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The Legend of Dadegea 第2部 亡国の雪  作者: 鷹見咲実
第2章 冷たい血
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20.「竜王の虜」

 ●【20.「竜王の虜」】


 ━━━━━━━ お前の本心を聞こう。


 ラドリアスの言葉はフローリアにとってはとても残酷なものだった。


 この人はそれを聞こうというのか。

 この人の前では嘘も建前も、なにひとつ言ってはいなかったのに。

 彼が今、否定しようとしている竜王教の最高位の神職である竜巫女であるということだけで、私自身の心と言葉に偽りがあると思われていたというのか。


 フローリアは心の中で激しく落胆していた。


 花園で身分を隠していた頃から、フローリアはラドリアスに対して何一つ偽りの言葉は吐いてはいない。

 問われた問いに答えた言葉はすべて心の中から出た素直な言葉だ。


 ただひとつ、心の奥底に隠した竜巫女ではないフローリア・グランとしてのささやかな想い以外は。


 だから、フローリアは言う。

 心を硬くして。


「私には陛下に対して嘘や偽りを申し上げたことは一度もありません」


 フローリアはきっぱりとそう言った。

 ラドリアスは少し残念そうな表情を浮かべる。


「お前は強情なのだな……それとも、それほどまでにお前の心は竜王に囚われているというのか」

「囚われているのではありません。望んで仕えているのです」


 フローリアは銀灰の瞳で射るようにラドリアスを見た。


「眠れる竜に何ができる。お前は二百年の間、竜王に自由を奪われるのだぞ?人生を竜王に支配されるのだぞ?それを囚われといわずして何という?」

「囚われてなどおりません。私が望んで仕えておりますから」

「では、それほどまで竜王を慕っている竜巫女のお前を、主である竜王はなぜ助けに来ない?」

「……それは……」


 フローリアは一瞬言葉につまる。

 竜王アヴィエールはおそらくもうこの事態を把握しているだろう。

 その力をもってすれば、ここからフローリアを助け出すことも容易い。

 だが、竜王には竜王なりの考えがある。賢明なあの竜王は安易なことをしない。

 フローリアにはそれがよくわかっている。しかし、目の前のこの男にそれをどう説明して良いのかフローリアにはわからなかった。


「お前は悪い夢を見ている。形骸化した竜王にいつまでも仕える必要などないのだ」

「では、陛下……」


 フローリアはラドリアスの瞳をじっと見据えて言った。


「もしも、私が竜王の元から離れたら陛下は私をどうなさるのですか?」

「どういうことだ?」

「たとえ、私が竜王の元から出奔したとしても待っているのは陛下……あなたの支配なのでしょう?」

「私は……違う……お前を支配したりなどしない」


 ラドリアスの表情に一瞬焦りの色が浮かぶ。


「それこそ嘘です。私にはわかります。陛下はご自分の観点でしか物事をみておられないのです」

「……違う」


 ラドリアスは首を横に振る。


「私をどうなさりたいのです?側において後宮の女たちのように寵愛したいとでもおっしゃるのですか?それとも宰相のように常に助言を与えろと仰るのでしょうか?」


 ラドリアスは心の深層を覗かれたような嫌な気分になった。

 確かに、フローリアを欲する気持ちには幾分かの下心は否めない。自分の側に置いて、あの花園での日々のように話し相手、相談相手としていて欲しいという気持ちは少なからず持っていたからだ。


「そんなことは考えていない」


 ひるむラドリアスをフローリアはなおも追い詰める。


「もしも陛下が私に劣情を抱いているというなら、今すぐこの場で思いを遂げられるとよろしいでしょう。以前も申し上げましたが、『竜巫女に懸想することなかれ』の掟はあくまでも私たち竜巫女自身を戒めるためのもの。体がいくら汚れようと、私の心までは汚されません」

「違う!そうじゃないんだ。フローラ」


 ラドリアスはついに感情的な声を上げた。

 そして次の瞬間、感情的になったことをラドリアスは恥じた。

 まるで敗北したような気分になり、彼の心はささくれ立つ。


「そうでしょうか?」


 しかし、そんな彼の心を知ってか知らずかフローリアはなおも容赦がない。


「私はフローラ……お前を竜巫女としてはでなく個人として必要としている。お前は私の気持ちをよくわかってくれる。理解してくれる。お前はこれからのソーナに必要な者のだ」


「では、私が竜王の元から抜け出したら、あなたも王位を退位なさると仰られるのですか?私に竜王を捨てよと仰るなら、陛下も国もお捨てになるべきではありませんか?竜の末裔である私たちが、その母なる竜王を捨てるということは、竜王に由来するこのソーナ国を捨てるのも同じこと!陛下は今のソーナを捨て、新たに一から新しい国をお作りになるということなのですか?」


 その問いに、ラドリアスは言葉を詰まらせる。

 そして、しばしの無言になる。


 フローリアのことだけを思えばそれも悪くはないだろう。

 ラドリアスは一瞬だけそう考える。


 あの花園での日々を取り戻したいならそうするべきだ。

 二人でいつまでも、暖かな花園で語り合うのも悪くない。



 ━━━━━━━ だが……。



 それはできない。

 今のソーナを変えるには、自分が王位にいなければならない。


 馬鹿げている掟を取り払い、竜巫女という名の竜の虜囚を解放するためには。

 魔力の差で苦しむ者を救うためには。

 腐敗し、形骸化した竜王教という巨大な闇を駆逐するには他に方法はない。


 興国の大戦から沈黙を続ける各国の竜王。

 彼らにかつての力などもうない。

 ソーナの……いや、デーデジアの民は竜王の手駒なんかじゃない。

 ソーナ族は竜王の奴隷なんかじゃない。

 そして、竜王の威光を笠に間接的に人心を操作する竜王教。


 変えねばならない。

 壊さねばならない。


 だから、ラドリアスは心の奥底に少しだけ残っていた感情を切り捨てるように言った。

 それが、彼女の心を深く傷つけることも知らずに。


「それは、できない」


 フローリアの表情が一瞬暗く歪む。


「……やはり支配ではありませんか。国王でいるということは、国を支配する支配者でいるということ。私にとってはどちらも同じなのです。竜王に囚われなくとも、私はあなたに囚われる。同じことです」


 その声はか細く、明らかに落胆の色が含まれていた。


「そんなことは、しない。お前はお前の好きに生きればいい」

「では、なぜ私を捕らえたのですか!」


 フローリアは思わず大声を上げていた。


「私には、お前が必要だ。国にとってではなく、私個人にとって必要なのだ……私の心を本当に理解できるのはお前だけだからだ」


 フローリアの感情が、一瞬静かになった。


 彼女は一瞬にして悟っていた。

 自分が、何を望んでいたのか。

 何にこんなにむきになっていたのかがわかった気がした。


 もう充分だ。


 フローリアは思った。

 その、言葉が欲しかっただけだ。



 ━━━━━━━ その、たったひとつの言葉が。



「交渉は決裂ですわ。陛下」


 フローリアは静かに言った。


「……そのようだな」


 二人の間に結ばれていた何かが、途切れた気がした。


 二人とも、心のどこかで仕方がないと思っていた。

 自分の信念を貫くために、あえて感情を殺した。




 それが、後に最悪の悲劇を呼ぶことも知らずに。

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