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The Legend of Dadegea 第2部 亡国の雪  作者: 鷹見咲実
第2章 冷たい血
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22.「宰相と治療術士長」

 ●【22.「宰相と治療術士長」】


 状況は囚われの身であるフローリアにとって悪くなる一方だった。


 ラドリアス王の魔道至上主義の考えは日毎に民の間に浸透してきていた。

 魔道という特殊な力を与えられたソーナ族こそが完成された種族であり、竜王の呪縛から解放されるときがやってきたのだと人々は次第に信じ始めた。

 もともと魔道という恵まれた力を持つ彼らは、少なくとも物質的な不自由を感じない。

 彼らはもともと信仰に対する考え方が他国の民とは違うのだ。


 確かに竜王は彼らにとっての信仰の対象ではあったが、その解釈の仕方は他国とは大きく違っていた。

 彼らソーナ族はもともと、竜王より特殊な力を与えられ、他の民とは違う資質をもっていた。

 そのため、彼らは他国の民より竜王や女神の存在が身近だった。


 ソーナ族にとって竜王は絶対不可侵の神という考え方ではなかったのだ。

 そればかりか、もともと『ソーナ族は永遠に竜王に仕え、隷属するもの』という考えに何千年ものあいだ囚われていたソーナ族は、自分たちは竜王に隷属するもの、もしくは竜王に頭が上がらない者という暗い確執を潜在的に持っていた。


 しかし、歴代の王はそれを声高に唱えることは無かった。


 だからこそラドリアス王の考えは彼らソーナの民を驚かせ、暗黙の共感を一気に得ていったのだ。

 誰もが思っていたが、誰も口に出せなかった禁忌をこの若き王はとりあげ、竜王からの決別をはっきりと示したのだ。


 王による竜王からの決別宣言以降、ソーナでは次第に竜王教関係者は異端として扱われ、忌み嫌われはじめた。

 ソーナ各地にあった修道院や竜王廟は閉鎖され、修道士たちはある者は還俗し、ある者はいたたまれなくなってソーナを出た。

 彼らは彩岩楼興国の総本山に向かったり、あるいは信仰厚きミヅキ国へ助けを求めた。


 竜王教総本山はこの事態を重く見て、度々ラドリアス王の元に使者を遣し、説得を試みたが、それは全て失敗に終わった。


「竜巫女をいつまでも改宗させぬのは何故か!」


 そんな声がちらほらとあがり始めた。

 ラドリアス王に取り入ろうとしている者の幾人かは王に進言する。


「竜巫女をこのまま軟禁しておいても意味がありません。改宗させるか、従わなければ追放、もしくは死を」


 この申し出に対し、ラドリアス王は何も答えなかった。


 フローリアのことはできるだけそっとしておきたかった。

 しかし、今の状況で民たちが竜巫女をそのままにしておくとは考えられなかった。

 進言をした家臣は王が無反応であることに戸惑った。


 それを見た宰相のボーリフ・ジナルが言った。


「銀灰の色彩は竜王への忠誠の証です。竜巫女の髪を我が一族の証である青に染め替え、瞳の色も魔道で変えてしまいましょう。竜巫女とてもともとは我がソーナ族の者。元の姿に戻れば考えも変わりましょう」


 ボーリフは年老いてはいるが、温厚で信頼の置ける男だった。


「そうだろうか?」


 ラドリアス王はやっと重々しい口調で答えた。


「頑なな彼女に我がソーナ族の誇りを取り戻させるにはそうするのも止むなしかと」

「そうかもしれない……わかった。お前に任せよう」

「御意に」


 ボーリフはそう言うと、早速治療術士団の最高責任者であるルティ・ナシアを呼び寄せた。


 ルティ・ナシアは百三十歳。

 ソーナ族としてはすでに老齢の域に達しているが、とてもその年齢とは思えない若さを持ち、他の追随を許さぬ強い魔力の持ち主だ。

 かつては紫紺の後継者のひとりであった彼女だが、彼女は王に挑戦することを望まず、自らの専門である治療術を極めることを望んだ。

 ラドリアスはそんな彼女の人柄と能力を強く望んだため、ラドリアス王が即位した時に行われた王宮の改革の時も、彼女はその地位を追われなかった。


「竜巫女様の髪と瞳を元の美しい青色に染め直して差し上げるのだ。竜巫女様には嫌がられるかもしれないが、これは王の命令である」

「閣下。本当にそれを王はお望みなのですか?」


 穏やかな薄紫の瞳を持つ白衣の魔道士は、難題に軽く眉を寄せる。


「そうだ。もし、抵抗が激しいようなら沈静をかけても構わない」

「……沈静……ですか」


 ルティは困った顔をした。

 沈静というと言葉の響きは穏やかだが、全身を麻痺させて動けなくする状態のことだ。

 かつては神聖不可侵と言われた竜巫女に施すべき処置ではない。

 竜巫女は魔道とは違う不思議な力で守られている。

 彼女自身が本気で拒めば、最強の術士でも対抗することは難しいだろう。


「わたくしにはとてもそんな恐ろしいことはできません……」


 ルティは悲しそうに首を横に振る。


「それは私とて同じだ。しかし、これしか方法がなかったのだ……どうかわかってくれ。ルティ」


 ボーリフは悔しそうに唇を噛んだ。


「どういうことですの?ボーリフ」


 ボーリフとルティは魔道学院の同期生で、かつては同じ教室で学んだ身だ。

 また、長年の付き合いのよき友人どうしでもあった。

 ボーリフ自身も紫紺の後継者で、コノール・ホリンの在位中に、一度だけ王位をかけた魔力勝負に挑戦した一人だった。


「竜王の代理人である竜巫女を殺せ、排除せよという過激な意見が出始めている。竜王教の象徴である竜巫女が過激派にとっては邪魔なのだ」

「なんということでしょう……」


 ルティは一瞬だけ嫌悪の表情を浮かべた。


「確かに私の個人的な考えとしても、宗教としての竜王教にはもはや何ら興味は無い。だが、我々はやはり竜王の鱗から生まれた竜王の領民だと言うことまでは否定してはいけないと思う」

「ボーリフ……実はわたくしもそう考えていたのよ。でも、国全体を覆う今の雰囲気ではとてもこんなこと口にだせやしないわ」

「過激派の者たちを納得させるにはこれしか方法がなかったんだ……すまない……私にもう少し勇気と力があれば、王を諌めることができたかもしれないが……」


 ボーリフは悔しそうな表情を見せる。

 彼の長衣の袖に隠れた掌が、ぎゅっと強く握り締められていることにルティは気付いていた。


「私はラドリアス王のことは王として尊敬している。しかし、竜王を否定する今の王のやり方は私には理解できない……だが、王に異を唱えることも私にはできないのだ」

「わかるわ。ラドリアス王は尊敬すべき方よ。あの方は堕落しきっていたソーナ王宮には必要な人だった……だけど、彼が国にとって本当に必要な王であるかどうかはこれからの選択にかかっていると思うわ」

「うむ……あの方は本来とても純粋な方だと思う。だが、あの方の中には我々には想像もつかない深淵があるように思えてならないのだ……」

「深淵?」


 ルティは怪訝な表情をした。


「あの方は魔力の強さに大きな個人差があることを、そしてそれがこの国で格差を生み出していることを憂いている。私はあの方がそれを変えてくれると信じて今までお仕えしてきた。だが……大きな魔力を持ちながら、あの方は自分の魔力を憎んでいるようにすら感じるのだ」

「そんな……」

「あくまでも私の推測にすぎないがね」


 ボーリフは小さく溜息をついた。その表情はとても疲れているようにルティには見えた。


「竜王を否定し、竜王教と決別し、ソーナはこれからどこへいこうとしているのだろう」

「わからないわ……でも……」


 ルティはボーリフの肩にそっと手を置くと、俯いたその顔を覗き込み、励ますように言った。


「ソーナがどんな道を往こうとも、ソーナの宰相、ボーリフ・ジナフには弱気は似合わないわよ。しゃんとなさいな。それともあなたはもうそんなに年老いてしまったの?」


 言われてボーリフは苦笑する。


「私はいつまでも君には勝てないな。ルティ」


 ルティはにっこり微笑む。

 ボーリフの記憶の底にある百年以上前の彼女の笑顔と殆ど変わってはいなかった。


「当然よ。魔道学院での成績はわたくしのほうが優秀だったのよ」

「そうだったな」


 宰相の役目は王の補佐。

 もし、王が間違った道を歩もうとするなら、それをそっと修正するのが役目。

 そして、王の選択を最後まで見守るのも大事な仕事だ。


「ルティ、君は竜王を信じるか?」


 ボーリフの声が少し小さくなった。


「竜王のことは否定しないわ。竜王は私たちの生まれたところであり、いつか還る場所だと思うから……だけど、竜の領民たちが作り上げた竜王教は私もあまり信じていない……竜王教はいつのまにか竜王から遠く離れはじめているようにわたくしには思えてならないの……」

「そうか……よかった。本当に君は昔と変わらないのだな。君が私と同じ考えで安心した、ルティ」

「わたくしもよ。ボーリフ」

「私は最後まで見守るつもりだ」

「わたくしも自分に出来ることをするだけよ」


 二人は同時に頷くと、改めて姿勢を正し、同期生から宰相と治療術士長へと戻った。


「では、難しい頼みで申し訳ないが、王の望みだ。頼む、ナシア治療術士長」

「承知しました、閣下。だけどできれば、竜巫女様には納得していただいた上で処置をしたいものです……」



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