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The Legend of Dadegea 第2部 亡国の雪  作者: 鷹見咲実
第2章 冷たい血
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19.「覚悟」

 ●【19.「覚悟」】


 早朝。


 まだ暗いうちにフィンとピリポは出発することになった。

 イナウコタイは笑って見送ってくれた。


 イナウコタイはピリポに言った。


「すべての決着がつくまで里に戻ってはならない。いつも、ネッカラの誇りを忘れぬよう振舞いなさい」

「はい」


 イナウコタイは最後にピリポをぎゅっと抱きしめた。


「ユズリ様のご加護がありますよう……あたしの可愛いピリポ……」


 族長としての言葉ではなく、祖母としての言葉だった。

 ピリポは、祖母の暖かさを忘れぬようじっと目を閉じた。


 予感がしたのだ。



 ━━━━━━━ これが、今生の別れになる気がして。



 暖かな手が、体が、離れる。


 幼い頃に両親を亡くし、ピリカと共に毎日泣いていたばかりのピリポたち姉妹をずっと守ってくれていた祖母。

 最長老として、族長としての責務を果たしながらも、この厳しい北の世界で生きてゆく術を、そしてネッカラの戦乙女の誇りを教えてくれた祖母。


 感謝と、そして最大の愛情を心に秘めたまま、ピリポはネッカラの里を後にしようとしている。


 ソーナで起こっていることは、おそらくひとつの国の存亡がかかっている一大事。

 そして、女神の剣を魂の中に内包する自分が、無事でいられるとはとても思えなかった。

 自分が何者であるかを知らされたときからその覚悟は決まっていた。

 竜巫女のサネが言ったことを思い出す。



 ━━━━━━━ あなたは大切な覚悟をしなければならない。



 そして、その時は来た。

 ピリカは命と引き換えに原始の翼をピリポに託し、ピリポは女神の剣を内包する存在として完全になった。

 原始の乙女しか持たぬ大きな力が自分の中にあるのを、今でははっきりと自覚できる。


 だからこそ行く。

 見極める。


 ソーナと、フィンと、そして自分の行く末を。



「行こう。フィン」

「うん」


 ピリポはユクルを走らせ、二人はネッカラの里を後にした。

 もうおそらく帰ることのない場所を後にして。

 誰よりも大切な人を置いて。



 最後に、ピリポはふと、振り返る。


 イナウコタイの姿はもうそこにはなかった。








「申し訳ございません……竜巫女様にこんな無礼を働くのは私も本意ではないのですが」


 食事を持ってきた水色の髪の少女は、今にも泣きそうな顔でフローリアに許しを請う。


「いいのよ。あなたは命じられたことをしているだけなのだから」

「はい……でも、竜巫女様。どうか少しでも食事を召し上がっていただけませんか?」

「ごめんなさいね……食べたくないの」


 フローリアは軽く首を横に振る。


「しかし、ここへ来られてから竜巫女様は何も召し上がられていません」

「大丈夫よ。食事をしなくても平気……いいえ……それぐらいでは私たちは死ぬことはできないのよ……」

「でも……」


 少女の脅えた表情にフローリアは何かを読み取った。


「私が食事を摂らないとあなたが叱られるのね?」


 少女は小さくうなづいた。


「……わかったわ……ちゃんと、食べるから安心して」

「はい……」


 少女は軽く一礼すると、食事の乗った盆をテーブルに置いて部屋を出た。

 扉を閉めたあと、ガチャリと施錠する音がした。

 フローリアは湯気を立てているスープに、銀のスプーンを浸し、少しだけ口に運ぶ。

 少し塩味の強い、裏ごしした芋のスープは彼女の好物。

 だけど、一口以上食べる気にはどうしてもなれなかった。


 今度は皿に盛られた木苺をひとつ摘んで口に入れる。

 甘酸っぱい味が口の中に広がる。これは少し食べられそうだった。


 木苺を見ると妹のことを思い出す。

 妹が大好きだった果実は、彼女がまだ、神聖なる銀灰の色彩を体に宿すより前の幸せな記憶を呼び戻す。

 シャーロッテはどうしているだろう?

 巻き添えを食って酷い目にあってはいないだろうか?

 それだけが心配だった。


 三度の食事と綺麗な部屋を与えられ、何不自由のない囚われの身。


 フローリアは窓辺に近づく。

 その窓は鉄格子も何も嵌っていない。眼下には美しい景色も広がる見晴らしのいい明るい部屋だ。

 だが、白鳩に変じて逃げ出すことは困難だった。

 窓には強力な封印の術が施されている。

 竜巫女の力をもってしても、これを外すのはかなりの力を使う。


 それでもどうしても逃げ出そうと思えば不可能ではなかった。

 だが、それでは何も解決にならない。

 この大切な問題と向き合わなければ不幸は大きくなるばかり。

 あの人の心を変えることはできないかもしれない。

 私は命を落とすかもしれない。


 ━━━━━━━ でも。



 彼女は囚われの窓から空を見上げる。


 空は、今にも泣き出しそうだった。






 彼女が少しだけ口をつけた芋のスープがすっかり冷え切った頃、突然扉の施錠が外れる音がした。


「……陛下……」


 フローリアの目の前に現れたのはラドリアスだった。


「また、逢えたな。フローラ」

「その名で呼ばれることはもうないと思っておりました」


 フローリアはラドリアスから視線をそらす。


「言っただろう?私ならお前をあの忌々しい館から救い出せると」

「私は望んでおりませんでした」

「私が望んだのだ」


 ラドリアスはそう言ってフローリアの側に近寄った。しかし、フローリアは逆に部屋の隅まで後ずさってしまった。


「嫌われたか。私は」


 フローリアは何も答えなかった。


「竜巫女と二人で話がしたい。お前たちは下がれ」


 付き従ってきた供の者をラドリアスは下がらせる。


「しかし、陛下」

「大丈夫だ」

「はっ」


 再び扉は閉められ、部屋はラドリアスとフローリアの二人きりになった。


「さて、フローラ。邪魔者はいない。お前の本心を聞こう」


 あの花園での別れから数ヶ月。

 再びあいまみえた二人は、複雑な心境で、お互いを見つめていた。

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