7.「竜巫女の裁判」
●【7.「竜巫女の裁判」】
王宮はその日、厳戒態勢が取られた。
裁判が終了するまでは、関係者以外の出入りは禁じられた。
裁判は王宮の中庭で行われる。
関係者たちは続々と集まり始め、被告席と原告席を取り巻くようにしつらえられた座席にめいめい着席する。
壇上の最も高い場所には玉座が据えられている。
少し離れた場所には大きな鉄の杭が用意された。
「だから、ついてきてはいけないと言っているだろう?フィン。フローリアのことは私がちゃんと見届けてくるから、お前たちはここでまっておいで」
フィネガスは最後まで粘って、王宮の入り口までついてきたフィンとピリポに諭すように言った。
「でも……」
「これ以上私を困らせないでおくれ、フィン」
フィネガスの悲しそうな顔を見ると、フィンもピリポもそれ以上のごり押しはできなかった。
「……行こうフィン……すみません、フィネガスさん。行ってください」
意外にもピリポの方が先に引き下がった事にフィンは驚いていた。
「大丈夫だから。きっとフローリアは無事に帰ってくるさ。心配しないで待っておいで」
フィネガスはそう言うと、王宮の中へ消えていった。
「フィン。行動開始!」
ピリポは唖然としているフィンに小声でささやくと、フィンの腕を掴んで走り始めた。
やっぱりピリポは何か企んでいたのかとフィンは苦笑しながらもピリポのあとに続く。
「裏口の警備の手薄なところから攻めてみようよ、フィン」
どうやらピリポは裏門に向かっているらしい。
「無駄だと思うよ」
「そんなのやってみなきゃわからないじゃないか」
ピリポらしい理論だ。
どちらにせよ、王宮全体に戒厳令がかかっている状態なのだから、どこから攻めようが結果は同じだとフィンは心の中ではわかっていた。
しかし、ピリポの懸命さをみると、とてもそんな事は言えない。
それに、ひょっとしたら何か抜け道があるかもとフィンは最後の期待をピリポの行動力に賭けていたのだ。
「ほら、フィン見て。ちょっと遠いけど、王宮の花園に近いこのあたりなら石垣じゃなくて垣根だから、なんとかなるかも」
王宮からかなり離れた敷地の一番最果ては広大な花園。
かつて、フローリアとラドリアスが語らった場所。
「花園か……確かにここは一般公開こそはされてないけど、王宮に飾る花を育ててる場所だから人の出入りもあまりないし、案外警備は緩いかもね。塀はなくて蔓薔薇の生け垣だけだ」
他が鱗石で作られた城壁で囲まれているのに対し、ここだけは美観の加減か、びっしりと生い茂った蔓薔薇の生け垣で囲まれている。
「このあいだ、王宮の下見にきたときに見つけたんだ」
ピリポは得意そうに言った。
しかしここは、一見警備が緩そうに見えて、実は王宮で最も防御が強い場所だということを、二人は知らなかった。
この花園はラドリアスにとっての唯一の憩いの場だった。
当然の事ながらフローリアとの語らいを誰にも邪魔されたくはない。
ラドリアスはこの可憐に見える蔓薔薇の生け垣に恐ろしい防御術を仕込んであったのだ。
「よし、行くよフィン」
「うん」
ピリポが薔薇の垣根に手をかけたその時だ。
薔薇の蔓がもの凄い早さで延び、ピリポの両手両足をあっという間に縛り上げた。
「うわ!何これ?」
「ピリポ!」
しかし、薔薇の蔓はすぐにフィンにも襲いかかる。
「ああっ!」
鋭い刺ののついた蔓薔薇は二人を絡めとり、締め上げる。
蔓にびっしりと生えた細い刺は二人の全身を傷つけ、酷い苦痛を与える。
「くそっ……こんな罠が……ああっ」
ピリポの全身から血が滲んでいる。
フィンは全身を刺す苦痛に耐えながらなんとか、解放の呪文を唱えようと必死だが、フィンの首は蔓で締められ、声も出せない。
痛みは限界に達し、フィンが気を失いかけたその時。
『草木の王が命ず。蔓薔薇よ、我が前より下がれ』
しわがれた聞き覚えのある声がしたと思ったら、フィンとピリポの体から薔薇の蔓がするすると解けていく。
どさりと音を立てて、二人の体が地面に落ちる。
二人とも血まみれで酷い有様。動く事も出来ない。
『無茶をしおってからに……』
「翁様……」
フィンの口からやっと声が出た。
『どうせこんなことだろうと思って様子を見に来たんじゃ……まったくしょうのない子供たちだの……』
桜翁は呆れたように笑いながら二人の体の上で手をかざす。
『草木の王が命ず。万能なる薬草の露よ、我が召還に応えよ。時を早め、毒を流せ、傷を塞げ』
緑色のきらきら輝く露が二人の体に降り注ぐ。
痛みが引き、血が止まった。
「あ……ありがとうございます。翁様」
『フローリアの裁判に行きたいのじゃろ?』
「はい」
『行くが良い。竜王と共に。そして、一緒に見届けてくるのじゃ』
桜翁が指差した場所には、穏やかな笑顔で微笑む、アデラード・ヴィエネールがいた。
「ア……アヴィエール様!」
フィンは驚きのあまりその場で固まる。
「その呼び方は好きじゃないな……今はアデラードでいい」
アデラードはカチカチになっているフィンを見て思わず苦笑する。
「アデラードさん……どうしてここに……」
驚いているピリポに向かってアデラードは言った。
「フローリアからの最後のお願いなんだ。最後まで見届けて欲しいと……どんなことがあっても最後まで我慢出来るなら連れて行ってあげよう」
裁判の開廷を告げる合図のラッパが高々と鳴り響いた。
アデラードは被告人席から一番遠い最後列に座り、フィンとピリポはアデラードの側にいた。
アデラードは二人に術をかけて、姿を見えなくした。もちろん声も聞こえない。
二人の姿が見え、声が聞けるのはアデラードだけだ。
竜王の力の前では鱗石の防御は役に立たない。
「アデラードさん……ここまで来ておいてなぜ、フローリアを助けにいかないんですか?」
ピリポは不思議に思っていた。
竜王の力があれば、ここから彼女を救い出す事は雑作もないだろうに。
「昨日の夜、実は彼女の元へ行ったんだ……でも、彼女の覚悟はもう決まっていた。私に出来る事はもうないよ……」
「そんな……」
「だから、見届けてあげなきゃいけない。彼女の戦いを」
「……戦い?」
「そうだ。彼女は命をかけて、愛する者を説得しようとしている」
「愛する……者」
ピリポははっとして玉座についたラドリアス王を見た。
あれが、この魔道の国の王。
竜王を否定し、決別したソーナ族の指導者。
そして、竜巫女であるフローリアが愛したただ一人の男……。
なんと強い気迫だろう。
フィンとよく似た色の髪と瞳。体全体にみなぎる若さと気力。恐怖すら屈服させそうな気迫。
まさに、一国の統治者に相応しい存在感。
だが、ピリポは僅かに違和感を感じていた。
その威風堂々たる表情の中に一点の曇りを感じるのだ。
戦乙女として戦いの場に身を置くピリポだけに感じ取れる感覚だった。
それが何かを見極めたい。
ピリポはこの裁判の行く末を余さず見届けようと改めて感じていた。
やがて、フローリアが被告席に連れてこられた。
場内から罵声が響く。
竜王の象徴は殺せと。
彼女の両手にかけられた重い鎖を見た瞬間、フィンの顔に嫌悪の表情が走る。
なぜ、竜巫女である彼女が鎖につながれなきゃならない?
竜巫女であるというだけで。
かつては彼女を神聖視していた者たちの手によって繋がれ、罵声を浴びせられなければならない?
フローリアの表情はよく見えなかったが、その覚悟が決まっている事はフィンにもよく伝わってきた。
彼女の「罪状」が次々と読み上げられる。
それはまったくもって言いがかりだった。
フィンの心は怒りに満ちていた。
竜王に……いや、女神にたまたま選ばれただけの少女に何が出来るというのだ?
人々の怒声、罵声が彼女に一気に浴びせられる。
「この者、竜王に魂を売り渡し、妖しの術と神聖と称せらる特異な容姿を以て人心を掌握し、我らソーナ族を永遠の隷属に置かんとする者である」
陳述はそう締めくくられる。
まるで集団催眠にでもかかったようにそうだそうだと賛同の声が上がる。
フローリアは一言も発しない。
彼女は顔を伏せる事もなく、凛とした表情を保ち続けている。
その視線の先は、ラドリアス王一点に向けられていた。
「フローリア。竜王を捨て、我々と共に魔道を極めるつもりはお前にはないのか?」
ラドリアスはフローリアをじっと見つめて言った。
「陛下のお考えは間違っています。陛下のことは尊敬申し上げておりますが、そのお考えには私は賛同致しかねます」
フローリアはきっぱりとそう言った。
「陛下に向かってなんという無礼を!」
心ない野次が彼女を責め立てるが、フローリアはひるまない。
「私の考えが間違っているというのか?」
「はい、陛下。我々は竜王から生まれ、そして竜王の元へ帰っていくのです。私たちだけに与えられ、他の国の民に与えられなかった魔道という特別な力は、竜王をお守りするための力です。陛下はそれをお忘れです」
「確かにそれはお前の言う通りだ、フローリア。しかし、それでは我々はいつまでも竜王に捕われたままになるのだぞ?」
「捕われているのではありません。愛されているのです。陛下は周りが見えていない。魔道の力に逃げておられるのです。陛下は何かを恐れておられるのです」
「私は逃げてなどおらぬ!恐れてなどおらぬ!」
「では、なぜ陛下は『フローラ』を求めましたか?」
フローリアの力強い言葉に、ラドリアスは一瞬ひるむ。
聞き慣れぬ名前にあたりがざわめき始める。
「ご自身のなさったことに疑問をもっておられたからでしょう?フローラは陛下の事を本当にお慕いしておりました。陛下の本当の心を知っているのはフローラだけです……あの花園で陛下がお見せになったお気持ちを僅かでも思い出してください」
「黙れ!フローラなど知らない!」
「陛下……」
ラドリアスは怒りと憎悪に満ちた目でフローリアを睨みつけた。
「私に恐れるものなどなにもない。竜王とは決別した。我々ソーナの民はもう自由だ!」
それまで気丈だったフローリアの瞳に涙があふれ始めた。
「……では、もう私にできることはなにもありません……」
それきりフローリアは黙り込んでしまう。
「だめだ!もう我慢出来ない!フローリア姉さんを助けなきゃ!」
フィンはその場から飛び出そうとしたが、アデラードにしっかりと抱きかかえられた。
「離してください!僕はもう見ていられない!」
「堪えろフィン……これがフローリアの意思だ」
フィンはアデラードの表情を見てはっとした。
群青色だった彼の瞳が眩しい金色に燃え上がっていた。
それは、怒りとやりきれぬ悲しみの色。
そして、その金の瞳からは一筋の涙。
「……アデラードさん……」
フィンの興奮は一気に収束した。と、同時にやりきれぬ想いがフィンを襲う。
竜王が泣いていた。
哀れな、しかし誰よりも強い竜巫女のために泣いていた。




