18.「ネッカラの白薔薇」
●【18.「ネッカラの白薔薇」】
ネッカラ族のしきたりに従い、ピリポは一週間のあいだ、ピリカの喪に服していた。
死者が出た家は、その戸口に白い旗を掲げ、家人は一週間のあいだ、急用と食料の調達の時以外は基本的に外に出てはならなかった。
喪家の者は一週間のあいだ、純白の喪服を身に纏い、薄い白のヴェールを被る。
フィンはこの家の客だが、彼もまたピリカの喪に服したいと、彼女たちに習って白い服を身に着けていた。
「不思議な感じだね。ソーナ人の青い髪と目に白い衣装が似合うなんて」
ピリカはそう言ってフィンの姿をしげしげと眺めた。
「治療術士なら白のローブを着るからそんなに違和感はないんだよ」
「へえ……じゃあ、もしフィンが治療術を得意としてたら白っぽい格好をしてたんだ?」
「そうなるかな」
「そっちのほうが違和感あるなあ……」
「そう?」
「うん。なんとなく、フィンって黒が似合う感じがするから」
他愛のない会話をしていた二人のところへイナウコタイがやってきた。
その手には暖かなお茶と菓子の乗った盆を持っている。
「二人ともお菓子をおあがり」
「はあい」
「ありがとうございます」
ビスケットに似た焼き菓子は、形は悪いが甘味が抑え目で素朴な味がした。
イナウコタイの出す菓子や食事はどことなく懐かしくて、フィンは時折、故郷の母のことを思い出す。
ソーナのことが気がかりだった。
ピリカの喪があけたら、ピリポを連れてソーナに戻らなければならない。
この話を二人はまだ、イナウコタイにしていない。
可愛い二人の孫娘のうち、一人を亡くし、残ったもう一人もこの家から出て行くことを知ったら、イナウコタイはどう思うのだろう。
フィンはそれを思うと少し憂鬱だった。
「おまえたち、何かあたしに話したいことがあるんじゃないのかい?」
湯気を立てている銀薄荷茶にたっぷりとユクルの乳を注ぎながら、イナウコタイは穏やかな声で言った。
銀薄荷茶の独特な香りの中に甘い乳の匂いが混ざる。
一瞬、はっとした表情をしたフィンに、イナウコタイはユクルの乳の入った壷を笑って手渡した。
銀薄荷茶にユクルの乳を入れて飲むのはネッカラだけの習慣で、はじめはフィンも戸惑ったが、この飲み方が意外に銀薄荷茶によく合うことを知ってからはフィンも好んでユクルの乳を茶に注ぐようになった。
「……おばあちゃん。私たち、明日にはここを立とうと思う……」
最初に切り出したのはピリポだった。
「そうかい……」
イナウコタイはそう言っただけだった。
「あの……僕たち、ソーナへ行かなきゃならないんです……その……どうしても……」
口篭もるフィンに向かって、イナウコタイはにっこり笑いかける。
「大事な、用事なんだろう?」
「……はい」
「気をつけていっておいで」
「えっ?」
フィンはイナウコタイが動じないことを不思議に思った。
「あの……なんでかは聞かないんですか?」
「聞いたところで、行くんだろう?フィン」
イナウコタイはフィンをもう「坊や」とは呼ばなかった。
「……ええ」
「なら、聞いてもしかたないさ。それにねフィン、ネッカラの女は基本的に自分で選んだことなら、それがどんな危険なことや、愚かしく見えることであったとしても他人がとやかく干渉しあわないことがきまりなんだよ。たとえそれが親子や姉妹であってもね……ピリポが自分で決めたなら、それはピリポの責任。あたしが何か言うことではないのさ」
「おばあちゃん……」
ピリポはイナウコタイに何か言おうとする。しかし、イナウコタイは無言でそれを制した。
「いいかいピリポ。お前はもう一人前のネッカラの戦乙女だ。ましてや、ピリカはお前に原始の翼を与えた……おそらくこの里で一番強く、『白薔薇』の称号を持つに一番相応しい娘だ……それが、どういうことかお前にはわかるね?」
「白薔薇……おばあちゃん……まさか、私に?」
ピリポの目が驚いたように見開かれる。
「そうさ、ピリポ。族長であり、最長老であるあたしの名のもとに、お前に『ネッカラの白薔薇』の称号を与える。拒否することは赦さないよ」
ピリポは立ち上がり、祖母の前まで行くと、跪き、頭を下げた。
「……お受けします」
「よろしい。今のお前なら、誰も反対はしない」
フィンはこのやりとりを不思議そうに見ていた。
「ネッカラの白薔薇というのはね、この里の戦乙女の最高の称号なのさ……最も強く、最も清廉で、最も優雅な乙女にのみ与えられる名誉ある称号。だけど、この称号を得たからには、ネッカラの名誉を汚すことは赦されない。いわば、里の誇りだ」
イナウコタイはフィンにそう教えてくれた。
「白薔薇の称号を持つ乙女は、里の掟に縛られない。つまり、何をするにも自由なんだ。ただし、里の名誉を汚した時は、たとえそれがいかなる理由であっても死をもって贖わなければならない……」
「うん……」
「かつては、カムラ・カユルも持っていた称号だ……彼女は……白薔薇の名誉を汚した。ピリポ……お前に祖母としてではなく、ネッカラの族長として命ずる。カムラ・カユルを……止めておくれ。彼女にこれ以上の愚行をさせるのは忍びない……」
「わかった」
イナウコタイは部屋の奥から純白のマントを持ってくると、ピリポに渡した。
「ネッカラの白薔薇の証だ。持っていきなさい」
「はい」
「明日の朝、すぐに里を立つがいい。おまえたちのなすべきことをするために」
ピリポは力強くうなづいた。
「ねえ、一つ気になることがあるんだけど、聞いていいですか?」
「何だい?フィン」
イナウコタイはフィンの方を振り返った。
「今、白薔薇って言いましたよね」
「そうだよ」
「なぜ、この北の地で薔薇なんですか?薔薇は暖かい地方で咲く花でしょう?このあたりでは咲くことができないのに」
イナウコタイは首をかしげるフィンをみて笑いながら言った。
「こっちへきてごらんフィン。いいものを見せてあげるよ」
フィンが連れて行かれたのは、イナウコタイの家の裏だった。
「これは……」
「そう、薔薇だよ。奇跡の白薔薇」
そこには雪の中で咲く大輪の白薔薇の花畑があった。
「これは奇跡の白薔薇。この花は昔、フィンたちソーナ族から私たちネッカラ族へ友好の証として贈られたもの。魔道の薔薇で、この里を見えぬ結界で守っているのさ」
フィンは薔薇をよく観察してみた。
それは確かに普通の薔薇ではなく、強い魔力を帯びていた。
「そうだったんだ……」
「雪の中で咲き、枯れることもない強い魔道の薔薇。私たちはこの薔薇のように気高く強くありたいと願い、里でもっとも美しく、強い乙女にこの白薔薇の名の称号を与えるのさ」
「じゃあピリポも?」
「そうだよ。あの子は白薔薇の称号を持つにふさわしいさ」
そう言って振り返ったイナウコタイの視線の先には、はにかんだ表情でうつむくピリポの姿があった。




