4.「僕は拒絶する」
●【4.「僕は拒絶する」】
「ソーナは滅ぶ。今のソーナは一度死んで、新しいソーナに生まれ変わらねばならない」
「それは女神が決めたことなのですか?」
フィンの声は震えていた。
桜翁は黙ってうなずく。
「魔道という特殊な力を与えられたソーナ族には、いつの日かその力をもって竜王に仇なすものが現れることを女神は予想しておられた。そして、その時には竜王アヴィエールにに二つの選択肢を与えると女神は竜王に仰られたのだ」
「選択肢?」
「そう。滅びの道を辿ることなく、反乱者を抑え、その時代の王の力量に任せるという選択と、一度滅ぼし、再生させるという選択……だが、運命は残酷じゃ。今生の王こそがその反乱者だった……アヴィエール様に選択の余地はなかった」
「……知らなかった……」
ピリポが痛々しい表情を浮かべる。
フィンの気持ちを思えば言葉も出ない。
「非常事態が起きた時、竜王はその時に限り古よりの掟を解かれ、領地を自由に行き来できる。兄弟が話し合い、協力することまでは女神も禁じなかった」
「では、ヤパン様が噛んでいるというのも?」
「そうじゃ。ヤパン様は巡礼の神官に姿を変え、ラドリアス王を諌めに行ったんじゃ。しかし、結果は見てのとおりじゃがな」
桜翁は大きな溜息をついた。
桜翁が溜息をつくと、翁の周りに咲き誇っていた花々は、一斉に悲しむように萎れてしぼんでしまう。
草木の王の悲しみは、植物を枯らしてしまうほど深い。
「このまま、滅んでしまうしかないんですか……?翁様」
フィンはうつむいたままそう言った。
しかし、桜翁はその問いに答えなかった。
「……僕はいやだ」
ぽつりとフィンが呟く。
「……僕はいやだ」
フィンは首を激しく横に振る。それは、何もかも認めたくない、おこりうること全て拒絶するという彼の気持ちがそのまま現れているようだった。
「ラドリアス王はなぜ竜王を否定するんだ……女神デーデはなぜ、それを理由にソーナを滅ぼさなきゃならないんだ?何が……誰が悪いんだ?どうして……どうしてこんなことにならなきゃならない!」
フィンは顔をあげる。
その瞳には大粒の涙がいっぱい溜められていた。
そして、赤味を帯びた菫色の瞳はいまにも燃え上がりそうなほど輝いていた。
ピリポはフィンから悲しみにも似た激しい怒りを感じた。
「僕が止める」
フィンははっきりとそう言った。
「僕の魔力を全て使い果たしたっていい……僕はこの国を滅ぼさせたりなんかしない!たとえ相手が竜王であっても、女神であっても……誰かの思惑で、関係のない人たちが滅びなきゃいけないなんて絶対におかしい」
「その気持ちは本気かね?フィン」
「はい翁様。正直言って、僕はピリポほどは熱心に竜王を敬ってはいませんでした。魔道があれば大抵のことに苦労はしなかったし、竜王教を軽んじてきたことも認めます。だけど、竜王を否定していない。だから僕はラドリアス王が竜王を捨てよと言えば拒絶します……だけど、だからといってこの国が滅びていいとは決して思っていません。だから僕は女神デーデがこの国と共に滅びよといえばそれも拒絶します」
「フィン……」
ピリポは思わずフィンの手を取った。
そして、その手をぎゅっと力いっぱい握り締めた。
「フィン。私たちは女神の剣。私たちは竜王を斬ることのできる剣と、その剣を押さえる鞘を体の中に宿している……私たちの手で止めるんだ。私たちにはできるよきっと」
ピリポはそう言ってフィンを見つめた。
「うん。ありがとう、ピリポ。僕の国は僕が守る……だけどピリポ。君まで巻き込んでしまうのは少し心苦しいな……」
しかし、ピリポはフィンにっと笑って見せる。
「何言ってるんだか。私たちは二人で一人前。剣が欠けても鞘が欠けても、それは女神の剣じゃない。両方揃って初めて女神の剣なんだと思う」
「うん」
フィンはピリポの手を握り返した。
「そこまで言うなら儂もお前らに力を貸そう」
桜翁は二人に言った。
「来週の竜巫女の裁判のとき、竜王は密かにその裁判を見に降臨する。人に姿を変え、なりゆきを見守るつもりじゃ……そこで、何が起こるかで全てが決まるじゃろう。竜巫女を救い、竜王の怒りを静め、王を改心させることがお前たちにできるなら、そのときしか機会はないぞ」
「はい」
フィンとピリポは再びお互いの目を見詰め合うと、大きく頷いたのだった。
━━━━━━━ させるものか……。お前らの思うとおりになど。
暗い洞窟の中。
ぼんやりと光る大きな水鏡の中に映し出されたフィンとピリポの姿を、暗い目をして睨みつける者があった。
「どうだい?私の用意した水鏡は。その水鏡に見えないものはなにもないよ」
「……あの二人……どうしてあたしをこんなにいらつかせるんだ……」
「だから言ったろう?あの時ホロであの二人を始末し損ねた代償は大きいと。桜翁は彼らの味方についたぞ?今後はすこしやりにくくなるな」
男は彼女の背後から、薄笑いを含んだ声で言った。
しかし、彼女は振り返らない。
「相変わらず熱心だな。自分の血に連なる末裔に、あの男の面影を見ているのか?カムラ・カユル」
男は水鏡を凝視しつづけるカムラ・カユルを背後から抱きしめた。
「やめろ。偽者の癖に」
「その姿を取り戻したのは誰のおかげかまだ認めないつもりか?私の愛しいカムラ・カユル……」
「いくらあんたがその姿であたしを騙そうとしても無駄だよ。あんたがあの人じゃないことは承知の上だ」
「……つれないね。でも、そんなところがいいんだけどね」
男はにやりと笑うと、いきなりカムラ・カユルの唇を奪った。
「んっ……」
カムラ・カユルの目が大きく見開かれる。
次の瞬間、彼女は渾身の力で男を突き飛ばした。
「麗しきネッカラの白薔薇の棘はさすがに痛いね……お前はもう、醜い老婆なんかじゃない。一番美しい頃の姿を取り戻したんだ……私のおかげだよ。わかっているだろう?」
「わかってるさ。でも、いまさら昔の姿を取り戻したところでなんになる?あたしの愛しいあの人はもう、とっくにこの世にはいないんだ!なのに、あんたはそんな姿で、まだあたしを苦しめる気かい?今のあたしが望むことはあたしを拒絶し、あの人を奪ったソーナを……いえ、竜王から領民を奪い取ること。そして、あたしと、あの人の呪われた血を受継ぐあの子とその一族を……殺すこと」
白く、滑らかな肌。大粒の紅玉のような赤い瞳と絹糸の束のような純白の髪。
その美しい表情は怒りに歪んでいた。
彼女に老いの影はなく、その姿はもっとも若く美しかった時代の姿に戻っていた。
「我々は利害が一致している……」
男は言った。
「ラドリアス王は所詮哀れな男。王になったことが彼の不幸だ。その歪んだ心を利用して、私は望みを達成する。お前の力を借りてな……カムラ・カユル」
「あからさまにあたしを利用したいのなら、もういい加減、お前の本当の姿を現したらどうだ。あたしも、いつまでもお前にあたしの最愛の男の姿でいられるのは気持ち悪い」
「もう、色仕掛けはきかないということだね?……それは残念だなあ」
男はそういうとなにやら口の中で短い呪文を呟き、自分の顔をひと撫でした。
男の姿を見て、カムラ・カユルは言った。
「あんた、そんな顔だったのかい……なんてこと。あたしのあの人には似ても似つかない……」
明るい藍色の髪と同色の瞳の神経質そうな顔の男がそこにいた。
「そう言うなよ。私はコノール・ホリンとはまったく縁がないわけではないんだ……知ってるだろう?」
「ああ。聞きたくはないけどね」
カムラ・カユルは吐き捨てるように言った。
「ほら見たことか。だから本当の姿を見せるのは嫌だったんだ……夢を見ているほうが幸せだということもあるのさ……いろいろとね……」
男はそう言うとまるでおどけるようにちょっと肩をすくめてみせた。




