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The Legend of Dadegea 第2部 亡国の雪  作者: 鷹見咲実
第3章 汚名
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3.「仕組まれた滅亡」

 ●【3.「仕組まれた滅亡」】


 まるで金剛石(ダイヤモンド)の粉を吐いているように、きらきら輝くしぶきを吹き上げる噴水は、ゾーラの中央広場のシンボルであり、住人の憩いの場でもあった。

 アヴィエールを象った竜の彫刻は、絶え間なく美しいしぶきをあげている。


 恋人たちはその側で語らい、幼子ははしゃぎ、それを見守る母親は慈愛の笑みを浮かべている。

 ここには幸せが満ち溢れていて、不幸という言葉からは最も遠い場所のようだった。


 確かにここは美しいところ。

 望むものは全て手に入り、不自由などなにも感じない完璧な都。

 ここは魔道の都。誰もが憧れる国。


 だが、ピリポはそんな光景に嘘臭さを感じていた。


 噴水の近くに置かれたよく磨かれた大理石の長椅子に座ったピリポは、ぼんやりと目の前の光景を眺める。彼女の頭の中は、今逢ってきたばかりの桜翁の言葉でいっぱいだった。



 ━━━━━━━ あと一週間。私にできることは何か?



 ピリポは必死で考えを巡らせる。

 だが、何も思いつかない。


 どうすればいいのか?打つ手はもうなにもないのか?


 ピリポはふと、隣に座るフィンの表情を横目で伺う。

 しかし、フィンは俯き、目を閉じたままじっと考え事をしており、声をかけることすらはばかられた。


 彼の気持ちを思えば今は声をかけるべきではない。

 (くだん)の竜巫女はフィンの幼馴染の姉であり、フィン自身も幼い頃から実の姉のように慕っていた女性らしい。

 いわば身内も同然。

 フィンの心の中はいかばかりだろうか?それを思うとピリポはかけるべき言葉など思いつかなかった。


 桜翁が言うには、来週竜巫女の裁判が行われるという。

 それもかなり一方的な。


 かつての信仰の対象であった竜王教の象徴そのものである竜巫女を裁判で裁こうというのだ。

 何も悪いことをしていないのに。

 竜王への信仰を止めようとしないからというそれだけの理由で。


 改宗に応じ、竜王への信仰を捨て、還俗すれば赦される。しかし、なお信仰の意思硬き時はその場で処刑というめちゃくちゃな裁判らしい。


 熱心な竜王教の……いや、ユズリの信仰者であるピリポだが、何を信仰するかはそれぞれの自由であるという考えを彼女は持っている。

 信じるものが何であれ、それこそが当人にとっての神。

 ピリポの場合それは竜王ユズリだ。

 そんなピリポの目から見た今のソーナは明らかに異常に感じられた。


 魔道という「力」を得たこの国の民は、その力の源であり、自らの出自である竜王を否定した。それが何を意味するのか彼ら忘れているのではないか?


 国一番の権力者である国王自らが竜王を否定すれば、それに逆らえる者等居ないに等しいだろう。

 竜王を切り離した竜王の領民が辿る道は彼女にとって想像すらできない。


 ユズリの言葉がピリポの脳裏を掠める。



 ━━━━━━━ かの国は遠くないうちに滅びるだろう。



 竜王を否定した竜王の領民は、滅びの道を辿る。

 否定した自らの竜王の手によって。竜王の怒りを買った竜の領民は竜王によって滅ぼされる。

 ユズリが見たおぼろげな未来をどのようにしてこの国の民に報せればいいのか?

 そして、彼らにその事実を納得させるにはどうすればいいのか?


 何よりも一番つらいのは自らの領民を自らの手で滅ぼさねばならない竜王アヴィエール。

 ユズリの憂いはそこからきている。


 ピリポが心から愛する竜の女王を悲しませないためには、そして、フィンの祖国を救うには……。



「おかあさん!あれを見て。ほら!お水が竜みたいな形!」


 噴水の前ではしゃいでいた幼い子供が大声をあげた。

 噴水から吹き上げられた水しぶきが一瞬、天空に昇って行く竜の姿のように見えたのだった。


「あら、本当……きらきらしてとても綺麗ね」

「鏡湖の竜王様とどっちが綺麗かなあ」


 子供の無邪気な問いに、若い母親ははっとしたような表情を一瞬浮かべるが、すぐに笑って言った。


「さあ、どっちかしらね……ああ、それよりもうこんな時間ね……そろそろおうちに帰りましょうか。晩御飯の支度をしないとね」

「はーい」


 母親がはぐらかすのは当然のことだった。

 今この国で竜王の名は禁句。だが、幼い子供にそんなことがわかるはずもなく。


 しかし、ピリポはその瞬間ある考えを導き出していた。


 鏡湖の竜王。

 竜王アヴィエールに逢ってみよう。

 そして、ユズリの悲しみを伝えることができたなら……。


「フィン!戻ろう。桜翁様のところへ」

「えっ?」


 ピリポの急な申し出にフィンは激しく戸惑う。


「急に何を……」

「竜王アヴィエールに逢うんだよ。何か、手立てがみつかるかも。今、竜巫女を助けることができるのは竜王だけなんだから」

「ええっ!そ……そんな大それたこと」

「時間はないんだから。行くよ!」


 ピリポはもう走り始めていた。


「ちょ……ちょっと待って!」


 フィンは大急ぎでピリポの後を追ったのだった。






「桜翁様!翁様!」


 鏡湖にたどり着いたピリポは桜翁の樹の前で大声をあげた。


「そんな大声をあげずとも聞こえておるよ」


 いつのまにかピリポの背後には桜翁がいた。


「どうしたね?」


「翁様。鏡湖の竜王様にはどうすれば逢えますか?」


 ピリポのいきなりの申し出に桜翁も流石に驚いた様子だった。


「なんと?竜王アヴィエールに逢いたいと申すか?」

「はい。竜巫女を救えるのはやはり鏡湖の竜王様だけだと思うんです。だから、竜巫女を助けてくださいとお願いしにいきたいんです」


 しかし、桜翁は気の毒そうな顔で首を横に振る。


「竜王アヴィエールはおそらくそなたには逢わんよ」

「どうしてですか?」

「竜王には竜王のお考えがある。そなたの申し出を聞くとはとても思えぬ」

「そんなのわからないじゃないですか!」


 ピリポはむっとした声を上げた。


「私はユズリ様の悲しみを知っています。ユズリ様は兄上であるアヴィエール様に領民を滅ぼしてほしくないとお考えです。その気持ちを……その気持ちを伝えたいんです」


 だが、桜翁はなおも首を横に振る。


「ユズリ様のお気持ちを一番理解されておられるのは、他ならぬアヴィエール様じゃ」


 はっとしてピリポは黙り込んでしまう。


「アヴィエール様がなぜフィンの魔力を解放する手伝いをするため、姿を変え、あまつさえ領地の境界を越えてホロに入ったかわかるかね?」

「……そういえば……」


 ピリポの脳裏に一瞬浮かんだ、優しげな青年の面影。


 アデラード・ヴィエネール。


 魔力の蛹に変じ意識の戻らなかったフィンを助け、落ち込むピリポを励まし、無事フィンの中に封じられた魔力を解放し、クー・ククルを誕生させたあの青年のことをピリポは忘れてはいなかった。


「本来、竜王は創造主の定めた領地を超えてはならぬ掟。女神デーデの目に止まれば、裁きの日に必ずや女神に断罪されるじゃろう……じゃが、今度のことは女神の咎めもない。アヴィエール様だけではない。長兄であるヤパン様も一枚噛んでおる」

「女神デーデは承知の上で竜王を越境させたとおっしゃるのですか?翁様」


 桜翁は静かにうなづいた。


「お前たちは女神の剣だから話してもいいじゃろう……。ソーナの滅亡は、もともと仕組まれたものじゃ……」

「なんだって!」


 フィンが驚愕の声を上げた。


「どういうことです!仕組まれたってどういう……桜翁様」


 フィンの表情は歪んでいた。

 怒りと悲しみが混ざった痛々しい表情だった。

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