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The Legend of Dadegea 第2部 亡国の雪  作者: 鷹見咲実
第3章 汚名
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8.「竜巫女昇天」

 ●【8.「竜巫女昇天」】


 フローリアは沈黙し、ラドリアスは判事たちに向かって言った。


「私からは竜巫女にもう話す事は何もない」


 ラドリアスは無表情なままだ。


「では陛下、審議に移ってかまいませんか?」


 裁判長の言葉にラドリアスは無言でうなづいた。

 裁判長の合図で八人の判官が集まり、何か小声で話はじめた。


「竜王の象徴を殺せ!」

「竜巫女は生かしておく価値などない!」


  罵声は止む事なく続く。

 判官たちはしばしの間話し合っていたが、やがてそれぞれ元の席に戻り、裁判長だけが壇上にゆっくりと上がっていった。


「判決!」


 裁判長が叫んだ。


「竜巫女フローリア・グランは有罪。死罪を申し渡す」


 歓声と嘆きの声、拍手と不満の声が混ざり合った声が会場を覆う。

 はじめから判決はきまっていたようなものだった。

 竜王を排除しようと言う意見が多数なこの情勢の中、竜巫女が赦されることははじめからないと多くの者たちにはわかっていた。

 それでも裁判が行われたのは、王が竜巫女を一方的に殺したという事実を後世に残さぬための汚いやり方だった。

 もちろん、それはラドリアス自身が望んだ事ではなかったが、それを申し出た家臣たちを止めなかったのもまたラドリアスだった。


 しかし、彼自身も最後にもう一度フローリアを救い出す機会を作りたかった。

 ただひとこと、竜王を捨てるとさえ言ってくれれば、周りがなんと言おうと彼はフローリアを救うつもりだった。


 だが、彼女は最後まで竜王を裏切らないという。

 彼女に否定され、そして選ばれなかった事にラドリアスは酷く腹を立てていた。

 同時に自分自身の浅慮にも腹を立てていた。

 だから、彼女の死が決まっても、もうラドリアスは何も言う事ができなかった。


 動き出した民の意思は止められない。

 多くの者が今はフローリアの死を望んでいたはずだ。

 事実、会場の大半は竜巫女の死を望む過激派で占められていたが、すべてが彼女の死を望んでいた訳ではない。


「何も殺す事は……可哀想だ……」

「辺境に追いやるぐらいでいいのではないか?」


 哀れみの声がいくつか聞こえるが、すぐに怒声にかき消される。

 しかし、誰が何を言おうと既に下った判決は覆らない。


「刑は、この場で速やかに行われる」


 裁判長が言い終わると、刑吏たちに引き立てられ、フローリアは被告席から広場に連れてこられた。

 不気味な存在感を放つ鉄の杭。

 フローリアはその杭に体をしっかりと繋ぎ止められた。

 黒のローブとフードを目深に纏った執行人の男がフローリアの前に進み出る。


「苦しみはない。一瞬だ」


 ソーナの処刑は血が流れない。


 一般的には禁術とされる『消滅の法』をかけ、一瞬でその命を奪うのだ。

 苦しみはないが、消滅の法で命を絶たれた者は、魂そのものが消滅すると言われる。

 痕跡すら残らぬ完全な消滅。

 この術で命絶たれた者は次の世への転生すら許されない。

 それがソーナで最も重い刑だ。


「アデラードさん!離して!フローリア姉さんを助けるんだ」


 アデラードに動きを封じられたままのフィンは絶叫を上げながらもがく。

 しかし、アデラードの腕の力は弱まる事はなかった。

 ピリポもその場を動けなかった。

 フィンの気持ちは痛いほどわかった。でも、それ以上につらい竜王の心を思うと彼女は動けなかった。

 アデラードの瞳は金色に静かに輝いている。

 その視線はフローリアを見つめていた。

 鉄の杭に縛り付けられたフローリアは竜王の視線に気づいていた。

 人の姿をしているが、それは紛れもない気高き彼女の主。悲しみと、怒りを宿した金色の瞳にフローリアは無言の赦しを請う。



 ――――――――――――――― アヴィエール様、私のわがままを聞きいれてくださり本当にありがとうございました。


『フローリア、もう一度だけ問う。お前に本当に悔いはないのか?』


 ――――――――――――――― ありません。私はアヴィエール様を愛し、あの方を想いながら死ぬのですから悔いはありません。


『私はお前を追いつめたソーナ王を赦す事はできない』


 ――――――――――――――― どうかあの方にお慈悲を。


『私にはわからない。お前を手にかけようとしている男を、お前はなぜまだ愛せるのだ?』


 ――――――――――――――― 私にもわかりません……でも、それでも私はあの方を恨む気にはなれないのです。


『憐れな……そして可哀想なフローリア……』


 竜王は目を伏せる。


 ――――――――――――――― どうかお赦し下さい、アヴィエール様……私は幸せな心で逝くのですから。


 目と目の、そして心と心の最後の会話。

 フローリアは微笑んでいた。

 彼女は、竜王の側にいるフィンの姿を見つける。


 ――――――――――――――― ああ……フィン……帰って来たのね。そして、来てくれたのね。


 しかし、フローリアの心の言葉はフィンには聞こえない。

 フローリアはフィンの運命を知らない。


 ――――――――――――――― アヴィエール様。フィンに伝えてください。どうか悲しまないでと……。


 アデラードは無言でうなづく。


 その時だ。

 ラドリアスは突然席を立ち、フローリアのいる鉄の杭の前に行くと、処刑の執行人を下がらせた。


「陛下、なにを……」


 執行人が驚いたような声を出す。


「私がやろう」

「しかし……」

「竜巫女に対するせめてもの礼儀だ」


 ラドリアスは無表情だった。

 執行人は何も言わず引き下がる。

 ラドリアスはフローリアに近づく。


「フローリア。本当に私が間違っているとお前は言うのだな?」

「はい。陛下」

「……私は……」


 ラドリアスは唇を僅かに噛み締める。


「……私は、断じて間違ってなどいない」


 しかし、そんなラドリアスに対し、フローリアは柔らかく微笑む。


「陛下のお心はよくわかっております……私を否定する事で陛下の心が穏やかになられるなら、私は喜んであなたの手にかかりましょう……」


 ラドリアスの目が大きく見開かれる。


「……フローリア……」

「陛下……私は陛下を……」


 そう言いかけたフローリアの体は、最後まで言葉を紡がぬうちに淡い光の粒と化し、霧散した。ラドリアスが術を放ったからだ。


「フローリア姉さん!」


 フィンは絶叫し、ピリポは拳を握りしめてうつむく。

 会場は静寂に包まれる。


「すべては終了した。これにて終わりだ」


 ラドリアスはそう言ったきり、無言でその場を去った。

 去り際に彼はフローリアが消えた鉄の杭のあたりを一瞬だけ振り返る。

 誰にも聞き取れぬ小さな声でラドリアスはつぶやいた。


「……私にこの忌まわしい力さえなければ、お前は死ぬ事はなかったのか?フローリア……」


 アデラードは金色の瞳を輝かせ、ラドリアスの姿をずっと追っていた。

 フィンはやっと彼の腕から解放される。しかし、その時フィンは竜王の小さな嘆きを聴いた。


『私は、領国を顧みなさすぎたのか……可哀想なフローリアは私のせいで命を落としたのか……?』


 アデラードは空に向かって手を伸ばした。

 フローリアが消えていった空から、白く輝く一粒の小さな光の粒がアデラードの手の中に雪のひとひらのように落ちてくる。

 それは、霧散して空に溶けてしまったフローリアの魂のかけらだった。


『……私にできることはこれだけだ……』


 アデラードは小さな光の粒をそっと口に入れた。


『魂すら残らなかった可哀想な私の竜巫女(フローリア)。お前の魂のひとかけらを私の体に取り込もう。お前のささやかな記憶のかけらだけでも、私は伝えよう。お前の望む者へ、お前の声を……』


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