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The Legend of Dadegea 第2部 亡国の雪  作者: 鷹見咲実
第3章 汚名
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6.「惜別」

 ●【6.「惜別」】


 竜巫女の裁判はいよいよ明日に迫った。


 フィンとピリポはすっかり煮詰まっていた。

 どうしても王宮に入り込むいい方法が見つからない。


「裁判は明日だっていうのに、なにもいい方法がみつからないよ」


 フィンは頭を抱える。



「ねえ、やっぱりフィンのお父さんにお願いして入れてもらおうよ」

  「無理だと思う……何度も頼んだけど絶対にだめって言われたのはピリポも知ってるでしょ?」

  「うーん……やっぱり魔道の力を使ってなんとかならないのか?」


 ピリポは少しいらいらしたように言う。


 それに関しては一番最初にフィンに提案したのだが、何度言ってもフィンは首を横に振るだけだ。


「だから何度も言うように、他の国の王宮なら十分だけどソーナの王宮は鱗石(うろこいし)で作られてるからだめなんだってば」



「それは聞いたけど、そんなに鱗石ってのは融通がきかないのか?」


  ピリポはあたまごなしのフィンの言い方にむっとしたように反発する。


「そういう問題じゃないんだよ……あれはもともと魔道自体に対しての防御力があるんだから、融通うんぬんじゃないわけ」

  「改めて聞くけど、鱗石ってそんなに凄いのか?」

  「うん。話してなかったっけ?……あれはソーナの特産で国外持ち出し禁止の貴重品だ。鏡湖の浅瀬でのみ採れる石でね、竜王の古い鱗が何百年もかかって自然に石化したもので、特殊な魔道を使って加工する事で魔道力を無効にしたり、反射したりする効力があるんだ」

「へえ……」


  竜王の鱗からできた石ならば、その効果は納得出来る。

 そんな特殊な石がふんだんにつかわれた魔道の国の王宮は、他の国と違って特殊だ。


 まず、『姿変え』など自分の姿を偽る術は使えない。

 様々な加工をされた鱗石で作られた王宮全体が魔道力に対する攻撃と防御に反応するのだ。


「とにかく、怪しい人物は入れない。お父さんの話によると最近は警戒を強化してるから余計だね」



 肩をすくめるフィンをみてピリポはくすっと笑いをこぼす。


「万能の魔道が使えても、やっぱり不便な事はあるんだね」

「だから今までにも何度も言ってるでしょ?魔道は万能ってわけじゃないよ」


 フィンは困ったような顔でそう言った。


「それにしても困ったな……」

「困ったね」


 二人はすっかり黙り込む。


 しばしの沈黙の後、ピリポが突然口を開いた。


「……決めた」

「えっ?」


  驚くフィンに向かって、ピリポはにやりと笑って言った。


「ちまちま考えててもしかたない。強行突破で行こうよ」

「えええっ?」


 これにはフィンも驚いていた。

 いくらなんでもそれは無謀すぎる。


  「魔道の弱点は直接攻撃だ」

「確かにそれはそうだけど……無茶言うなあ……ピリポは」

「ちまちま小細工を弄するのは私の性に合わないや……やっぱり」


 そう言い放つピリポに、フィンはあきらめたようにため息をつくしかなかった。




 その夜。


 フローリアは窓から最後の夜の月を眺めていた。


 彼女が軟禁されている部屋の窓は、一見普通の窓と何も変わらない。

 窓を開け放てばさわやかな風は入るし、外の景色を眺める事も出来る。

 しかし、窓には強力な魔道の結界がはりめぐらされており、外から窓を通じて部屋に入り込むことも、窓から外へ飛び出すこともできなかった。

 フローリアはただ、月を眺める。


 空色の瞳に、青白い月がにじんで映っている。

 夜風は彼女を慰めるように優しく吹き、彼女の青い髪を揺らす。

 風がひとひらの花びらを乗せて運んできた。


「……桜……?」


 薄桃色の桜の花弁。

 今はその季節ではない。



「……翁様、いらしたのですか?」


 フローリアは思わず窓から身を乗り出し、あたりを見回そうとした。

 しかし、彼女の頭を結界が跳ね返した。


「痛いっ……」

『無理せんでええ。フローリア。そのままで聞くが良い』


 桜翁の声に少しの心配の色が混じる。


「すみません……翁様」



『儂からの最後のおせっかいじゃ……フローリア、竜王にお前の本当の気持ちをお伝えしなさい』


 声のみの桜翁は姿を現さなかった。

 ただ、桜の花弁が舞い散るばかり。


「翁様!竜王様がいらしておられるのですか?」

『うむ』


 ふと見ると彼女の部屋の窓辺に近い、大きな木の枝に一羽の大きな鳥が止まっていた。

 銀色に淡く輝く羽、金色の瞳。

 姿こそ違えどそれは彼女が愛してやまぬ主の気配を持っていた。


「竜王アヴィエール……このたびは本当に申し訳ありませんでした」


 フローリアはその場に跪き、深く頭を垂れた。


『フローリア……本当にすまないことをした……かわいそうに……ああ……髪や瞳まで染められて……さぞや屈辱だったろう……』



 竜王の最初の言葉は謝罪だった。



「とんでもございません。アヴィエール様。竜巫女の誇りである銀灰の色彩を失わせた罪は購っても購いきれません……このたびの事はすべて私に責任があります。竜巫女の戒を破り、竜巫女の館を離れ、当代の王を惑わせた罪は私にあります」



 フローリアは泣いていた。

 彼女は彼女の主をまともに見る事さえできなかった。

 今の自分には、この尊く優しい竜の王はあまりにもまぶしすぎたから。



『フローリア……お前が王を惑わせたと言うのか?』


  竜王の化身の鳥は、鋭い眼光を彼女に向ける。


  「私は戒を破り、竜巫女の館を離れたばかりか、花園で出会ったラドリアス王の心を知り、彼の心の奥底にある疑問と野望を引き出してしまいました……すべて私の責任です」


『私は責任を問いにきたのではない。フローリア、顔をお上げ……私はお前の本当の心を聞きにきた』



 フローリアは涙でぐしょぐしょになった顔をそっと上げる。


『可哀想に、お前が泣いているところなど私は見たくはなかった……でも、私は聞かなければならない……お前の想いを。お前の心を……』

「……アヴィエール様……」

  『フローリア……お前は、ラドリアスを愛しているのだね?』


  しばらく彼女は戸惑っていたが、やがて涙を手のひらでぬぐうとまっすぐに竜王を見つめて言った。


「はい。私はラドリアス王をお慕いしております」

『……そうか……やはりそうだったのか……』

「申し訳ありませんアヴィエール様……竜巫女は竜王以外を愛してはならぬ身。なのに私はとんでもない裏切りを……」

『それは違うよ、フローリア』


 竜王の声音は優しかった。


『それは人間たちが作った決まり。本当なら竜巫女は誰を愛したって良いのだ……愛した人の側にいたいという願いを私は否定はしない』


  竜王の言葉にフローリアは泣きながら首を振った。



「……ありがとうございますアヴィエール様……でも、あの方はアヴィエール様を否定した。私はそれを許す事はできない……ああ……なんと表現すればいいんでしょう……あの方のことは愛しています……でも、アヴィエール様を否定するあの方のことは愛せない……だから、私はとても苦しいのです」


 竜王はしばらく沈黙していたが、やがておもむろに言った。


『フローリア……今ならまだ間に合う。竜巫女の館に帰りたくはないか?今なら私はお前を助けてやれる……しかし、裁判が始まればもう、私はお前を助けてやる事は出来ない。裁判が始まってからお前を助けようとすれば、私は竜の姿にならなければ助けてやれない……しかし、人間たちの前で私の本当の姿を晒す事は女神から禁じられいるのだ』


 しかし、フローリアは覚悟を決めたかのようにしっかりした声で言った。


「ありがとうございます……しかし、今私がここから逃げ出せば、あの方の心は永遠に救われないでしょう」

  『フローリア……本当にそれでいいのか?あの男の心はおそらく変わらないぞ?』

  「……かまいません……私は最後まであの方の心の硬く閉ざされた扉を叩き続けたい……それがたとえ響かなくても、それでも、私の想いはいつか……」

『そこまで言うなら是非もあるまい……』


 アヴィエールの声は諦めを含んでいた。


「わがままを聞いて頂きましてありがとうございます……アヴィエール様……おそらくこれが永遠のお(いとま)になりましょう……たとえ明日、私の身がどうなろうとも、私の心はいつまでもアヴィエール様とともにあります」


 フローリアは涙を流しながら、しかし強い意志を込めた声ではっきりと竜王に別れを告げた。


  『フローリア……短い間だったが、よく仕えてくれた……礼を言う……お前の元気な姿を見る事が、私はいつも楽しみだったよ』


 竜王の化身の鳥はフローリアに背を向ける。

 これが今生の別れである事はわかっていた。

 フローリアはおそらく明日、命を落とすだろう。

 だが、彼女の汚れなき心はきっと望む相手に届くだろう。


『さらばだ、フローリア……』

「はい、アヴィエール様……ありがとうございました」



 フローリアは竜王に深々と頭を下げた。

 竜王が空に向かって舞い上がろうとした、その時だった。


「アヴィエール様!」


 フローリアが竜王を呼び止めた。


『どうしたのだ?フローリア』


「お引き止めして申し訳ありません……あの……最後にひとつだけお願いを聞いて頂けますか?」


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