗示がまだ定着していないとイズニーは感じた。


「疲れているからだよシャーロッテ。一晩眠れば思い出すよ。何なら、明日の朝散歩に出かけてみるのはどうだい?『街門』の近くは街道沿いで賑やかだから気も晴れるだろう」

「はい……そうしてみます」

 シャーロッテが去った後、イズニーは満足そうに一人ごちた。


「すべては計画通り。あとは、あの女が上手くやってくれる……」

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