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The Legend of Dadegea 第2部 亡国の雪  作者: 鷹見咲実
第2章 冷たい血
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23.「染まらぬ心」

 ●【23.「染まらぬ心」】


 ルティはまず庭園に赴き、両手一杯に美しい花を摘んだ。

 誇らしく優雅に咲く派手な花ではなく、花壇の隅にひっそりと控えめに咲く大人しい色味の、優しげな花ばかりを選んだ。

 そして、それを丁寧に束ね、光沢のある青いリボンで結んで綺麗な花束を作り上げた。

 素朴な花たちで作られたこの花束が、囚われの竜巫女の心を少しは和ませるかもしれないと思ったからだ。


 次にルティは香りのよい最上級の銀薄荷草のお茶を淹れた。

 銀のトレイに載せたお茶と、ささやかな花束を手に、ルティはフローリアの元を訪ねた。




 ルティの話を一通り聞いたフローリアは静かに言った。


「王がそう望むなら私は抵抗は致しません。しかし、いくら髪を染め、瞳を染めても私の心は常に竜王アヴィエールとともにあります」

「申し訳ありません……竜巫女様。私もとても心苦しいことなのですが」

「どうか、そんな悲しそうな顔をなさらないで下さい治療術士長。それが私の運命なら、私は逆らいません」


 そう言われてもやはりルティの心は沈んでいた。


 これは本当に正しいことだろうか?

 ソーナの民はとても恐ろしいことをしようとしているのではないだろうか。

 不安がルティを押しつぶしそうになる。


 しかし、フローリアはそんなルティを安心させるように微笑みながら言った。


「大丈夫です。竜王はすべてわかっていらっしゃいます。心から望んで行うことか、それとも止む無く行うことかを」

「……ごめんなさい……」


 ルティはフローリアの前に跪き、涙を零した。


「どうか顔を上げてください。あなたの心はきっと竜王もおわかりになっています」


 ルティはフローリアの淡く光を帯びる美しい銀灰の髪に震える手を当て、今にも途切れそうな声で詠唱文をゆっくりと唱えた。


 フローリアは覚悟したかのように穏やかな表情で、ルティに身を任せている。


 本当にいいのだろうか?

 この神聖な色彩を失わせて。


 本当にいいのだろうか?

 この少女に何もかも背負わせて。


 ルティは自分に問いかける。

 だが、答えは出ない。

 何度問い掛けても、出てくるのは後悔の念ばかり。


 だけど、やらなくてはならなかった。

 大切な友人と共に決めたのだ。この国の行く末を見守ると。

 それが、何も出来なかった、何もやらなかった自分たちの背負う罪。


 ルティは途切れそうになる集中力を必死になって持続させた。


 やがて、フローリアの長い髪に宿った淡い銀色の光は少しずつ失われ、その髪はだんだん暗い色に変わり、銀灰の色彩は完全に消えた。

 そして、そのあとにはフローリアが本来持っていた鮮やかな空色の色彩が現れ始める。


 次にルティはフローリアの閉じた瞳に手を当てた。


 集中力を集め、全ての力を注ぎ込む。

 次に彼女が目を開くとき、その瞳は綺麗な青色に変わっていることだろう。





「終わりました……」


 全てが終わり、ルティはフローリアに声をかけた。


「鏡を……」


 殆ど聞き取れないほど小さな声でフローリアが言った。


「えっ?何ですか?」

「……鏡を、見せてくれませんか」


 ルティをじっと見つめるフローリアの瞳は綺麗な空色だった。


「よろしいのですか?」


 予想していなかった反応にルティは戸惑った。


「大丈夫です。私に鏡を見せてください」


 ルティは懐に入れた手鏡を取り出すと、フローリアに手渡した。


「……懐かしいわ」


 フローリアは微笑んでいた。


「懐かしい私の姿……もう、二度と見ることはないと思っていたのに……」


 その声に僅かな震えが含まれていることにルティは気付いていた。


「……では、失礼致します……」


 ルティはとても居たたまれなかった。

 自分がその場にいることが苦痛でたまらなかった。


 ルティは振り返らずに部屋を出ようとした。


「治療術士長」


 フローリアがルティに声をかけた。


「……は……はい」


 声の震えを悟られぬよう、明るい声を作ってルティは返事をした。


「お花とお茶、どうもありがとうございました。とても嬉しかった……」


 ルティは一礼だけして部屋を出た。




 ドアを後ろ手に閉め、ルティはその場で立ち尽くしたまま動けなかった。


 扉の向こうから、かすかにすすり泣く声が聞こえた。


 誰があの可哀想な少女をこんな目にあわせたのか。

 彼女を護るべき竜王は、どうして彼女を救ってやらないのか。

 ルティは奥歯を食いしばりながら、溢れ出そうになる涙と、漏れそうになる嗚咽をこらえた。


 私は泣くべきではない。


 今、泣く資格があるのはこの扉の向こうにいる少女だけだ。

 竜巫女という宿命を負わされた、一人の少女だけだ。

 王の命令は果たした。

 友人の立場は守った。


 だから、今は見守るしか出来ない。



 ルティは背筋をのばし、ゆっくりと長い廊下を歩き始めた。

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