21.「愚かの民」
●【21.「愚かの民」】
シャーロッテと彼女の両親がイズニーに連れてこられたのは魔道学院からほど近い魔道研究特別区にある詠唱文研究施設だった。
しかもここはイズニー自身が管理している施設であり、隠れ場所としてこれ以上の場所はないところだった。
魔道研究特別区は国の特別区で、魔道学院の教授や優秀な学生、一部のマスター達が古代ソーナ語をはじめとする古い文献や興国の大戦前の貴重な資料を元にして、古い魔道を研究し、組み合わせ、新しい魔道の開発を行ったり、禁忌とされている古い秘法の検証を行ったりする場所で、出入りできる者は限られていた。
許可のない者はたとえ王であっても勝手に立ち入ることができないので、彼らにとってはもっとも安全な場所だった。
「イズニー先生。姉さんは今、どうなってるんです?」
「フローリアは今、王宮にいるらしい」
「王宮に?」
シャーロッテは怪訝な顔をする。
「なぜ……そんなことに……」
シャーロッテはいらついたようにせわしなく部屋の中を意味なく歩き回った。
「改宗のための説得で神官長以下、軟禁状態にあるそうだ」
「ひどいことはされていないでしょうか?」
「それはないだろう。仮にも竜巫女だ」
「だといいのですけど……」
シャーロッテは今にも泣き出しそうだった。
「先生はさきほど改宗とおっしゃいましたよね……イズニー先生。私、わかりません。いったい何がどうなっているんですか?教えてください。先生の知ってることを!」
「ラドリアス王は竜王教と完全に決別したのだよ。神官、竜巫女、修道士……竜王教関係者は全て捕らえられて軟禁されている。彼らは改宗を王に誓うまで自由の身になれないのだ」
「そんな……」
「王の考えは王にしかわからんよ」
「こんなことをして、竜王のお怒りに触れなければいいけれど……」
「触れなければいい?とんでもない。もし、竜王が本当にいれば、この事態をだまってはいないよ。竜巫女が捕らえられ、神殿が閉鎖されてるのだよ?」
「……そうですね……竜王教総本山はどうするのかしら」
「今ごろは大騒ぎになっているだろう……だが……」
イズニーはそこで少し言葉を切った。
「これはいい機会だと思う。不謹慎だが、いい研究の機会だ。命がけのね……」
「いい機会?」
「そうだよ」
そう言うとイズニーは手近にあった本棚に目を向けた。
「たしかここに置いたはずだが……」
何かの本を探しているらしかった。
「あった。これだ」
彼は目当てを見つけたらしく、棚の一番高い場所から一冊の本を取り出した。
黒い革表紙に金の箔押しが施されたその本は、立派だったがかなり古いもののように見えた。
「これを見たまえ、シャーロッテ」
「何ですか?イズニー先生」
「この本はヤパンの乱について書かれた資料だ」
「ヤパン……彩岩楼皇国の竜王、闇の竜、ヤパンの乱ですか?」
「そうだ。デーデジア各国の興国のきっかけとなり、また竜王たちが沈黙したのもこれが発端だ」
いきなり本の話をされて、シャーロッテは戸惑う。
「ヤパンの乱と今度の話に何か関係があるのでしょうか?先生」
「類似性があるのだ」
「類似性?」
「そうだ。ヤパンの乱の発端は、彩岩楼皇国における、領民の生活の荒廃ぶりにあった。かつての彩岩楼皇国……いや、その前身である紗国の民は竜王の力が強く、豊かな加護を受けており、大変栄えていたが、その反面非常に好戦的で、身内同士での戦いに明け暮れ、国内は内乱に溢れていた。それは、竜王たちの長兄にして、最大の力を持つ竜王ヤパンの資質を領民たちが色濃く受継いだからに他ならなかったわけだが……増長した彼らはやがて、自分の生みの親である竜王ですら滅ぼそうとしたのだ」
「思い出したわ!『愚かの民』の逸話!」
シャーロッテは両手をパチンと叩いた。
「流石に優秀だな君は。そのとおりだシャーロッテ」
「確か、竜王ヤパンは自ら選び出した一人の青年に賢者としての力と知恵を与え、傲慢なる紗国を滅ぼし、彩岩楼皇国を建国したんですよね?その時の青年が彩岩楼皇国の初代国王にして大賢者と呼ばれた、彩岩楼 慧ですよね!私、このお話大好きです」
「そうだ。今も大賢者伝説として世界中に伝わっている有名な逸話だ」
「でも、ヤパンはその時、特定の領民に大いなる知恵を与えたことを女神に咎められ、それを不服として、兄弟であるほかの竜王を巻き込み、女神に戦いを挑んだ……それがヤパンの乱ですね」
「うむ。だけど、それにはあまり知られてない裏があるのをしっているかね?シャーロッテ」
「いいえ。私が知っているのは誰もが知っているお話だけです」
シャーロッテは目を丸くして首を横に振る。
「自分に歯向かった領民を滅ぼすため、ヤパンは女神の大切な武具のひとつである叡智の兜を持ち出したのだ。そしてそれを慧青年に与えた……。そして彼は大賢者になった」
「女神の……武具?」
「女神が竜王を裁く時の五つの武具だ。武装をしないということが定説になっている女神に武装が存在することを総本山が嫌っていて、この件は竜王教の禁忌となっていて、あまり世には知られていないが、有名な話だ」
「……先生。それと今回のことにどんな類似が?」
「愚かの民の王である紗国の王と、ラドリアス王の行動はとてもよく似ている。いろいろ検証してみたが、あまりにも似すぎている……そして、この時も竜巫女や神官が捕らえられているが、竜王は沈黙したままだった……何か嫌な感じがしないかね?」
シャーロッテは得意げに語るイズニーが心なしか楽しそうに見えた。
「まさか……同じことが起こると?ソーナが滅び、世界はまたあの大戦の時代のようになると?」
「可能性はある。竜王アヴィエールとて、もとは荒ぶる竜。おなじことが起こらぬとは言い切れない」
「そんなことありえません!」
シャーロッテは激しく首を横に振る。
「竜王アヴィエールはそんなこと絶対にしないはずです!ヤパンは荒ぶる竜王だけど、アヴィエールは竜王の中でもっとも心やさしい竜王だと言われているではないですか」
「だからこそ、恐ろしいのだよシャーロッテ。沈黙を続けているからこそ恐ろしいのだ」
イズニーはそう言うが、シャーロッテは難しい顔をするばかりだ。
そこで、頑なな表情をしているシャーロッテに向かってイズニーは問い掛けてみた。
「シャーロッテ。君は竜王を信じている?」
「もちろんです、先生。私たちソーナ族はかつて創竜の地で竜王に仕えていた誇り高い一族ではないですか。それに、私の姉さんが竜巫女なのだから当然のことです」
シャーロッテは曇りのない瞳をイズニーに向けた。
「そうか。君はそうなんだな……でも、今のソーナはそうじゃない。君にも心当たりがあるだろう?」
「……それは……」
シャーロッテは口篭もる。
確かに彼女の友人たちや、周囲の人間に竜王への信心の厚い人間は少ない。
シャーロッテ自身は姉の件もあって、竜王神殿へもよく礼拝に行くが、まわりはそうではないことは彼女自身にもよくわかっている。
「魔道は万能だ。今のソーナは繁栄の頂点だろう。まるでかつての紗国のように」
イズニーはそう言って溜息をつく。
「……確かに今の我々は竜王の力を必要としてはいない。魔道が万能であることも認めよう……しかし、私は、今のラドリアス王のやり方は気に入らない」
「先生……」
「なら、私はこの事態を研究の対象として考えようと思うのだよ。見守ろうじゃないか……この顛末を……」
シャーロッテにはイズニーがそのとき、ふっと笑ったように見えた。
それは、笑顔だったのにとても恐ろしい感じがした。
シャーロッテは見たこともない暗い笑顔を浮かべるイズニーを少し怖いと思った。
「先生は……竜王をしんじておられるのですか?それとも、ラドリアス王と同じ考え方ですか?」
おそるおそる聞いたシャーロッテに向かってイズニーは言った。
とても、冷たい目と、そしてぞっとするような声で。
「シャーロッテ。その質問にはどうしても答えなきゃいけないかね?」
シャーロッテはそれ以上彼に問う勇気がなかった。




